第二話 異質な存在
「答えが出るまで待ちたいところだが、時間も無いんでね。言わせてもらうよ」
悟は小さく頷いた。
「君とユニット契約を交わしたのは私ではない」
「は?」
“何をおかしなことを言いだすんだ”と言ってやりたかったが、仮にも自分の所有者なので、悟は出かかった言葉を飲み込んだ。
「確かに、私は君の星印に触れ、ユニット契約は成立した。だけど、それは本来のユニット契約とは違うのだよ」
悟は自分の星印を見たが、前の所有者のときと何ら変わりはなかった。
「私のスキルは『代理所有』と言う。文字通り、私の所有者の代理として、ユニット契約をする能力になる。つまり、君は私の所有者とユニット契約をしたというわけさ」
能力によるものだと言われれば、何てことのないことのように思える。悟が納得したのを見て、ミッキーは『空間転移』を再開する。
「ちなみに、進化してからは、所有権の上書きが可能になったよ」
「上書き?」
「誰かに所有されているユニットの星印に触れても、所有権が私の所有者に移るということさ。あのとき、『所持変更』なしでも君を所有することは出来たんだが、スカラビーを譲らなくてはいけなかったし、自分のスキルを説明すると面倒なことになるんでねぇ……」
さらりと言われたが、考えてみればとんでもないことだった。この人が他のユニットの星印を触って歩けば、自分たちの所有者は一気にユニットを増やすことができる。一夜にして一大勢力を築くことも可能だろう。
それをしないということは、まだ見ぬ自分の所有者は、権力的なことに興味が無いのか、人の物を奪うことに抵抗がある人物なのか、その両方ではないのかと考えを巡らせた。どちらにせよ、まともそうな人物に思える。
ただ、気になるのはミッキーが進化しているという点だ。進化するには、同じ種族で同じ能力を持った同一型ユニットの犠牲が必要となる。進化によって能力の効果範囲が拡大したり、より細かな制御が効くようになったりするが、進化の素材となったユニットはマ国から“いなくなる”。これは同一型ではないユニットを素材にして行う、筋力アップ目的の強化の場合も同様だ。
彼が進化するにあたって“いなくなった”ユニットがいる事実に、自分もいつかは素材にされるのではないかと不安になる。
この“いなくなる”という言い方は“死”と同義ではない。進化や強化の素材となったユニットは、マ国から消えていなくなるだけで、別の場所で生きているとも限らない。だから、“いなくなる”という言い方に留めている。
そんなことを考えている間も、『空間転移』で動植物が少ない荒れた山道を移動し続けていた。たまに能力で生み出した白い膜の中に、小動物が入って来て一緒に転移されることがあったが、次の転移の際には一緒に移動しないよう、ミッキーは遠ざけてからアビリティを発動させていた。
何度か『空間転移』を繰り返すうちに、大きな街が見えるところまで来た。街の入り口まで転移すると、ミッキーは大きく息を吐いて言った。
「転移するのは、ここまでだよ。さすがに、街の中で使う訳にはいかないんでね」
「ここは?」
「マ国の首都オルトドンティウム。私たちの会社がある場所だよ」
悟は目の前に広がる街並みに圧倒された。自分が今までいたスコウレリアとは比較にならないほどの広さがあり、立ち並ぶ建物も大きなものが目立っていた。行き交う人の数も桁違いだ。
目の前に広がる光景に目を奪われている間に、ミッキーはスタスタと歩いて街の中へと入っていた。人混みに紛れそうな彼の背を追い、悟はマ国の首都を堪能することなく進んだ。
ほどなくして、白壁の建物の前に辿りついた。長方形の平屋建てで、貨物コンテナを2個ほど並べた大きさがある。木製の玄関ドアには金属製のプレートが付けられ、『スターリングシルバー』とマ国の文字で書かれていた。
「ここが私たちの会社であり、家でもある」
ドアを開けて入っていくミッキーに続く。
入り口付近には黒い長机が置かれ、白髪の少女が机に突っ伏して寝ている。その奥には向き合うように机が並べられ、赤髪の少女と動く巨大昆布が話をしていた。
ミッキーは長机の左手にあった大きなテーブルの前まで行くと、椅子に腰かけて悟を手招きした。悟が近づくと、ミッキーがパンパンと手を叩く。
「はい、注目。新入社員だよ」
少女たちがテーブルの前に集まって来る。
赤髪の少女は悟と同じくらいの身長で、大きな胸を何かの毛皮を巻いて隠し、下も麻布のパレオを巻いているだけの格好をしている。ややクセのある髪は長く、背中にも届いていた。腕にある星印は3つで、お尻からは猫のしっぽが伸びているが、猫的な要素はそこしかない。
