十三夜
目の前には風に揺れる木の枝、ザワザワと鳴る葉の音は耳に心地良い。
空には大きな月、満月よりも少し欠けているけど綺麗な事に変わりはない。
もう少し寝転んだまま綺麗な月を見ていたいというのに、さっきから背中が痒い。
1度痒さを意識してしまうと、実は彼方此方が痒い事に気付く。
全身をくまなく掻き毟りたい衝動に駆られるものの、まだ起き上がろうと言う気分にはなれない。
「うぅ~」
いや、それでもとにかく背中が痒い。
ちょっと姿勢を変えて腕を伸ばせば届くような…あぁ、もうちょっと上だ。
「あら、おはよう。まだ掻かない方が良いんじゃないかしら?」
そんな声と共に、もう少しで痒い所に届きそうだった腕を掴まれた。恨みを込めて声の主を見上げると、なんだろうな、物凄く泣きそうな顔のペペがいた。
なにかあったのかな?
ちゃんと話しを聞こうとして起き上がって見えた自分の体。長袖から出ている肌色のナニか!いや、手ですよね、うん。手だわ…これ、手ですわ。
「おぉっ?!生命線がある!」
自分の掌を見ての第一感想をそのまま声に出すと、泣きそうだったペペの顔は一気に呆れ顔に変わり、
「それは良いけど、まだ皆寝ているのよ?頭脳線はないのかしらね」
と、なんか微妙にバカにしてきた。
でも、皆寝てるのは確かだし、そもそもあんな綺麗に月が見えるんだから夜だ。それなのに小声でもなく喋ってたんだから頭脳線がないと言われても仕方ないかな。いや、けど体が回復してるってこの状況も少しは考慮してくれても良いじゃないか!
んん?待てよ、俺が記憶している自分の体ってのはまだ骨だった筈…それで全身が痒くなって、そっからどうしたんだっけ?作り置いていた痒み止めを使い切って…そこから作り足した覚えはない。
「ペペ、俺どれ位寝てた?」
1日や2日でここまでの回復にはならない。なのに俺は骨である自分しか分からない。とすれば、何日間か気絶していた筈だ。
「そうね…2ヶ月って所かしら。それでもまだ全快という訳にはいかないようね」
に、2ヶ月ぅ!?
そんなに寝てたのか…回復の基本は寝る事、それを2ヶ月続けたんだったら手が出来るのも頷ける。むしろ、それでも全快してないって言うんだから、骨からの回復ってやっぱり大変なんだなぁ。
「どんな事になってる?」
肌の色はかなり血色悪いけど、肉体の形ってのはある…よな。自分では見えない部分は分からないけど。
「ゾンビン、かしらね」
俺の体を時間をかけて眺めたペペは、小声で懐かしい名前を言った。
そっか、回復が進んだんだからガイコツではなくなったんだ。って事はゾンビン第2世か…アレ?目が飛び出ない…視野が広くなるから飛び出せたら絶対に便利だと思ったんだけど、残念な事にあの技はゾンビン独自の必殺技だったみたいだ。今も目を自由に動かせるのかな?
皆はきっと全回復してるだろうなぁ…とは言っても皆は元が綺麗だったから、血色が良くなった、位の変化しかないと思う。それに引換え俺は…。
「なんか怖いな…俺、どんな顔してんだろう」
問題はどんな顔か、じゃないんだけど…。
骨以外の俺の顔は皆にとっても、俺自身にとっても知らない人になる。それが怖いんだ。
「キリクにとっては、ガイコツ姿が自分の顔だったものね」
皆が俺を受け入れてくれるのかどうかが分からない。そりゃね、何回も何回も大丈夫だって自分に言い聞かせてきたんだけど、どうしたって時々不安でしょうがなくなる。
屋敷に帰っても良いのかどうかは、何度考えても分からないままだ。
「物凄いぶっさいくなら、顔だけでもガイコツに戻せないかな?」
ガイコツの顔と、この緑色のアフロのカツラがあれば何も気にする事なんかないのに。
「無理な事言わないの」
無理な事…俺の顔は現時点でガイコツ姿じゃないって事か。痛覚だってちゃんとあるのに顔をガイコツに戻そうとしたら、かなり激しく痛むんだろうな…うん、他の方法を考えよう。
他の方法を考えようと視線を荷物の方に向けて目に入るガスマスク。あれは目の部分にもフィルムが張られていて顔が全く見えない代物。ここに来る前、しばらくあれを付けたまま屋敷で過ごしてたから、もしかしたらあのガスマスクと緑アフロで俺という認識になってくれるかも知れない。
なんだ、だったらなにも心配する事ないじゃないか。色々考えて損しちゃったよ。なんにせよ、あのガスマスクを選んでくれたハクシャクンに感謝しないと。
「キッ!キリクッ!」
確か、ガスマスクを選んだ理由は回復が終わったばかりの肺がダメージを受けない為だったっけ。と思い出した時、さっきの俺よりも大きな声を発したポチが飛び起きてきた。
「目覚め良いねぇ。おはよ」
普通はこんばんは、なんだけど、起きたばっかりなんだからここはおはようで良い筈…。
「おはよって…これ夢か?」
俺が起きていると言うのが相当信じられないらしいんだけど、大袈裟だなぁ。2ヶ月でしょ?ポチ達は俺が蘇るまでの間、何年も何年も待ち続けてたんじゃないか。それをたった2ヶ月で何を言ってんだよ。
「起きてるよ」
そう言いながら笑顔を見せようとして顔に違和感がある。手で触れてみると皮膚があって、皮膚の下には筋肉があって、ちゃんと笑顔を作っていた。長い間ガイコツだったから表情を作った時の皮膚が引っ張られる感覚に慣れてないのかな。そう思って顔に集中してみると、数秒に1回一瞬だけ視界が真っ暗になっている事に気付く。これは、瞬きだ。
「だって…痒くないのか?」
じりじりと近付いてくるポチは、
「彼方此方痒いけど、さっき掻くなって言われたから」
と、言う俺の答えを聞くなり、
「我慢出来る程っ…うぅ…」
とか言いながら蹲って泣いてしまった。
「え、えぇ~~~?」
蘇った時だってここまでのリアクションはなかったのに、何で?ちゃんと起きたのにどうして泣くのさ!?痒みを我慢してるのが感動する程の事なの!?
