四十三話 マインドコントロール
図書室にある歴史書はどれも名のある学者によって編まれたものだ。この国の人間達は、本の内容を【事実】として疑わない。
気が遠くなる時間が流れる中で語り部は減っていき、いつしか過去の魔族との戦いを知る人間は消え去ってしまう。当時の人間が記したのだから相違ない筈だと人々は信じ、親から子へ、子から孫へ魔族がどれだけ恐ろしい存在なのかが伝達されていく。
四条は何冊か本を読み込むが、どれも似たような内容だ。しかも近年に発行されたものほど、より誇張されている気もする。
魔族の主食は人間! 虐殺を楽しむ為に人間を襲う! といった内容をありとあらゆる表現で書き連ねている。
「これでもかと、魔族へ悪い印象を持たせる本だこと。実際にあった出来事だとしても、書き方が随分人間寄りね」
桜井も隣でパラパラと流し読みし、率直な感想を述べた。
「確かに人間は寿命が短いし、時代の移り変わりで影響を受けるでしょう。しかし……魔族の中には人類最古の歴史書が書かれた時代を知る者もいるんじゃないですかね」
この本が正しいのか、間違っているのか。魔族サイドには生き証人がいても不思議じゃない。
「これだけ【魔族イコール悪】と刷り込まれた人類は、当時を知る魔族が何を語っても聞く耳持たないんじゃない? この歴史書が正しいかどうかは、関係ない段階よ。もはや人類にとっては本こそが真実になっている……」
「ですね。吉田さんが魔族に味方する以上は、それなりの理由があるんだとは思いますが。ここにある本程度では参考にならないな」
ここにあるのは庶民向けの本だけ。国が秘匿したいような記録は、王城で厳重に管理されているだろう。吉田と平和的にいくのであれば王城の書庫へも忍び込まなくてはならない。
だが……
「王城へ忍び込んだりするのは駄目よ? 万が一失敗してしまった場合にエイリーン様の信用を失うわ。そうなるとイスタルテ様も機嫌を損ねるでしょうね、私達はお忍びで来てるわけだし」
「わかってますよ。どんな理由があろうと、我々が魔族に敵対するのは【仕事】ですしね」
そもそもこの世界に四条らが来たのは正規の手順では無い。加えて、現地人……それも重要人物のエイリーンとの関係を悪化させるのは非常に不味い。四条は吉田の説得は諦め、あとは拳を交えるのみかと嘆息し本を閉じると。
「あのぅ……」
「ん?」
不意に隣から見知らぬ少女に話しかけられた。フードを目深に被った、小柄な女の子。
「今歴史の勉強をしていて、ちょっと教えて欲しいのですが」
(えーっ。現地の子に勉強なんて教えられるか??)
子供ながら図書館まで勉強に来る勤勉さ。果たして四条は疑問を解消してあげられるだろうか。フードの少女の隣には、妖艶な雰囲気の若い女性。どうやら保護者らしい。
「ごめんよ、うちの子が急に話しかけて。私が教えてあげられれば良いんだけど、生憎学が無くてねぇ」
「いえ、構いませんよ。とはいえ我々も旅人なもので。あまり知識豊富とはいえませんが」
四条は簡単な質問であってくれと心の中で祈りつつ、フードの少女に耳を傾ける。
「さっきお二人の会話が断片的に聞こえたのですが、王族が正しい歴史を意図的に隠しているなんて事があるのでしょうか?」
桜井とアレコレ話していたのを聞かれていた。声量は抑えたものの、静かすぎる図書館では足りなかったようだ。これは四条君のミスね、と桜井が視線だけで責めてくる。桜井も同じくらいの声は出していたのだが。
(なんでこの幼女はそんな事を知りたがるんだ? ただのその辺のキッズとは思えないが……)
好奇心旺盛な子供のようだから、今学んでいる教科書が誤りの可能性があれば気になってしまうのか。
「エイリーン王女様がそのような事なさるとは思えませんが、今は魔族との戦いで国民は大変ですから。可能性が全く無いとも言い切れませんね。もっとも仮に何か隠されていても、我々庶民には知る由もありませんが」
フィフティフィフティ。どっちつかずの発言でこの場は濁す四条だったが、本心では情報操作されているに一票。この世界では、日々疲弊する兵士や国民のヘイトを政治に向けさせない為にも、魔族を完全な悪者にする他無い。反発でもされては魔族と民衆を相手取らなくてはいけなくなってしまう。
目の前の少女には悪影響を与えかねないので誤魔化すしか無かった。
「そうですか……。なるほど民心を掌握する為には有効というわけですね」
ローブの少女の呟く内容に、もしや王族に連なる者か? と当たりをつける日本人二人。隣の色っぽい女性はこう見えて従者なのか? とも。
「もしや王家の方でしたか? そうであれば出過ぎた発言をお詫び申し上げます」
「いえ、王家の人間ではありませんのでご安心ください。単にこの国に興味があるだけですので」
