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武術魂  作者: 富野夷
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秘技微笑み返し

 中学の担任の先生で、青野という人がいた。

 男生徒は運動部に入っているのが正しいと、思っているようだった。廊下を歩いていると、体格の良い生徒には、

「おまえ、何部だ」

 と尋ねる。

「〇〇部です」

 との返事があると、

「よおし」

 満足げである。

 理科の教師なのだが、授業中に、黒板いっぱいにチョークで、まるを描き始めることがあった。正しい円を手で描けるというのが、人格の正しさを示すとか、そういった積もりなのだと思う。

 まあ、禅宗のお寺の石庭では、何か棒のようなものを使って、何重もの円が画かれていたりもする。それが、悟りを示すとか、そういう感じは確かにあった。まだアスリートとは呼ばなかった運動選手なんかも、練習の一環で、お寺に座禅に行ったりしたものだった。

 今のアスリートならば、メンタルトレーニングをするのだが、何しろ、昭和だ。心の修行だとか、悪くすると、根性だとか気合だとか言われた時代だ。

 そんな頃の、教師だから、黒板に、〇も描いて悦に入る。

 ついでに、

「昔は、もうちょっと、うまく、まるに描けたんだけれど」

 今より昔には、何かあったみたいな、自慢とも言い訳ともつかぬことを言うのだった。

 私は、この「昔は」には、酷く違和感を感じて、今では、「あほの先生」だったと、懐かしく思い出しているのだが。


 また、このあほの先生には、最悪の得意技があった。

 学期末に、通信簿が出ると、その得意技が始まる。

 通信簿を、名前を呼んで、一人一人に返してよこせば、それで済むはずなのに、言わずもがなの一言を各人に言ってよこす。

 もっもと今なら、通知表というようなものがあるとしたら、各生徒に、教壇に取りに来させるということさえ、しないのかも。教壇という言葉さえ一昔前だが。

 先生の方から、渡すとか、他人の目に入らないように、プライバシー保護の工夫が色々とあるのだろう。

 要するに、かつては、先生が中心で、それに生徒が合わせていくことで、教室が治められていた。

 今は、生徒が中心なのだろう。ひとり、ひとりの個性だとか、一分の一教育だとか。今の先生は、生徒の方に従うしかないから、それはそれで大変だ。

 さて、通信簿の中身を教室で発表してしまう。

「おまえ、三ばっかりだな」

 何しろ、昭和の時代である。通信簿も五段階評定である。

 僕の順番が来る。

「おまえは、五と四ばっか、でも、体育だけ二」

 と言い、言葉はそれにとどまらず、

「これじゃ、かたわだぞ」

 とまで、皆の衆人監視の中で、言い放つのだった。片輪は、両輪の片側だけ、肉体的に欠損がある、また不格好を意味するような言葉だ。つまり、〇は描けても、心の中には思いやりはないというか、子供には大人は何を言っても構わないというやつだったのだろう。


 さて、こんなこともあった。

 実力試験のテストまで、返す時に発表してしまう。

 実力試験と呼んでいるテストは、英数国理社の五百点満点。三百点以上をとると優秀と言われている。

 僕の順番がくる。発表された。

「おまえ、合計、百九十点だな」

 驚愕した。まさか、百九十。

 教師なら一緒に驚いてくれるというか、たまには、そういうこともあるよとかの、何かの言葉が教師にはあっても良いのではなかったか。

 しかし、心の中は〇でない人は、薄ら笑いを顔に浮かべいる。

 体育は二で、他の合計も百九十になったかという笑いなのか。

 僕は答案用紙を、見詰める。

 国語は九十、社会は八十。そして、気がつく。

 採点違い、といか合計点違いなだけだった。

「ちがっています」

 僕は微笑みをもって、その薄ら笑いに対して応えるのだった。

 

 

 




 

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