「仕方ないわよ、大変だったんだもの」
大変って…俺は気絶している2ヶ月間、大暴れでもしていたのだろうか?そうだ、良く考えてみれば皆がこうやって魔石の外で寝ているのは不自然過ぎる。魔石の中ってのは快適空間だって前に言ってたから、睡眠をとるんなら絶対に魔石の中の方が良い筈。それをわざわざ外でって…これ、本当に暴れてたのかな?
「ん…ん?んん?」
泣いているポチを前にどうして良いのか分からず、とりあえずポチの背中をポンポンと叩いて少しでも落ち着いてもらおうと奮闘していると、この騒ぎに目を覚ましたピヨが目を擦りながら上半身を起こし、ボンヤリとこっちを見ていた。
「お、おはよ」
目が合ったから挨拶をすると、再び目を擦ったピヨは、何度も何度も俺を確認しては目を擦って、を繰り返し、その度に、
「んん?」
と、変な声を上げた。
「何度見するんだよ」
この様子からしてピヨも俺が起きている事が信じられないようだ。けど、たったの2ヶ月だよね?
「キッ、キリク…」
ピヨは口元を押さえ、微かに俺の名前を呼んだ後、静かに涙を流し始めた。
「えぇ~~~」
なんでポチもピヨも泣くんだよ!そう言えば、起きた直後はペペも泣きそうな表情だったっけ。
「もう1度言っておこうかしら、大変だったのよ」
相当だったんだなぁ…。
これは本当に暴れてたんだ。多分気絶してても全身の痒みで無意識的に体中を掻こうとしたんだろう、それを皆は掻かせないようにって押さえてくれてたんだと思う。そうでなきゃ2ヶ月でここまでの回復にはならない。そう思うと薄っすらと痛くて、痒くて大変だったような記憶がある。
「迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね…って、掻いちゃ駄目だった」
照れ隠しで頬をポリポリと掻くと少し頬が痛んで、慌てて手を下ろして誤魔化すために笑ってみる。それでもペペは呆れ顔のまま溜息のオマケまで付いた。
自分で痒みに耐えられるように痒み止めを作ろう。とは言っても薬草から探さなきゃならないからスグって訳にもいかないよな…けど背中の痒みは物凄いから気を抜いたらガリガリと掻いてしまいそうだ。
どうにか痒みを止める方法はないものか…あ、そうだ。樹海に来る前にフラケシュンからもらった薬!確か鞄の中に入れた筈。
まだ泣き止まないポチの横にあった鞄の中をあさると、フラケシュンからもらった薬が出て来た。これを背中に…。
「薬を塗る前に水浴びでもしてらっしゃい」
薬を塗ってくれるように頼むより先に水浴びの提案を出される、言われてみればお風呂に入ってないんだし、もしかしたらそれで痒いのかも?回復による痒みだったとしても、体を綺麗にしてから薬を塗った方が利きも良さそうだけど…。
「大丈夫かな?」
洗ってる最中、欲望に任せてガリガリ掻いちゃったらどうしよう。
「そこまで回復したんだからゴシゴシ洗わない限り大丈夫でしょ。それに、痒いって事は感覚があるって事でしょ?大丈夫じゃなければ痛くなるから分かるわよ」
あ、本当だ。今は痒いけど、掻けばきっと痛みの方が勝る。そうなってまで掻き続けない訳だからゴシゴシしなきゃ大丈夫そうだ。
「うん。じゃあ行ってくる」
水の流れる方向に少し進むと急に視界が開け、そこに綺麗な川が流れていた。膝辺りまでのそんなに深くない川の中、思い切って川底に寝そべり水の中から空を見上げると、綺麗な月が幻想的にユラユラと見えた。
あ、息苦しい。
慌てて立ち上がろうとしたんだけど、ツルツルと滑る足元と水の流れに邪魔をされて上手く水面に出られない。体を起こそうとしてるんだけど、流れに押し戻されている感じだ。そんな悠長に解析してる場合じゃない!なんとかして体勢を立て直さなきゃ溺れて…溺れたら昇天するんだろうか?蘇った“奪う者”は聖水を飲まない限りは大丈夫な筈。でも息が出来なきゃ死んじゃうよね…どうなるんだろう?