白髪ショートの少女は小柄で、凹凸の少ない体つきをしている。黒い革製のビキニを着け、お尻からは黒い尻尾が伸びていた。その先端は逆さにしたハートマーク型になっていて、悪魔のそれを彷彿とさせるが黒い翼は生えていない。赤髪の少女と同様に、しっぽ以外は普通の人間といったところだ。彼女の星印は4つある。
巨大昆布は高さが190cm程あるが、厚さは悟の手首よりもない。全身が深緑色で、黒い目が2つと、小さな丸い穴のような口が付いている。下になっている部分が5つに割けており、真ん中が最も幅があって、そこが前後することで移動していた。左右の端は幅が無い代わりに上下に動き、その自在さは平らな触手と言える。右腕に浮き出ることの多い星印は、そこに3つ付いていた。
「今日から一緒に働くサトル君だよ」
みんなが集まったところでミッキーが紹介する。悟は軽く頭を下げてから名乗った。
「悟です。スコウレリアから来ました」
「じゃあ、みんなも自己紹介」
ミッキーは「はい」と言って赤髪の少女に手を向けた。
「あたしはネココ」
ネココは悟を見ずに名前だけ言って終わった。自然と、隣にいる白髪の少女が話し始める。
「私はモアだよ、よろしくねぇ~」
黒い尻尾を地面に付けると、モアはしっぽだけで体を支えてみせた。というより、椅子代わりにしている感じだ。
「オホンッ。僕はコブと申しまして、エリートを輩出することで有名な地域、デイハイ生まれの昆布です。こちらの世界で与えられたレアリティはレアですが、元いた世界では実に稀少な存在として……」
「あぁ、長い説明は後で頼むよ。時間が無いんでね」
コブの長話をミッキーが遮る。
「部長、しっつもーん!」
「はいはい、後でね」
モアの質問をミッキーが軽くスルーする。苗字を名乗った時に言っていたように、ここでは部長と呼ばれているようだった。
「それじゃ、闘技場に行こうか。あっ、コブ君は留守番よろしく」
「頼まれました。任せてください、僕はエリートですから」
昆布のコブがビシッと敬礼のような動きを見せる。そんな彼に見送られながら、ミッキー一行はオルトドンティウムの闘技場へと向かった。
国営の闘技場は地域単位で建設されていて、人口の少ない地方のものは小さいが、最も人口が多い首都のものは国内最大規模となっている。運営も地域単位なので、ルールも細かいところで異なっており、スコウレリアがある地域では5対5で行われるが、ここの闘技場では3対3で行われるのが通例となっていた。
そのことは、違う地域に住んでいた悟も知っていた。この国に1年以上も住んでいれば、そういった情報も自然と耳に入ってくるからだ。
少し歩いて、闘技場に着く。
闘技場は3つの正方形状の建物から成っていた。中央の大きな正方形はバトル会場で、左右の小さな正方形は出場者の控室になる。悟が前に見たギボウシの闘技場と同じ構成だが、その大きさは倍近くあった。
中に入ってみると、階段状の観客席がバトルフィールドを取り囲む形となっていた。四角いフィールドは、観客席よりも人の身長分ほど低い位置にあり、端から端まで砂地になっている。観客席の埋まり具合は半分と言ったところだ。
「まだ始まってないようだね」
バトルフィールドを見下ろしてミッキーが言う。
「観たい試合でもあるの?」
「ん~、ちょっと違うかな」
ネココの問いにミッキーが頭を掻きながら答える。
「じゃあ、出るの?」
「私は出ないよ、出るのは君たちだ」
「そう…………えっ!?」
まさかの展開に、訊いたネココは瞬きを繰り返す。
「では、説明しよう。君たちには会社の代表としてバトルに出てもらう。本来、マ国で行われる会社対抗バトルというのは、ユニットが能力を駆使して戦い、勝利を収めることで会社の知名度アップを図ると共に、社員の能力を宣伝することで、新たな仕事に繋げるのが目的となっているわけだが……」
そこまで言うと、ミッキーは声を小さくしてボソボソ話し始めた。
「うちの会社の場合、勝敗は二の次だ。負けてくれても構わない。目的はサトル君のアビリティを多くの人に認知してもらうことにある」
「何なの? そのアビリティって」
ネココの視線は悟に向けられる。
「『脳内映写』っていう、近くにいる誰かの記憶を映像化する力。ただ、その人が見た情景が出るわけじゃない」
「聴いても、よくわかんないんだけど……。ちょっと、使ってみてよ」
「それじゃ」
と言って、悟は目を閉じた。耳を澄まして集中すると、周囲にいる人の息遣いを感じる。一時的に聴覚が鋭敏になるのも能力のうちだった。そのうち、近くにいる誰かと呼吸が合い、自然と『脳内映写』が発動する。
悟が目を開けると、自分を中心に光の輪が広がっていた。一番近くにいたネココの頭上には霧が発生し、そこに薄らと何かが見え始めた。
周囲の人がどよめく中、映し出されたのはネココの裸体だった。