第37話 復活を遂げる、金狼
グラナート奪還からひと月、フィーニクスコアの動きは静かなものだった。
アポストロスの動きもなく、街を襲うこともなかったのだ。あまりの静けさに何か企んでいるのではないか、そうオリジンは考えた。グラナートが奪還されたことで、あちら側も次なる手を練っているのだろうと。
毎日のように動向を確認し、会議が行われる中でアルフィルクはグラナートの調子を見守っていた。
特殊艦整備室へ見舞いに行っては整備員や研究員から話を聞いて、ザフィーアにグラナートの調子を伝えている。
今日も日課となっている見舞いに特殊艦整備室へと向かったのだが、その扉の前で女性研究員に呼び止められた。
「グラナートなら格納庫に移動になりました」
「もう完治したのか?」
「えぇ。オリジンビリーブの協力もあって洗脳汚染は完璧に完治しています。機体の損傷と調整も順調に進み、本日許可が下りて格納庫へ移動となりましたよ」
ザフィーアが喜んでいましたと女性研究員は笑む。想像ができてしまったアルフィルクは彼女に「わかった」と返事を返して格納庫へと向かった。
特殊艦整備室から格納庫はそう遠くない。アルフィルクは格納庫へと続く通路を抜けて扉を開く。
『無事でよかった、グラナートよ』
『兄者よ、心配をかけてしまった。申し訳ない』
ザフィーアとは違う声音が聞こえる。エクエス機が並ぶ中を通り抜けてミソロジア専用の区画へと向かえば、金鎧を纏う騎士がそこに立っていた。
狼を思わせる風体の兜から見える瞳には光が宿っている。グラナートはプラグに繋がれており、傍にある機械でパラメーターを測定されていた。
騒ぐ、というほどではないがはしゃぐような会話をする二機に、機械の傍にいたタツノリが「ちょっと大人しくしてくれよ」と頭を掻く。
少し困っているように見えたアルフィルクが「おい、ザフィーア」と声をかけた。
「もう少し大人しくしろよ。タツノリ副司令官が困ってるだろうが」
『あぁ、申し訳ない』
隣に立つグラナートをザフィーアは見遣りながら、『嬉しくてな』と自分がはしゃいでしまっていたことを認めた。
グラナートも申し訳ないと謝っているのを見て、アルフィルクは全くと一つ息を吐き出す。けれど、呆れてはいなかった。
嬉しかった、ザフィーアの兄弟を取り戻せて。共に戦い、彼の想いを知っていたから。だから、アルフィルクはこうなるのも仕方ないと思っている。
「いやあ、ほんと助かるよ。ミソロジアには感情が存在するから、興奮したりするとパラメーターが乱れてなぁ」
「でも、問題はないんだろ?」
「あぁ、ばっちりだ。フィーニクスコアからの汚染を完全に取り除くことに成功している」
これはオリジンビリーブとともに研究し、調査し、技術を磨いたからだ。タツノリは「睡眠時間を削ったかいはあったさ」と笑う。
彼なりの冗談なのだろうが、実際に睡眠時間を削ったのは事実だろう。研究員たちには感謝しないといけないなと、アルフィルクは和やかに会話をする二機を見て思った。
「アルフィルク」
「ポラリスか……フォルティア?」
「ごめんなさいね、アルフィルク。ちょっとアナタの力を借りたいの」
ポラリスと共にやってきたのは、フォルティア。それから――ユーストゥスだ。
肩にかかる黒と紅のグラデーションの髪を揺らしてやってきたユーストゥスは、フォルティアの隣に立ってゆっくりと頭を下げる。
幼い姿はフォルティアと同じだ。けれど、ガーネットをそのまま埋め込んだ瞳だけが違っていた。
フォルティアとは対になる黒の繊細なドレスを着ているユーストゥスが一歩、前に出る。
「アナタがザフィーアのパイロットね。初めまして、わたしはユーストゥス。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
頭を下げて謝るユーストゥスは大人しく、ポラリスとは違った落ち着きを持っている。少しばかり驚きながらも、アルフィルクは「気にしていない」と返事を返した。
「お前がどうしてあぁなったのかは、フォルティアから聞いている。お前が悪いわけではないから……」
「ありがとうございます。でも、わたしは罪を犯したのです、例え洗脳されていたとしても」
罪。アルフィルクがその言葉に目を瞬かせれば、ユーストゥスは頭を上げてからガーネットの瞳を伏せた。
「何の罪もない一般兵であるシリウスを巻き込んでしまったのです」
自分だけならばよかった。星人であるわたしはフィーニクスコアと関係があるから。
ユーストゥスは「けれど、彼は違う」とドレスの裾を握りしめる。本来ならばこの星を守るために戦うはずだった彼に、故郷を破壊させてしまったのだ。彼女は自分を責めていた。
その通りなのだろう。アルフィルクは否定ができなかった。ユーストゥスは洗脳されていたとはいえ、シリウスを巻き込んでしまったのは事実なのだ。
タツノリも、ポラリスもかける言葉を探しては口を閉じてしまっている。ザフィーアやグラナートも黙ってしまった。
「シリウスは全てを知って部屋に籠ってしまったの」
重苦しい空気を裂いたのはフォルティアだった。彼女はシリウスが自分のしてしまったこと全てを知ってしまったのだと教えてくれる。
精神が安定してから少しずつ状況を伝える予定だったのだが、感情的になったエクエス機の隊員が話してしまったのだという。お前が仲間を殺したんだと。
「……その隊員はどうなったんだ」
「降格処分だよ。エクエス機の隊から外されたさ」
アルフィルクの問いに答えたのはタツノリだ。自分の感情で動く人間にエクエス機を託すわけにはいかない。その感情が戦況を悪化させてしまうかもしれないからだ。
感情を殺せとは言わない。けれど、場を乱すようなことをしてはいけない。タツノリは「やり場のない感情をぶつけたい気持ちは分かるけれどね」と、悲しげに言った。
「あの子は悪くない。悪いのはわたしなの……わたしよ……」
わたしに種が植えられていなければ、洗脳されなければ。ユーストゥスは俯きながら唇を噛み締める。
悔しい、悲しい、自責が籠められた反応にアルフィルクは彼女を責めることはできなかった。だから――
「俺にどうにかしろってことだろう」
「流石は同じ巻き込まれた星の子ね」
同じ戦いに巻き込まれてしまった存在。アルフィルクはフォルティアが何を言いたいのか察した。
「グラナートにもこの戦いに参加してほしいの。そのためにはシリウスの力が必要だわ」
洗脳されていたとはいえ、グラナートのパイロットとして操縦していた経験は代わりが効かない。
戦況も佳境となった今からパイロットを選別している時間は残されていなかった。シリウスにグラナートのパートナーになってもらわなければならないのだ。
「彼の説得を手伝ってほしいの、いいかしら?」
「拒否権なんてないくせに……あぁ、やってやるよ」
これは自分にしかできないことだ。アルフィルクは彼女たちの願いを聞くことにした。




