第四話
ブクマ・評価ありがとうございます
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
猛獣バトルを生で且つ目の前で鑑賞中。因みに吾輩、景品のようである。
「‥‥ニャッ!(‥‥始め)」
最初に動いたのは熊だった。
例の如く口元に水を集め始めると、大蛇は避けるように熊の周りを素早く這いずり回る。それに水の球は意味を為さないと考えたのであろう、熊は水を纏った直接攻撃に移る。
熊が纏っている水は、常に流動しているようだ。複雑な水の流れが、吾輩の猫の目には見えている。攻撃力が増したりするのであろうか。本当に不思議だらけで、訳の分からん世界である。
「ガァァァァッ!」
苛立ちの咆哮。
攻撃力が増しているかは分からないが、それでも熊の爪を容易く弾く大蛇の体。ギィィィン、ガィィィィンと鳴る音は、最早金属音だ。こっちもこっちで訳が分からない。
「シュルルル‥‥」
余裕のある大蛇はそれでも油断せず、熊を最大限警戒しながら徐々に距離を詰めていく。ついでに吾輩の事も忘れていないようで、時折尻尾が吾輩の隣に飛んで来る。
そして、遂に大局が動いた。
「シャァァァァァッ!」
焦り始めた熊の隙を突き、大蛇が飛び掛かったのである。大蛇の牙は、正確に熊の首元に突き立てられた。痛みと驚きからか熊は硬直するが、それは大失態。あっという間に、その巨体に大蛇が巻き付いていく。
決まった、のである。後は大蛇が締め上げ、骨を折りながら絞め殺していくだけである。蛇の長い胴体で、腕も足も間接を極められた熊には、もう為す術は無い。
「ガァ‥ガァァァ‥‥」
しかし、熊も普通の熊では無かった。纏っていた水を激しく流動させる。すると、弾かれるように大蛇の体が少しだけ浮いた。それを好機と見て、熊も大蛇の腹に齧り付く。
「!シャァァァッ」
鱗で覆われていないそこは、比較的柔らかい。しかし、強靭な筋肉の詰まった大蛇の腹は、熊の牙をも通さない。
「シュルルルッ」
したり顔を浮かべる大蛇。しかし、それも一瞬。次の瞬間には、苦痛に歪んでいた。
「グォォォ‥‥」
まさに執念。ここで引いたら死ぬとばかりに、熊は大蛇の腹へ必死に喰らい付いていた。強靭な筋肉に、熊の牙がゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。
「シャァァァァ‥‥」
ただでやられる大蛇では無い。熊に止めを刺すべく、一層強く絞め上げる。ドシンッ、ドシンッ、と地響きを立てながら、互いの首と腹に噛み付いた状態で転げ回る。最早吾輩の事など意識の外であろう。今なら逃げられるはず。
「ンニャァァァ……!(凄い……!)」
しかし、吾輩はその場を動かなかった。いや、動けなかったが正しいか。見入ってしまっていたのだ。両者の激闘、死闘に。
「っ!?ガァァァァァッ!?」
強い力で締め上げられながらも必死に喰らい付いていた熊が、突如悲鳴を上げる。一瞬、断末魔とも思ってしまうような悲鳴であった。
「ガァァ‥ガァァァッ‥‥」
熊は大蛇から口を離し、自身の首に噛み付いている大蛇を離さんと、これまで以上に暴れ出す。良く見れば、熊の首、大蛇が噛み付いている辺りから、煙がモクモクと立ち昇っていた。そして、大蛇の口の端からはメラメラと火が顔を出していた。
「‥‥ァァァアアアアアアッ!」
どうやらこの大蛇、火を吹けるらしい。もう何でも有りである。
熊が纏っている水もこれまで以上に激しく流動するが、本気を出した様子の大蛇には効いていない。堪えていない。
「ガァァッ!ガァァァッ!!」
何度も悲鳴を上げる熊。その口から飛び出た火が、空中に溶けていく。恐らく大蛇は、噛み付いている首を外側から焼いているのではなく、噛み付いた部分から火を通して中から焼いているのであろう。恐ろしい蛇である。
未だに熊が生き長らえているのは、水を操れるが為。火は水で消える、常識である。
しかし、それも長くは持たない。次第に熊を覆う水が蒸発し始める。
「ガァァ‥‥‥」
