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エピソード2:名杙統治のお見合い大作戦④

 その後、聖人との雑談や彩衣との質疑応答、及び身体測定までを終えたユカ(と政宗)は、途中のスーパーで昼食を買って、『仙台支局』に戻ってきた。

 時刻は昼の12時を少し過ぎたところ。支局内に入ると、パソコン前で作業をしていた統治が、イヤホンを片方だけ外し、視線をチラリと向ける。

「……戻ったのか」

 施錠する政宗に背を向けて、ユカはパタパタと足早に自分の机へ荷物を置くと……身を乗り出し、正面に座っている統治を覗き込んだ。

「統治ーただいまーご飯食べよー」

 統治はパソコン画面の右下に表示されている時計を確認して、もう片方のイヤホンも外す。

「そんな時間か……じゃあ、下で何か買ってくる」

 そう言って立ち上がり、財布と上着をつかむ統治。そんな彼をユカが「よかよか」と引き止める。

「あたしと政宗で適当に買ってきたけんが、早く向こうで食べよー!!」

「分かった」

 一度頷いて、財布と上着を元の位置に戻した統治は……ユカと共に移動し、応接用のテーブルに昼食を広げている政宗の正面に腰を下ろした。

 統治の隣にユカが座り、帰り道にあるスーパーで買ってきたお弁当を手に取る。

 ユカも一人暮らしを始めて数年、自炊とは程遠い日々を過ごしており、これまでに色々なお弁当を食べてきた。

 最近はコンビニ弁当も凄まじい進化を遂げており、値段以上に美味しいものも増えてきたと思っている。そんなユカを改めて唸らせたのが、このスーパーで買ってきたお弁当なのだ。

 ただ、ユカが住んでいる近くにはないので、こうして車で出かけた時にしか買えないけれど。

「このスーパーのお弁当、美味しいよねぇ……」 

 最近のお気に入りであるロースカツ丼弁当を眺めて呟く。柔らかいロースカツとふんわり卵、それらを繋いでいる出汁が、うま味や塩加減も含めて丁度いい塩梅で、最後まで食べ飽きない一品なのだ。袋から割り箸を取り出した統治が、自分の弁当の蓋を開けて同意する。

「ウジエスーパーの弁当は、さるコンテストで全国1位になったことがあるからな。あれは非常にクオリティが高い一品だった……」

 刹那、彼女の目が今日一番輝く。

「そげな凄か弁当があると!? どれ!?」

「残念ながら、『はらこ飯』という郷土料理を生かした弁当だから、期間限定だったはずだ。今の時期に店頭になければ、秋になるまで待ってくれ。脂の乗った鮭とイクラがしっかりのっているし、鮭の『あら』を調味液と一緒に炊き込むことで、米と具材が非常に馴染む味付けになっているのも、あの弁当の大きな特徴だ。あと、もう一種類の牛めしも、柔らかい牛肉を味付けして……」

「あああもうよか!! いつか絶対食べる!! 今はとりあえずいただきまーす」

 雑念を振り払うように元気に両手を合わせるユカに、統治もまた静かに手を合わせ、割り箸を割った。


 数分後、ある程度食が進んだところで、政宗が「そういえば」と話を切り出す。

「統治、透名さんとのお見合いが決まったんだって? どうして俺には教えてくれなかったんだよ」

 からかうように尋ねる政宗に、統治は真顔で返答した。

「このように、いずれ佐藤の耳に入ると思っていた」

「ま、まぁ確かにそうなんだが……あ、そうだ、その彼女のことで一つ、訂正しておきたいことがあるんだ」

「訂正?」

「ああ。透名さん、統治の前で少し傲慢な態度を取ったんだろう? それ、伊達先生のせいだからな」

 何の疑いもなく断言する政宗に、統治が顔をしかめる。

「どういうことだ」

 そりゃあ、いきなりこんなことを言われたら困惑するしかない。眼力で説明を求める統治に、政宗が解説を始める。

「統治は知らなかったんだな……彼女、本が大好きなのは結構なんだが、本の情報を盲信しているところがあるんだ。5月の連休前、伊達先生が彼女に実用書を渡したらしい。恐らくその本に、「見合い相手に対しては先に主導権を取れ」とか、「女は少し上から目線くらいが丁度よい」とか、とにかくそういうことが書いてあって……彼女なりに頑張って実践したんじゃないかと思うぞ」

 これが事実だとしても、彼女が厄介なタイプであることに変わりはないのだが……と、ここで、統治の中にある疑問が浮かんだ。

「……佐藤は、彼女と親しいのか?」

「いや、医療関係のレセプションで数回会ったことあるだけだが、一度、透名さんが訳のわかないキャラクターで接してきたことがあってな……根気強く理由を聞いたら、今回と同じく伊達先生が絡んでたんだ。俺はこの本に出てくるみたいな人物が好きだから、と、伊達先生から言われて、渡された本を見て頑張ってくれたらしい」

