薬
最北端の村に安全なルートを、って事で工事を手伝っていたんだけど、あまりにも皆が俺とゾンビンを洞窟の中に閉じ込めたがるから、思い切って屋敷に戻って来たのが昨日。
フラケシュンとオチムシャンは、今もまだ工事の手伝いをしている。
行く時はあれだけ豪華な船だったにも関わらず、途中で帰る俺達を屋敷まで送ってくれたものは…なにもない。
俺達は自分の足で歩いて4日掛けて戻ってきた。
屋敷に戻ったのは夕飯時だったんだろうな、ミイランとハクシャクンが広間にいたんだけど…聞こえてきた会話が少しだけ頭に引っかかって、何となくスッキリしないまま今に至る。
なんて事もない会話だったんだ、ただハクシャクンがミイランに、俺達の帰りが遅いね、なんて言ってるだけの、いたって普通の会話…だったんだけどね…。
ただハクシャクンはミイランをカフラと呼んでて…ゾンビンをエドって。オチムシャンの事も恭治でさ、フラケシュンの事だってディルク、だってさ。
なのに俺だけはガイコツンのままだったんだ。
入る事を躊躇った広間に、ゾンビンに手を引かれて入った途端だよ、ハクシャクンは帰ってきた俺達を、ガイコツン、ゾンビン、と呼んだ。
なんとなく分かったのは…俺がいない所じゃ生前の名前で呼び合ってるんだなって事。
皆は回復も進んでるから、パッと見ただけじゃーもう普通の人間に見える。ゾンビンはまだゾンビなんだけど、それでも最初の頃に比べると随分人間らしいゾンビになってるんだ。この調子なら数ヵ月後には普通の人間に見える位まで回復するだろう。それなのに見た感じだけでつけた名前を使い続ける意味はない。
そう…なんだけどね…。
いつからそんな感じだったのかな?とか思うと気を使わせてたのかな?とかさ、色々と思う事が…あるよね。
俺の回復は、何処まで行くんだろうか?
回復して、人に見えるようになった時、皆は俺を生前の名前で呼んでくれるのかな?
人に見えるようになった俺に、皆は気付いてくれるのかな?
無理、だよね…だって今の俺って骸骨だもん。皮膚が出来た時点で別人だ。
そもそも骨からの回復なんて、想像しただけでもモザイクなしでは語れない状態になる訳だから、このままでも良いよね…。骨だけになって逆に綺麗になったってペペも言ってたし。
工事を途中放棄して帰ってきた俺が、回復が進んでいく皆に出来る事ってなんなんだろう?
生前の名前で呼び合う皆が気を使わないように部屋に篭っていても、なんにもならないのは分かってる。なら、なにをすれば皆に喜んでもらえる?
「ちょっと出かけてくる」
そう言って屋敷を出た俺が、また1人で樹海にでも行くと思ったらしいゾンビンが着いて来て、だから一緒に向かったのは町の図書館。
「本借りに来たのか」
「そうだよ。なんだと思った?」
別に~とか言いそうな顔でそっぽ向いたゾンビンを他所に、俺は目当ての本を2冊借りるとそれを手に草原に来ていた。勿論そんな俺の少し後ろにはゾンビンがいる。
え~っと。
目の前には草が生い茂っていて、所々で花が咲いていて、ドーンと寝そべって昼寝でも始めたい位に良い天気。なんだけど、そんなノンビリする為にここまで来た訳じゃない。
借りてきた本を広げ、ジックリと観察しながら草を見ていくと、やっと目当ての草を見つけた。その名も薬草。傷薬の材料となる草だ。
何枚か薬草を積んだ後は、もう1冊の本を広げて傷薬の作り方を調べる。
煮て、こすだけで良いらしい。
なんだろう、よく分からないけど違う気がする。図鑑に載っているんだからこの草は薬草に違いないんだろうし、初心者の為の簡単薬の調合本ってのに載ってるんだから作り方だってこれで良い筈なのに、納得が行かない。なにがどう違うのかは良く分からないからどうにも出来ないんだけど…。
1回この通りに作ってみようかな。
調合をする為に屋敷に戻ってキッチンを占領し、調合本に載っている通りに薬草をすり潰してお湯を沸かした鍋に放り込む。
どれだけ煮たら良いんだろうか?
水加減はこれ位で良かったのかな?
普通の水道水使っちゃったけど、薬を作ってるんだから蒸留水とかの方が良かったんじゃないだろうか?