水が無くなると同時に首から火が広がり始めた熊は、最早抗う力も残っていないようで、仁王立ちで荒い息を吐くだけである。良く見れば、腕なども有らぬ方向を向いている。折れているのであろう。吾輩には分からないが、きっと様々な部分がボロボロなはずだ。
対して大蛇の方は、それなりの量の血を腹から流しているようだが、特に堪えた様子も無く悠然と燃える熊を見下ろしていた。
「ニャ?」
気のせいであろうか。後は燃え尽きるのを待つばかりのはずの熊の目が、吾輩にはまだ死んでいないように見えるのである。
「シャァァァァ……」
「?‥‥ニャッ!?」
熊に気を取られていたら、いつの間にか大蛇に見下ろされていたのである。ご丁寧に、吾輩の周りを囲うようにとぐろを巻いておられる。
何故、吾輩なのであろうか。どいつもこいつも、吾輩ばかりを狙ってくる。他にも丸々太った奴だっているだろうに。吾輩のような小さいのより、喰い応えのある奴なんていくらでもいるだろうに。今で言えば、どっからどう見てもあっちの熊の方が美味しそうである。あ、ほら、肉の焼ける良い匂いもする。
「ニャァ‥(さて‥)」
この体なら大蛇の巨体を跳び越えるのも容易い。しかし、それには助走が必要。この程度のスペースでは物足りないのである。助走無しとなると、大蛇の巨体に一度跳び乗ってから、跳び下りる事になる。だがこれでは、跳び乗った瞬間を狙われてパクッといかれること必至である。
「ニャァァァ‥‥(よぉし‥‥)」
されど、他に方法が無い以上、出来る事をやるしかない。吾輩、覚悟を決めたのである。
大丈夫。何だかんだで、生きているのである。空に舞い上げられた時も、醜い化け物に襲われた時も、クマに襲われた時も。何だかんだで生き延びているのである。だから、今回もきっと大丈夫なのである。
「ンニャッ!!(いざっ!!)」
後ろ足に力を入れ、高く跳躍。狙い通り大蛇の体へ‥‥無い?
「ニャニャッ!?(なんでっ!?)」
「ガァァァァッ!!」
「シャ!?シャァァァァッ!」
聞こえて来る熊と大蛇の叫び。何が起こっているのかも分からぬまま地に足が付くその瞬間、強い衝撃に吾輩の小さな体は面白いように吹っ飛んだのである。
「ミギャッ!?ンニ゛ャッ!?ニギャッ!!」
地に叩きつけられ、木や岩にぶつかった。何気に初めての肉体的ダメージである。
泣きたいくらい全身が痛いが、問題無く動くようなので、大事に至ってはいないのであろう。痛む体に鞭打って、熊と大蛇がいるであろう方へと目を向ける。
「ニャ‥ニャ‥‥」
衝撃の光景が広がっていたのである。
瀕死だった熊が『何処にそんな力が!?』と思わせる程の力で、大蛇の体にしがみ付いていたのである。折れた腕を物ともせず。体が燃えていようとなんのその。
吾輩は、熊の行動に気付いた大蛇の動きに巻き込まれたのであろう。タイミングが悪かったのである。しかし、アレに巻き込まれなかったのは幸いであった。
熊の燃える体にしがみ付かれた大蛇の体にも、火が燃え移っている。火を吹けど、火に耐性がある訳では無いようである。金属のような固さを誇った鱗が焼け爛れていく。正に火事場の馬鹿力。大蛇は必死の抵抗を試みるも、熊は決して離れない。
熊はその瞬間を狙っていたのだ。大蛇が油断するその瞬間を。ただでは死なんとばかりに。
「ニャァァァッ!!」
良く分からないが、、叫びたくなったのである。吾輩も何を思っているのか、何を考えているのか、自分でも分からぬ。
やがて、熊も大蛇も力を失ったように崩れていく。命まで燃やされてしまったようだ。これこそ死闘。吾輩凄い場面に立ち会ってしまったのである。
「‥‥?」
そう思ったが、そもそもの原因は吾輩にあった。この生き物の姿の無い場所は、恐らく大蛇の縄張り。そこに熊を連れてきたのは吾輩である。熊も、吾輩の事が無ければここまで来る事は無かったはずだ。
ま、吾輩は助かったのでその辺りの事は良いのである。
ぐぅ~~
「ニャニャッ!!」
そう言えば、吾輩お腹が空いていたのである。色々あって、忘れかけていた。
「ニャァ~……(良い匂いだ~……)」
目の前には、焼けた熊の肉と蛇の肉。ご馳走である。
「‥‥ゴクッ」
吾輩は、躊躇いなくそれらの肉に齧り付いたのだった。