衣替え
朝、鏡の前に立って全身チェックするのが日課になっているのは、モザイクなしでも耐えられる容姿かどうかの確認作業だ。
ソロっとアフロのカツラを外してみると、完全にアウトな頭があり、後頭部には軽い痒みを感じる。
寝ている時、無意識にガリガリと掻いちゃうから、ここの所は寝ている時もカツラを被りっぱなしにしているんだ。
そして今日、遂に回復の兆しが顔にまで表れてきた…行き成り人体模型のような顔面になってる訳じゃないんだけど、顎と頬に筋的な白いモノが。とにかく、顔を隠すなにかが必要だ!
部屋の中を探して出てきたのは、至って普通のガーゼマスク。口元も頬も隠せるから良いと思ったんだけど、耳がないから引っ掛ける場所がない。
そして引き出しの中にあったのは、節分の豆撒きの時に使った鬼のお面。
季節外れだけど、これで顔を隠すしかないか。
「ん?鬼のお面なんて被ってどうしたの?」
広間に行くと、いつもならとっくに出勤している筈のハクシャクンがいて、俺を見るなりニッコリと声をかけてきた。
「まぁ、ちょっと…それよりお店は?」
広間には他にもミイランがいたんだけど、スグ用心棒の依頼があるからって出て行き、オチムシャンは食料を買いに市場へ、ゾンビンはその荷物持ちとして一緒に行ったらしい。フラケシュンは今日も塔の見張りをしているエルナさんの手伝い、と言う名のデートだ。
「今日は午後からにしようと思ってね」
確かに雨脚は酷いけど、これが午後になってから和らぐって根拠もないんだよね?だったらどうして午後から…もしかして、
「どこか体調でも悪いの?」
見る限りそんな感じはないんだけど、ハクシャクンっていつも優雅でにこやかだから物凄くしんどくっても顔には出ないのかも!
「身体検査しようと思っていたからね。お面を被ってるって事は、顔も回復しつつあるのかな?」
紅茶を飲み干し、ティーカップをテーブルに置いたハクシャクンは、立ち上がると近付いてきて、アフロのカツラに手を、伸ばしてきた。
「見ない方が良いと思う」
ここにいるのか例えばゾンビンなら、俺は全力で逃げ出す事が出来たんだろう。だけど、目の前にいるのはハクシャクンだから逃げる事ができないんだ。
こんな俺にも皆と代わらない方法で身体検査をしてくれて、少しでも回復してるとさ、自分の事のように喜んでくれて。
だから、余計にこんな体を見られるのは嫌なんだけど、逃げ出したって飛んで来てアッと言う間に捕獲されるのがオチなんだろうと思うと、最初から大人しくしてた方が良いのかな、なんて…。
「陥没部分は完治してるね、それにしても痒そう…大丈夫?」
アフロの下の、大変グロテスクな頭部を見た感想が、痒そう、だけなんだ?
「微妙に痒い、かな。感覚が戻ったら物凄そうだよね…」
今はまだ頭と顔だけだけど、全身が一気に回復に向かって、それと同時に痛覚が戻ったら…寝ている時にポリポリ、なんて可愛らしい事にはならないだろう。
四六時中痒みに耐えて、耐えて、耐え抜かなきゃならなくなる。
今から痒み止めの確保をしないとな…まてよ、後頭部には僅かながらに痒みを感じているんだから、自分で調合した痒み止めを自分で試す、って事が出来るじゃないか!市販の薬は高いし少量だから、勿体無いって限界まで我慢しちゃって、結局掻き毟って~なんて大惨事が起こり得るけど、自分で調合したのなら、じゃんじゃん厚塗り出来るよね!