 その時のことを思い出したのか、政宗は苦笑いでロースカツを箸で挟み、口に運んでもぐもぐと咀嚼する。

 その話を聞いた統治も、これまでの経験と照らし合わせて、思うところがあったのだろう。ペットボトルのお茶を口に含み、口の中と思考を一旦整理する。

「彼女は……何を考えているのだろうか」

 そして、新たな疑問が生まれてしまった。

 凄まじく漠然とした問いかけを呟いた親友に、政宗はジト目を向けつつ、一緒に突破口を探ろうと問いかける。

「連絡先とか、交換してないのか?」

「一応、互いの電話番号は交換している。彼女はガラケーだから、LINEは登録していないそうだ」

「メールアドレスは?」

「番号でショートメールのやり取りは出来るから、ひとまずそれでいいと判断したんだ。それで、彼女からメールは届いたんだが……」

 統治はそう言って、机に置いていたスマートフォンを操作し、櫻子から受信したメールを政宗とユカに見せる。


『こんどはなにとぞよろしくおねがいします』


 オール平仮名という斬新な本文に、ユカと政宗は思わず互いに顔を見合わせた。

 そして……結局、この疑問に帰結する。

「ねぇ政宗……彼女、何を考えとると?」

「俺に聞かないでくれ」

 3人して答えのない迷路に迷い込んでしまったようだ。統治は嘆息してスマートフォンの画面を消し、残りを食べるため箸に持ち変える。そして。

「……やはり、一度会って確認する必要があるな」

 百聞は一見にしかず、とは、少し違うかもしれないが、やはり、実際に会ってもっと詳しく話を聞いてみないと、彼女の真意は何も掴めそうにない。

 改めて決意を固める統治に、政宗が首をかしげる。

「何だよ、会うつもりだったんじゃないのか?」

「それは、そうなんだが……」

 統治は言いよどみ、逃げるように口の中に白米を突っ込む。そんな彼を見た政宗が、お茶を一口飲んでから、再びジト目を向けた。

「歯切れ悪いな。俺は正直、彼女の家は名杙の恩人だし、透名さん自身も……まぁ、多少個性的だが基本的には聡明な……うん、聡明な女性だから、統治とはお似合いだと思ってるぞ」

 ここ最近の彼女の行動をトレースしてみると、『聡明』という言葉は控えたほうがいいかもしれないけど。

 統治の背中を押そうとする政宗だったが、ここでようやく、統治が心の中の本音を呟く。

「……彼女は、『縁故』ではない」

 この言葉には、政宗も無条件で同意するしかない。

「まぁ……そうだな、そこだよな」

「いくらこちらの事情をある程度知っているとはいえ、それはあくまでも『ある程度』だ。俺たち『縁故』とは見ている世界が根本的に異なる。そんな一般の女性を、名杙という特殊な家に嫁がせていいのか……今の俺には分からない」

 名杙家は代々、『縁故』を生業にしてきた。それは『縁故』同士の婚姻を進め、代々受け継がれてきた『因縁』に、『縁故』としての能力を刻み込んできたから。

 そして、名杙は異質を嫌う。それはかつて、『縁故』として新たな可能性を秘めていた華を排斥したこと、そして現在、その可能性を継承している蓮を持て余していることからも分かるだろう。そして、名杙直系に嫁入りする女性は、基本的に『縁故』ばかりだ。今回のお見合いそのものが、名杙の嫌う異質なのだ。

 もしも、名杙の時期当主の跡取りが、『縁故』としての能力を持っていなければ……家の存続そのものが危ぶまれる事態にも発展しかねない。それは……櫻子の存在そのものが揺らぐ可能性も内包している。

 統治はまだ、このお見合いの真意を、自分の父親に確認することが出来ていないままだった。

 そんな彼の不安を察している政宗が、食べ終わった弁当箱に蓋をして、お茶を一口。

「まぁ、名杙当主がこの見合いを認めてるっていうのが、一つの答えであるような気はするが……とりあえず会ってみればいいんじゃないか? 俺は応援してるから」

「……助かる」

 そう言って、統治が最後の一口を口に運んだ。そんな2人のやり取りを無言で見守っていたユカは……付け合せの卵焼きを箸でつまみ、口に含む。

 甘い味付けの卵を飲み込んでから、隣に座る統治を見上げた。

「統治も政宗も、結婚とか……そげなことを考える年齢になったっちゃねぇ……」

 親戚のオバちゃんのような気分で統治を見つめると、彼は真顔で真面目に返答する。

「佐藤に関しては分からないが、俺は避けて通れない問題だからな」

「まぁ、名杙家はそうやろうねー……あ、政宗も結婚したいって言いよったよ」

「……」

 この言葉を受けた統治は、目線を露骨にそらしている政宗と、最後の一口を口に入れたユカを交互に見やり。

「……そうか」

 それ以上の言及を避けて、机上のゴミを片付け始めるのだった。


 その日の17時過ぎ、『仙台支局』は急に人数が倍に増えていた。

「山本さん、この報告書、添付資料が足りません」

 まずは自席に座り、隣りに座っているユカへ淡々と書類を突き返す華蓮。今日は髪を結わずにふわりとたらしており、アースカラーの膝丈ワンピースにカーディガンを羽織っている。

