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セレスティーナは、レオナルトの手を握り返したまま、静かに息を吐いた。
(……もう、逃げるのはやめましょう。)
彼は最初から、私が逃げることを許していなかった。
それどころか、逃げる理由すらなくしてしまった。
王宮を「監獄」だと思っていたのは、私の思い込みだったのかもしれない。
レオナルトの愛に包まれたこの場所は、決して窮屈なものではなかったのだから——。
「……観念した?」
レオナルトが小さく微笑む。
「ええ。」
セレスティーナは肩をすくめ、少しだけ苦笑した。
「逃げる理由がなくなったのだから、仕方がないわ。」
その言葉に、レオナルトの瞳がほんのわずかに柔らかくなる。
「いい判断だ。」
「まったく、どこまでもあなたの思い通りね。」
「当然だ。」
レオナルトは、少しも悪びれずに答えた。
そんな二人のやり取りを、少し離れた場所でじっと見ていた者たちがいた。
「……おーおー、ついに観念しやがったな。」
カイル・ブレイザーが、腕を組みながらにやりと笑う。
「いやはや、ここまで来るのに、どれだけ振り回されたことか。」
ヴィンセント・クラウゼは静かに紅茶を飲みながら、いつもの冷静な口調で呟いた。
「それでも、この結果なら、まぁ悪くはないか。」
「ほんと、それな。」
カイルが豪快に笑い、肩をすくめる。
「ったく、セレスティーナが逃げようとするたびに兄貴が水面下で対策して、こっちはこっちでサポートに駆り出されて……でも、ようやく終わったって感じだな。」
「振り回された甲斐はあった、ということだろう。」
ヴィンセントは小さく笑う。
ふと、その横でカイルが呆れたようにため息をついた。
「それに比べて、あっちの二人は……」
「だからね! ユリウス様、もうちょっと紳士的に扱ってください!」
「いやいや、君がもうちょっとおしとやかになったら考えてあげるよ?」
「ちょ、ちょっと! それって私が品がないって言いたいんですか!?」
「まぁ、そうなるね。」
「む、むきーっ!」
王宮の廊下の一角では、相変わらずアリシアとユリウスが漫才のような掛け合いを繰り広げていた。
「あの二人……進展しないな。」
カイルが頭を掻きながら笑うと、ヴィンセントも肩をすくめる。
「まあ、アリシアは以前よりも自然になったのでは?」
「そうだな。最初の頃みたいに必死で王子を落とそうとする感じがなくなったし……ユリウスとやり合ってるほうが、なんか合ってる気がする。」
「全く同感だ。」
ユリウスがにやにやしながらアリシアをからかい、アリシアがそれに全力でツッコミを入れる——。
その様子は、かつての「乙女ゲームのヒロインと攻略対象」などとは程遠く、もはや王宮の日常に自然に溶け込んでいた。
「……さて。」
カイルが再びセレスティーナとレオナルトを見やる。
「もう逃げられねぇなら、腹をくくってしっかりやれよ?」
「そうね。」
セレスティーナは、穏やかに微笑んだ。
「……もう、王宮を窮屈に思う理由はないもの。」
それは、これまでの彼女の心情の変化を象徴するような言葉だった。
レオナルトはそれを聞きながら、静かに彼女の手を握る。
彼の黄金の瞳は、どこまでも優しく、そして確信に満ちていた。
「これからも、君が自由でいられるようにする。」
その言葉に、セレスティーナはそっと目を伏せ——微笑んだ。
こうして、彼女の逃亡劇は幕を閉じ、王宮での新しい未来が始まろうとしていた。