「カツラじゃ衛生的に悪いよね…そうだ、今からちょっとショッピングに行かない?」
薬草図鑑を図書館で借りて、早速薬草探しに行こう。そう思い立ってアフロのかつらを被り直そうとしたんだけど、それよりも早くにハクシャクンからの提案があった。
「今から?」
そう言って窓の外を見てみると、図書館に行くにも、薬草を探しに行くのにも、勿論ショッピングに行くのにも少々厄介な勢いで雨が降っている。
「良いから、行くよ」
と、鬼のお面に手が伸びてくる。
「いや、顔は…」
パッと外されたお面、マジマジと俺を見ているハクシャクンの目。
「あぁ…ここか。これならご飯粒が付いてるよ、位にしか思われないよ」
あぁ、それなら大丈夫…な訳ない!成人男性が顔にご飯粒つけて堂々と外出するなんて可笑しいからね?!100人中100人に顔洗えよって思われるからね?!
ズルズルと引かれながらやってきたのは、この前にも来たリサイクルショップ。ここで鎧と子供服を見て、合うサイズがないって打ちのめされたんだ。
「何を買うの?」
カツラの衛生面が悪いって事で来たんだから帽子かな?それともミイランみたいに包帯でグルグル巻きにするのかな?少しワイルドにタオルって手もあるよね。
服を選び始めたハクシャクンを背に、試着室に入って鏡を見つめる。
ジッと顔を確認してみると、確かにご飯粒が付いているだけのようにも見えなくはないんだけど、そんなハッキリとした粒でもないから…歯磨き粉とか、そんなのが付いてるって感じに近いかも…って、どっちにしたって顔洗えって事だよね。
「あ、ここにいたの?これを着てみて」
1着の服を持ってきたハクシャクンに試着室の中に押し戻され、カーテンが閉められた。
着る前にどうしても値段を確認したかったんだけど、タグが付いていない。これは売り物なのだろうか?それともワゴンセール品か何かなのかな?
出来るだけ頭に当たらないようにして着込んだ服はパーカーで、前のファスナーを上げきると俺でもちゃんと着る事が出来た。
「どう、かな…」
何となく恥ずかしくて恐る恐る試着室から出ると、笑顔のハクシャクンは何度か満足そうに頷き、
「うん、サイズも良い感じ。後は顔を隠すものだね」
なんて言いながら再び楽しそうに何かを選びに行ってしまった。
顔を隠すものって言ってたし、お面系統にはなるのかな?耳があればガーゼマスクで充分なんだけど…。
しばらく試着室の前で待っていると、ハクシャクンは何かを手に戻ってきて、付けてみて、と言わんばかりの笑顔で差し出してきた。
受け取ってよくよく見ると、それはかなり本格的なガスマスクで、目の所にはなにかフィルムの様な物が貼ってあって目元までキッチリと見えない仕様になっている代物だった。
「ちょっと大袈裟じゃない?」
せめてもう少し小さめの…あ、顔の回復が進んできたら顔全体を隠さなきゃならなくなるんだから、この位しっかりと隠れる方が将来的に長く使える。耳が出来たらガーゼマスクって単純に考えてたけど、耳が出た時点で顔の回復が完了しているとは思えないし…。
「回復途中の肺を守る為、って理由があるんだから鬼のお面よりは良いと思うよ」
あ、そうか。体が回復するって事は、内臓も含めてって事になるんだ…回復し始めたばかりの肺は、きっと埃とかそう言うのに弱そう。全然考えてなかった。
ハクシャクンは、俺よりも俺の体の事を考えてくれてたんだ…。
「ありがとう」
よぉ~し、雨が降ってても関係ない、図書館に行って薬草図鑑を借りてこよう!傷薬と痒み止めを調合して、1日も早く回復するんだ!
回復した俺の事を皆は分かってくれるのかどうかは分からないけど、こんなしっかりとしたガスマスクを今から付けるんだ、顔が全快してもガスマスクさえ付けていれば俺だと分かってもらえるだろう。体だって今日からはパーカーを着るんだし問題…あ、体が全快する前にズボンも買わなきゃ。