いやいや、まずは本に載っている通りに作ろう。
こうして完成した傷薬。市販の傷薬と比べてみると、色が少しだけ薄くてくすんでいる。草って感じの匂いもするし、薬ってよりも草でとった出汁、そんな感じだ。
「傷薬?」
俺の作った液体を指差しながらゾンビンは初心者調合本を眺めている。
「傷薬の作り方通りに作ったんだけど、全然違うよね…」
コレを飲んでも回復する気がしない。寧ろお腹を壊しそうな予感さえする。材料は合ってる筈だし作り方だって合ってる筈だよね?なのにどうしてこんな違いが出るんだろう?
色がくすんでるんだから薬草を潰し過ぎた?色が薄いのは水が多かったから?だったら何で匂いは草の香りがきついんだろう…ろ過するのにザルじゃダメだったのかな?
さっきよりも少しだけ粗めに潰した薬草を、少しだけ量を減らした水で煮て、ひと煮立ちさせたからキッチンペーパーでこして見ると、さっきのよりは幾分傷薬らしい液体が出来上がった。草の香りはするけど色が少し濃くなった。それでもくすんでいる事に変わりはない。
失敗、かな。そもそも出来上がっても俺で効果を試せないんだからどうしようもない。得体の知れないモノを皆に飲ませるなんて、皆の為に何かしたいと思っているのとは真逆の行為だよね。
「マッズ!!」
隣からそんな叫び声がして慌てて見て見ると、2回目に作った液体を入れていたコップを持ったゾンビンがいて、コップの液体は明らかに減っていて…飲んだの?!マズイって叫んだんだから飲んだんだろうけど、俺が作った得体の知れない液体を飲んだの?!
「み、水飲んで!」
うんうんと頷いた涙目のゾンビンは、勢いよく水をがぶ飲みし、何度かオエェ~と声を上げた。
相当…苦かったのかな?
「市販の傷薬は、飲んだ後喉が凄く渇くんだ。けど、コッチのは…喉を攻撃されてる感じ」
細かい解説をしてくれているその声は、しゃがれてしまっている。
喉を直接攻撃されている感じって事は…苦味、とか味の問題じゃなさそうだ。市販の傷薬でも飲んだ後に喉が渇くって言うんだから、似た様な効果がある?調合本に載っていない一手間があるんだろうな。攻撃されているって事は単純に考えると毒?だったら一緒に解毒剤を飲めば…いや、違うよな…。
蒸留水で試してみようか。
大きな鍋に水を入れ、その中央にコップを入れて中華鍋で蓋をする。こうして沸騰させて蒸気をコップに溜めて作った蒸留水は、傷薬を作る分だけを溜めるのに2時間かかった。
さて、不純物が混ざらないうちに3度目の正直!
鍋を火にかけて薬草をすり潰して煮ていると、キッチンに息を切らせたオチムシャンが入ってきた。
「お二人共、なんともござらんか?!」
ん?なんでそんなに慌ててるんだろうか?しかも息を切らせてるって事は走って帰ってきたのかな?もしかして雪山で何かあった…なら、屋敷まで走っては来ないか。
「オチムシャンどうしたの?フラケシュンは?」
鍋をグルグルと混ぜながら聞くと、何故か座り込んでしまったオチムシャンは、
「急に戻ったと聞き、なにかあったのではないかと…拙者の思い過ごしで良かったでござるよ」
と、今になって疲れが出たらしく、力なく笑った。
「オチムシャン、水でも飲んだら?」
「ゾンビン殿?その声は一体…」
「ガイコツンお手製の液体X飲んだらこうなったの」
液体Xって命名されてしまった…。
「ガイコツン殿一体何を…煮物でござるか?アク取りをせねば風味がおちるでござるよ」
煮物ではないんだけど、アク取りか…確かに薬草を煮てもアクみたいなのは出て来る。これを取れば、風味が増すかもしれない。つまり、毒の部分がマイルドに。
オチムシャンが綺麗にアクを取ってくれた液体を2重にしたキッチンペーパーでこしてみると、市販の傷薬よりも綺麗な色をした液体がコップの中に溜まった。匂いは草なんだけど、そんな悪い匂いでもないから良い、かな。
「飲んで良い?」
さっきよりもしゃがれた声のゾンビンは、俺の返事も待たずにコップを手にすると、腰に手を当てて一気に飲み干した。さっきのは半分程でマズイと叫んだのに、今回のは一気に全部飲んだようだ。
「どう?」
「…これ、飲みやすい」
お、声が元に戻った。
飲みやすいって事は、毒は大分マイルドになったみたい。それに声が元に戻ったんだから攻撃されて傷付いていた喉の回復にも成功した。って事は…傷薬の調合は大成功?
ゾンビン、結果的に実験体にしてしまってゴメンね。オチムシャン、アクを取ると言うアイデアをありがとう!俺、皆の為に薬草の調合するよ。普段からそんなに使う薬じゃないんだろうけど、イザって時の為に作れた方が10Gの節約になるからね。




