第十話 竜の子は、私が守る
翌朝。
レイは自室のベッドで目を覚ました。
「……」
天井を見る。
「……帰ってこれた」
昨日の誘拐事件。
犯人たちは全員捕まり、レイは無傷。
ただ一つ。
いつもと違うことがあった。
「……ヴァルディス?」
「いるよ」
窓際。
人の姿になったヴァルディスが、静かに立っていた。
「昨日はごめん」
「何が?」
「僕が君を守れなかった」
「でも来た」
「……」
「だからいい」
レイは起き上がる。
「それより寝たい」
「ふふ」
ヴァルディスは笑った。
「君は本当に変わらないね」
そのとき。
扉が開いた。
「レイ!」
ルシアンだった。
「兄様?」
「無事か!?」
「うん」
ルシアンはレイの身体を確認する。
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「ないよ」
ルシアンは大きく息を吐いた。
「……よかった」
そして。
その後ろから父アルベルトも入ってくる。
「レイ」
「お父さま」
「……」
アルベルトは娘を抱きしめた。
「もう二度と、お前を一人にはしない」
「……うん」
その言葉に、レイは少しだけ笑った。
***
その日の午後。
捕らえた暗殺者の尋問が行われた。
そして、ついに名前が出る。
「レオンハルト・アルヴェリア」
ルシアンが息を呑む。
「彼が黒幕なのか」
ヴァルディスの表情が険しくなる。
その瞬間。
――パチ、パチ、パチ。
部屋の外から拍手が聞こえた。
「ご名答」
全員が振り返る。
そこに立っていたのは――
複数の兵隊と、
あの日、街で出会った青年。
「リオ……」
レイが呟く。
「久しぶり、お姫様」
青年は笑った。
「いや――今は本当の名前で呼んだほうがいいかな」
一歩前へ出る。
「レオンハルト・アルヴェリア」
隣国アルヴェリア王国、王子。
「君を殺すために近づいた」
レイは瞬きをする。
「……なんで?」
「君が竜の子だからだよ」
レオンハルトは淡々と答える。
「竜の子が生まれれば、竜王はその子を何よりも優先する」
「それが何か問題なの?」
「問題なんだ」
笑みが消える。
「竜王は、この世界で最も強大な存在の一つだ」
「君が竜王に愛されれば――」
黄金の瞳を見つめる。
「竜王は君の国のために戦う可能性がある」
「そうなれば、国家間の均衡は崩れる」
レオンハルトは言い切った。
「だから君は、生まれた時から殺される予定だった」
レイは黙って聞いていた。
「お母さまも?」
「そう」
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
ルシアンが拳を握る。
「……お前が」
「そうだよ」
レオンハルトは悪びれない。
「あの事件を起こしたのも、僕の国だ」
「母上を殺したのも、お前たちか」
「直接手を下したのは別の人間だけどね」
冷たい笑顔。
「結果は同じだ」
ルシアンが剣に手をかける。
「……貴様!」
しかし。
レイが兄の腕を掴んだ。
「兄様」
「レイ……」
「大丈夫」
レイはレオンハルトを見る。
「つまり」
「ん?」
「私が生きてると困るから殺したいんだ」
「そういうこと」
「……面倒だね」
レオンハルトが一瞬黙る。
「君は最後まで、それか」
「だって」
レイは欠伸をする。
「私、何もしてないし」
その瞬間。
背後から巨大な魔力が膨れ上がった。
黄金の瞳が鋭く輝く。
「彼女は僕が守る」
空気が震える。
屋敷の外。
無数の竜たちが空を覆っていた。
『竜王様!』
『レイ様を守ります!』
レオンハルトが空を見上げる。
「……なるほど」
笑う。
「やはり、こうなるか」
「最後に一つだけ聞こう」
ヴァルディスが言う。
「君は、この子を殺すために何人犠牲にする?」
「必要な犠牲だ」
「そうか」
ヴァルディスの表情から笑みが消えた。
「なら、僕も遠慮しない」
***
戦いは一瞬だった。
竜王が力を解放する。
空を覆うほどの魔力。
竜たちが一斉に飛び立つ。
レオンハルト側の魔法兵たちが防御魔法を展開する。
しかし。
「……弱い」
レイが呟く。
「え?」
ヴァルディスが振り返る。
「結界」
「分かるの?」
「さっき見たから」
レイが手を伸ばす。
指先から黄金の光が広がる。
巨大な結界が、一瞬で崩れ落ちた。
「…………」
ヴァルディスが固まる。
「レイ」
「なに?」
「今の、僕でも壊すのに少し時間がかかるんだけど」
「そうなの?」
「そうなの」
「じゃあ、私すごい?」
「ものすごく」
レイは少し考える。
「……じゃあ帰ろう」
「うん。そうしようか」
戦場の真ん中で、二人は帰ろうとしていた。
「待て!」
レオンハルトが叫ぶ。
「僕はまだ――」
「うるさい」
レイが振り返る。
黄金の魔力が一瞬だけ膨れ上がる。
地面が震える。
レオンハルトは初めて――
その少女を恐れた。
「……君は」
「何?」
「本当に、ただの令嬢なのか」
「そうだよ」
レイは眠そうに答えた。
***
数日後。
アルヴェリア王国との間には正式な抗議が行われ、レオンハルトは王族としての責任を問われることとなった。
十六年前の事件も明るみに出た。
そして。
ジャンヌ伯爵家に、ようやく静かな日々が戻ってきた。
「レイ」
草原。
白竜の背中で昼寝をしていたレイが目を開ける。
「んー……」
隣にはヴァルディス。
「今日はいい天気だね」
「うん」
「気持ちいい?」
「うん」
「じゃあ、僕の隣にずっといて」
「いるよ」
「……結婚する?」
「眠い」
「それは返事になってないよ」
「あとで」
「いつ?」
「起きたら」
ヴァルディスは笑った。
「じゃあ、待ってる」
レイは再び目を閉じる。
周囲には竜たち。
青い空。
どこまでも続く草原。
そして。
もう二度と、自分を守るために誰かが命を落とすことがないように。
竜王は、ずっと彼女の隣にいる。
「おやすみ、レイ」
「……おやすみ」
無気力令嬢。
レイ・ジャンヌ。
彼女が望んだものは、世界を変えることでも、権力を手にすることでもない。
ただ――
大切な人たちと、静かに暮らすこと。
その願いを。
今度こそ、誰にも邪魔させない




