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逃げ切った後


 結局――。


 飾折が途中で暴れ足りなくなり、ゴミ箱や花壇を片っ端からぶっ壊して回ったせいで、逃走は思いのほか長引いた。


 それでもどうにか警察の追跡を撒ききり、一行は肩で息をしながら近くのコンビニへと滑り込む。


 そして約束どおり、白矢が買ったファミチキを飾折の口に押し込みながら、ようやくの休憩となった。


 「あぐっ……うめぇ! やっぱり戦って逃げたあとの油と肉は最高だな!」

 「いや戦ったっていうか……お前、途中で街路樹のまあまあ太い枝ジャンプして殴り折ってただろ。普通の人間じゃねえって……」清太郎が苦笑混じりに首を鳴らす。


 「獲物が足りなかったから代わりに壊したんだ! 白矢がもっと骨のあるやつ連れてこなかったせいだぞ!」

 「理屈がひどすぎますね……」獬崎が小さくため息をつきつつも、ファミチキを頬張る飾折の顔を見て微笑む。


 清太郎は肩を竦めながらも、さっき殴られた頬に赤黒い痣を残したまま平然としている。そのタフさは、彼らの異常さを端的に示していた。


 まったりとした空気の中、白矢がふと遠くを見やり、獬崎に片目をつぶって耳打ちする。


 「かいちゃん、よろしく」


 何となく察した獬崎は、さりげなく袖の中から小さな香を取り出す。火をつけると、ふわりと甘く神秘的な香りが広がり、ベンチの下にそっと隠した。煙は夜風に紛れ、自然に周囲へと流れていく。


 鼻腔をくすぐるその香りは、不思議と心を鎮め、まぶたを少し重くする。耳に入る雑踏の音は遠くぼやけ、肌に当たる夜風までぬるくやわらかく感じられる。胸の奥からふっと力が抜け、すべてが「どうでもよくなる」ような緩さを与えるのだ。


 「……さて。神の務めといたしましょうか」


 獬崎は静かに呟き、何事もないかのように腰掛けたまま周囲へ視線を巡らせる。


 やがて、パトカーが静かにコンビニ前に停まった。制服姿の警官が二人降り、街灯に照らされた歩道を並んで歩いてくる。


「こんばんは。少し確認をさせていただきたいのですが――」

「先ほど繁華街で乱闘があったとの通報がありましてね。容疑者がこのあたりに逃げ込んだ可能性があるんです」


 獬崎は背筋を伸ばしたまま微笑みを浮かべ、静かに応じた。


「乱闘……物騒ですね。ですが、この場は穏やかでしたよ。

 私はこうして座っておりましたが、怪しい人物が通ることはありませんでした」


「なるほど……。ですが念のため、こちらの店内も確認を――」


 もう一人の警官がコンビニのガラスへ視線を向けかけたその時、ふわりと香が漂った。


 鼻を抜ける甘い香りに思わず呼吸が緩み、視線がかすかに泳ぐ。耳にしていた周囲の音が遠のき、足取りまでもが少し鈍る。頬にほんのり熱が集まり、言葉を出そうとした瞬間――不思議と舌が動かなくなった。


 同時に獬崎の声音が、耳に柔らかく入り込んだ。


「どうぞ耳を澄ませてください。この街路に響くのは、ただ夜の静けさだけ。

 あなた方が見守っているからこそ、この場所は安らぎに包まれているのです」


 二人の警官は顔を見合わせ、ふっと肩の力を抜いた。


「……なんだ、急に眠気が……」

「ここは問題なさそうだ。次を回ろう……」


 短く言い合い、軽く会釈してパトカーへと戻っていく。

 エンジン音が遠ざかり、赤色灯の明かりも小さくなった。


 その背中を見送りながら、獬崎は小さく笑みを深めた。


「――神の言葉は、ときに人の目を曇らせ、耳を逸らすものです」


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