「政宗さん、とりあえず現時点で分かったことをまとめました」

 次は政宗の左側に立ち、手に持ったトートバックからクリアファイルを取り出した柳井仁義。今日もシルバーの地毛ではなく、黒い短髪のウィッグを装着しており、伊達メガネの奥の瞳はカラーコンタクトで黒目にしているという重装備。長袖のTシャツと細身のジーパンが似合う彼から書類を受け取った政宗は、軽く内容に目を通して……目を細める。

「うち兄ー、頼まれてたミネラルウォーター買ってきたっすよー」

 そして、作業中の統治の後ろからコンビニの袋を差し出すのは名倉里穂(なぐら りほ)。結い上げたポニーテールをゆらし、セーラータイプの制服の上から部活動のウィンドブレーカーを着用している。

 里穂からの荷物を受け取った統治は、両耳につけていたイヤホンを外し、机上に置いていた500円玉を渡した。

 そう、3人の高校生組が合流したことで人数が倍になり、俄然活気づいてきたのだ。

 華蓮からの書類を受け取ってシュンとするユカは、どこからともなく椅子を持ってきて統治の背後に座った里穂に視線を向ける。

「里穂ちゃん、今日は部活じゃなかと?」

 今年から高校生になった里穂は、学校の女子サッカー部で毎日汗を流している……はずだった。仁義とは恋人以上家族未満の存在だが、デートを理由に部活を休むような子ではない。

 この問いかけに対し、里穂は途端にウヘァと苦い顔になって返答する。

「来週から中間テストなので、今は部活動が出来ないっす……」

「あらら、高校に入って初めてのテストやない? 頑張ってねー」

「頑張るっすー……」

 そう言って、足元に置いたカバンから教科書を取り出す里穂。真面目に勉強する気がある彼女に苦笑いを浮かべると、仁義からの書類を受け取った政宗が、トントンとそれを机上で整理してから……。

「ケッカ、ちょっといいか?」

「はいよ?」

 政宗から手招きされ、ユカは首を傾げつつ席を立った。そして、彼の右側に立った瞬間、視界に入ってきた書類のタイトルに目を走らせる。

「秀麗中学、『(遺)痕』対策計画……」

「この間少し話をしただろう? 心愛ちゃんが通っている中学校の問題についてだ」

 政宗がユカを見上げ、そして……パソコン前で作業を続ける統治に視線を移す。

「おーい、統治も、自分の席でいいから話だけ聞いてくれるか?」

「……どうかしたのか?」

 イヤホンを外して返答する彼に、政宗は手元のスケジュール帳をめくりつつ……「うーん」と思案。

「とはいえ、早急に微調整して欲しいシステムが残ってるんだよなー……そうなると、明日、ケッカに同行は難しいよな?」

 統治は一瞬思案した後、一度、首を縦に動かした。

「……そうなるな」

「だよなぁ……俺も明日の午後は16時過ぎからどーしても外せないお得意様が入ってて、途中から抜けなきゃいけないんだよなー……」

 スケジュール帳をペンで叩きながら思案する彼に、ユカが横から当然の提案をする。

「2人の都合がつかんなら、別の日にしてもらえばいいっちゃなかと?」

 その言葉に、政宗は再び眉をひそめて、明日にこだわる理由を説明した。

「中学校側から、テスト前ならば生徒も部活なしで早く帰宅するから、放課後の時間帯を使って、好きに調べていいって言われてるんだよ。試験は来週の月曜日からだから、明日にでも一度現場を見ておきたかったんだが……」

 そう言いながら政宗は視線を巡らせ……次の瞬間、一切コチラを見ずに粛々と書類を整理している華蓮をロックオンした。

「片倉さん、そういえば……君の学校の中間考査は、今日終わったんだよね?」

「はぁ……はぁ?」

 一度は流すように返事をしてから、その言葉の意味を理解して、今度は語尾が跳ね上がる。嫌な予感をヒシヒシ感じている彼女が、珍しく顔を引きつらせながら首を動かすと……政宗は満面の笑みで、こう、言葉を続けた。

「悪いけど明日、俺たちと一緒に現場に出てもらおうと思う。と、いうわけで……打ち合わせに参加してもらえるかな?」

 ウジエスーパー(http://www.ujiesuper.com/)のお弁当、滅茶苦茶美味しいです。

 オススメは「ブラックアンガス牛めし&伊達なはらこ飯(http://www.ujiesuper.com/images/sozai2016.pdf)」ですね。もう、初めて食べた時の衝撃といったら……!! スーパーのお弁当をこんなに美味しいと思ったのは初めてでした。

 あまり仙台市街地に店舗はありませんが、見つけた際は是非立ち寄ってお弁当を買ってみて下さい!!

 あと、本文中で統治が「はらこ飯入りの弁当は期間限定だ」みたいなことを言ってますが、もしかしたら今はそんなことないかもしれません……美味しいお弁当が1年中食べられるのであれば、霧原は幸せです。

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