「そうでしたか」
身分を隠しているだけかもしれないので、これ以上不用意な接触は避けたほうが無難だろう。四条と桜井が求める資料は図書館には無いので、二人は一度この場を離れようと席を立った。
「もうお帰りですか?」
「ええ、お勉強頑張って下さいね」
黒い髪に黒い瞳。あまり見かけない人種を見送りながら、ローブの少女ノクティアは考える。貧困街にいた奴隷商人みたいに心の汚い人間達もいれば、ティーナのように優しい人間もいる。歴史の本を鵜呑みにして王侯貴族の傀儡となる国民もいれば、眼前の二人みたいに自らの頭で物事を判断する者も。
「人間は……多様ね」
もしも人間が全員心優しければ。魔族による支配、指導さえ必要無く。共存といった道も選べるかもしれない。自身の父親を殺めた人類に対して復讐を選ばないノクティアは、既に【魔王の器】を有していた。
(その為にも、まずは魔族が恐ろしいばかりでは無いと知らしめないと。長い時間をかけて作られたイメージはそう簡単には覆せない。けれど、我々には長い寿命がある……いつの日か理解し合えるはずよ)
ノクティアは決心する。これより森に帰り、モルディスへ相談し人間界への侵攻をやめさせようと。父親が推し進めた武力による支配は最短のルートかもしれない。が、無理に押さえつけると反発も大きい。なにより、ティーナがいるこの王都に魔族を攻め込ませたくは無かった。
「ノクティアあんた、また随分と難しい質問をしたわね。教科書や歴史書が嘘をついてるかもなんて、私は考えた事も無かったわよ」
「ふふっ、普通はそうだよ」
腕を組み、せっかくの図書館なのに本は一切触らずに付き合ってくれているティーナに微笑むノクティア。
(出来ることなら、ティーナお姉さんに魔族と人間の関係が変化した世界を見て欲しい。間に合うかしら……いいえ、やるしかないわね)
次期魔王……いや、既に魔王と呼ばれる立場のノクティアが瞳に強い光を宿したタイミングで。
「敵襲!! 敵襲ー!!! 大量の魔族を目視にて確認!! 住民の皆様は直ちに王城へ避難して下さい!!」
見張り台から、魔族到来を告げる警報が王都中に鳴り響いた。
「魔族が……!? まさかじいやの命令っ!!?」
理想の未来への第一歩は、あろうことか育ての親によって足元から瓦解してしまった。ノクティアはガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。他の利用者は警報によるパニックで、少女一人が叫んでも気にしてはいない。……隣のティーナを除いて。
(じいやは、私の考えを知らない……! お父様の思想を強く受け継いでしまっているのね。いいえ、私のために良かれとやっているのかもしれないわ! ……でも、それは違うわよ、じいや)
図書室の出入口ゲートを抜けた辺りで警報を聞いた四条と桜井は。
「敵襲ですって、どうする? 四条くん」
「どうもしませんよ。ここで魔族を倒しちゃうと、有償ですからねぇ……勝手にイスタルテ様の世界へやってきておいて、勝手に魔族を倒してお金支払ってくださいはヤバすぎますって」
押し売りなんてものじゃない。
「ふぅん。ま、担当の君が言うなら従いましょっか」
「もしもやばそうならイスタルテ様から連絡来るでしょうし、伝説の剣持ちの田中さんもいますし」
まさか自分達が狙われているとは露知らず。
「あーでも、エイリーン様が危機的状況になったらオートで迎撃してしまいますね」
対吉田に備えて【ネームレス】を用い護りを固めていたのを思い出す。エイリーンがピンチになれば四条へ通知がくるのは勿論、ある程度の防御と反撃までするよう備えてある。
「それもホントは有償なのだけれど、吉田くん絡みなら請求は出来ないからセーフかしらね」
吉田が原因であれば異世界サポセンは料金を取れない。此度の襲撃も吉田がモルディスへ依頼した事までは把握出来ておらず、二人は宿屋へと帰っていった。
モルディスと吉田の企みは、一旦田中とエイリーンへその牙を向けることとなった。
王都に四条達がいる。吉田としては魔族を大挙させれば四条らが自ずと応戦しに来ると予測したのだが……異世界サポートセンターを辞めて久しい事が災いし、有償対応は見積もり後といった鉄則を失念してしまっていたのか。または、終末対処部で働ける人間なんて息をするように魔族を倒すものと誤解されている可能性も。
或いは、エイリーンの私室を離れる直前。王女の周囲に四条が何かを展開したのを見た上での判断か。
モルディスが送り込んだ魔族達は、まず街の外周を固める兵士たちと戦闘になる。
王都を取り囲むように出現した大小様々な魔族。あっという間に至る所で黒煙が上がりはじめ、街は戦場という名の地獄と化していった。