って、何を考えてるんだよ!大変な思いをしてここまで回復したんだ。これ以上皆に迷惑かける訳にはいかない!
起き上がろうとする事を諦め、先に岸に向かって移動すると、なんとか顔を水面に出す事が出来て、息苦しいから思いっきり呼吸すると相当な勢いでむせた。
今のは、かなりやばかった…川に入る時はもっとちゃんとしなきゃ…次からは水浴びするにもライフジャケットを着用したい気分だよ。あ、でも必死になってる間背中の痒みを忘れてられた…いや、命の危機に陥っていたんだからなにも喜ばしい事はないか。
川に対する恐怖心が芽生えた所でタオルで体を拭き、さっさと皆の所に戻ろうと歩き出すと、微かに話し声が聞こえてきた。
普通の声じゃないからなにか内緒話してるのかな?
「貴方達、いつまで泣いてるのよ」
悪いなぁ、とか思いつつその場にしゃがみ込んで聞き耳を立てると、どうやらペペが泣き止まないポチとピヨに注意をしているようだ。
あの2人、どんだけ号泣してんのさ。
「だって…だってよぉ…」
物凄い鼻声のポチがなにか言い訳を始めようとしたらしいんだけど、それはペペによる最大級の溜息でかき消されてしまった。
「しっかりなさい。ホラ、貴方まで泣かないで頂戴」
うんざりしたようにペペが向いた先には、寝ていると思っていたルシファーがいたんだけど、良く見ると目元を腕で隠して小刻みに震えていた…まさか、そんな“黒き悪魔”と称されていたあのルシファーまで泣かせてしまうなんて!
ど、どうしよう。どうしたら良いんだろう?えっと、えぇっと…あ。
「皆、今日は月が綺麗だよ!お月見しよ、ね?」
月を指差しながら立ち上がり、皆の前に出てから言って少しでもこの雰囲気を改善させてみようと試みたんだけど、皆は空を見上げて黙り込んでしまった。
なんだろう、なにか可笑しな事でも言ったのかな?まさか、あの月が見えているのが俺だけって事ないよね?いやいや、流石にそれはない。ここは樹海の中なんだから月がなきゃ真っ暗闇だもん。じゃあこの沈黙はなに?
「そう言えば、今日は十三夜だったわね」
軽く息を吐いたペペが話に乗ってくれて、なんとか沈黙は終わりそう。なんだけど、十三夜?それはなんだろう?
「十五夜に続いて月が綺麗に見える日とされているのよ」
その十五夜ってのも分からないんだけど、つまり月が綺麗に見える日なんだよね?そんな日に目が覚めるなんて、俺ってかなり運が良いのかも知れない。なんだか、良い事が起こるような気がしてきたよ!この気分にのって屋敷にだって帰れるような…。
「んでもお前…十五夜見てねーじゃん…片見月は…縁起わりぃーんだぞ?」
鼻をすすりながら、ポチは俺の気分を物凄い勢いで打ち落としてきた。
「んじゃあ…俺らも駄目じゃん」
同じく鼻をすすりながらピヨが言う。
「あれ…見てなかったっけ」
「十五夜は雨だっただろ」
「あぁ…大丈夫、十夜見れば済む話しだろ?」
なにか分からない夜が1つ増えちゃったよ…でも、それってなにかのイベントなんだよね?じゃあ、この月を屋敷にいる皆も見てるのかな?同じ月を見ているのかな?もしそうなら…なんだか嬉しいな。
「皆元気?」
同じ月を見てるからって伝わる訳ないのに、妙に皆を近くに感じて、だから思わず呟いてしまった。
「俺、明日食料調達に町に戻るけど…一緒に戻る?」
いつの間にか泣き止んでいたピヨの提案に一瞬言葉を失う。町に戻るって…そんな急に言われても、心の準備もなにも出来てないしっ!
ガスマスクとアフロのカツラを付けてるだけで良いんだけど、それでももうちょっとは待って欲しいよ!
「あ、そうだ。手紙っ、手紙書く!」
慌てて鞄からメモ帳を取り出し、そこに向かってペンを向ける。
なんて書こう?なんか、色々話したい事があるようで、ないような…元気なのかなってのは1番気になる所だから、書き出しはお元気ですか、で良いかな?あ、そうだ。この綺麗な十三夜の事も書こう。
お元気ですか?俺は元気です。今、十三夜を見ながらこの手紙を書いてます。
よし、これで完璧!




