帷子ノ辻《かたびらのつじ》
帷子ノ辻は、京の都の北西にある曲がり道。帷子とは、死装束のことである。
この地名の由来は、美しく高貴な女性の死の姿からきている。
その美貌に、多くの男性が恋をした。女性は、深く仏教を信じていたので、自分が余りに男性達の心を乱したと罪深く思った。
その為、自らが死んだ後には、道に打ち捨ててくれと言い残した。
女は病で、若くして亡くなった。
遺言は守られて、死装束のままに、この辻で朽ち果てたというのである。
池田屋からも、そう遠くない場所である。
その帷子ノ辻を歩いていると、
「沖田総司殿に、ござりますな」
声を掛けられた。
「はい」
ちょっと変わった言葉遣い、とは思った。
見ると、背の高い男だった。
前髪に紫の紐、派手な小袖、緋色の羽織。派手な衣装である。
その緋羽織の背には、革紐で長刀を斜めに背負っている。反りがなくて、竿の様に長い。
「あなたは」
すると、男は、薄ら笑った。
「この刀を見て、名を尋ねるとは……
世間を、知りませんな」
「そうですか、
それは、どうも」
沖田は、いつもの事で、人の言葉には逆らわないし、逆に、特に人に゙は拘らない。
行き過ぎようとした。
「待たれよ」
「はい」
「斬り合いになれば、此の世に、新撰組が最強だ、そうですな」
「さあ?」
「その中でも、沖田殿が最強、であるそうな」
「いえ、いえ。そんなことは……」
「一手、御指南」
男は、もう背中の長刀に手を掛けていた。
「待って下さい。こんな人通りのある所で、刀を抜くというのは、人の迷惑になります」
「ならば、いずこ、ならば宜しいか」
沖田は、厄介な人だなあと思いながらも、
「では、道場に行きましょう」
と言った。
新撰組の屯所ならば、この男も少しは大人しくなるかもしれないと思った。
しかし、新撰組屯所でも、
「いや」
男は、沖田の差し出した竹刀を受け取ろうとは、決してしなかった。
「我に、物干し竿、以外は無し」
そう言って、真剣を携えている。
沖田は、つくづくと、その長刀を眺めた。
刃長で三尺(約90cm)以上はある。近藤の虎徹でも、二尺に少しだから、これは長い。
それで、沖田は、木刀を手にした。しかも、一番重い物を選んだ。
「総司は、今日も一人稽古か」
近藤勇が言った。
「池田屋の事がありますから、控えるように゙は言っているのですが」
土方に゙は、少し妙な心持ちがあるようだ。
「一番重い木刀を振っているではないか。元気になってきている証拠ではないか」
近藤の方は、いつもの表情である。
男の物干し竿、すなわち長刀が、沖田を襲った。
真剣を用いた勝負は、派手に打ち合いを続けるものではない。ほぼ一瞬で結果は決まる。
それは沖田も、真剣に拘る男もなにより承知しているはずだ。
沖田は平正眼。突きを狙う。
その出るところを長刀が、被せてきた。
叩いて撥ねさせておいて、返し技を狙っていたのであった。それは或る意味で、クロス・カウンターの様なものである。
しかし、沖田は、木刀。
男の真剣の刃筋は、その木刀に喰い込んだ。ただ、その太さに斬り落としは出来なかった。
沖田は握った指を、ただ離すだけ。
「なんと……」
佐々木小次郎は、慌てたが、未練に、刀を手に拾おうとする。
その屈んだ姿勢を、京を震撼とさせる実戦の覚えで、沖田は蹴り上げた。
佐々木小次郎は倒れた。
剣の勝負の結末とは、言われないのかも知れないが、それが新選組でもある。




