第62話 大きくなっても、中身は私
困ったこともあった。
大人びた見た目になったせいで、街を歩いていると、若い男たちの視線を感じるようになったのだ。
露店でスープを買いに来る若い冒険者の中には、明らかに料理じゃなくて、私の顔を見に来る者もいた。もじもじしながら、「せ、聖女様……その、今度、お食事でも」なんて誘ってくる者まで。
「……あの。私、料理は作りますけど。一緒に食べるのは、家族とだけなので」
私はやんわりと断った。
……正直、こういうのはどう対応していいかわからない。中身は大人とはいえ、前世でも恋愛とは縁遠かった。仕事ばっかりで、人を好きになる余裕なんてなかったのだ。
だから、こういう“甘い視線”には、とんと免疫がない。
中には、しつこいのもいた。何度断っても毎日露店に通ってきて、あれこれと話しかけてくる若い男。
さすがに困っていると、見かねたガーゴさんが、のっそりと間に割って入った。
「おい、そこの若いの。聖女様は料理を売ってんだ。ナンパされに来てるわけじゃねえぞ。……ん? なんだ、その顔は。文句、あんのか?」
巨体と強面で、ぐいと凄む。若い男は、ひっ、と青ざめて逃げていった。
「はは、聖女様。困ったら、いつでも言えよ。オレが追っ払ってやるからよ」
「……ガーゴさん。用心棒、板についてきましたね。ありがとうございます」
私が笑うと、ガーゴさんは照れくさそうに鼻の下をこすった。この豪快な人は、本当に私たちのことを家族みたいに思って、守ってくれる。ありがたいことだ。
「レン。……あのひとたち、なんで、レンのこと、じっとみてるの?」
ティルが不思議そうに聞く。……この子はまだ、そういうのがわからない。無邪気で、いい。
「んー。……私が綺麗だから、じゃない? なんて、冗談だけど」
「レン、きれいだもん。みんな、みるの、あたりまえ」
ティルが大真面目に言うので、私は噴き出してしまった。
「……はいはい。ありがと。じゃあ、綺麗な私は、さっさと買い物を済ませて。ヒノにお土産買って帰りましょうか」
肉屋でヒノの好きな上等なお肉を買う。ついでに、ティルの好きな甘い木の実の串も。そして、ネルさんへのまかない用に、良い野菜も少し。
……こうして、みんなの好きなものを買って帰るのが、最近の私のささやかな楽しみだった。前世では、自分のぶんのコンビニ弁当を買うだけで精一杯だったのに。今は“誰かのために”買い物ができる。それだけで、心があたたかい。
大人びた体で両手に荷物を抱えて、ティルと並んであたたかい街を歩く。……なんてことない幸せだった。
◇
その夜。箱庭であたたかい夕食を囲みながら、私はなんとなく考えていた。
この体は、これからまだ育っていく。いつか完全に、大人の女性になる。
そのとき私の暮らしは、どうなっているんだろう。ティルはどんなふうに育っているんだろう。ヒノは。ネルさんたちとは、まだ笑い合えているんだろうか。……そして、帝国の影は、どうなっているんだろう。
わからないことはたくさんある。少し、不安もある。
でも――ひとつだけ、確かなことがある。
私の見た目がどれだけ変わっても、大人になっても、このあたたかい食卓を囲む気持ちだけは、ずっと変わらない。
「痛いのは嫌」で、「働きたくない」で、「静かに美味しいごはんを作って暮らしたい」。……その根っこの願いは、幼い体のときも、大人の体になっても、きっと同じだ。
「レン、なにか、かんがえてる?」
ティルが私の顔を覗き込む。
「ううん。……ただ、幸せだなあ、って思ってた。大きくなっても、あなたたちとこうしてあったかいごはんを食べられるのが」
「ぼくも! しあわせ!」
ヒノも、そうだそうだ、と鳴く。
その夜、ティルとヒノが寝静まったあと、私はまた鏡の前に立ってみた。
大人びた鏡の中の私。……前世の私と、少しずつ顔立ちが似てきている気もする。あの、疲れ果てて死んだ社畜の私。でも――鏡の中のこの子の目は、あの頃の私とは違った。
あの頃の私の目は、いつも死んでいた。疲れて、乾いて、何の希望もなかった。
でも、今のこの目は、ちゃんと生きている。あたたかい光が宿っている。……ティルとヒノと、みんなと出会って、あたたかい食卓を手に入れて。私の目は、ようやく“生きている人間の目”に戻ったのだ。
見た目が大人になるのは、ちょっと不便で、ちょっと照れくさい。
でも――こうしてあたたかい暮らしの中で育っていけるなら、悪くない。むしろ、こんなに幸せな成長は、前世では考えられなかった。
見た目は大人になっていく。でも心は、このあたたかい食卓と一緒に、ゆっくり、ゆっくり“いい味”に。……そう、発酵していけばいい。
私はそう思いながら、あたたかいスープをひと口すすった。今夜もちゃんと美味しかった。それだけで、十分幸せな一日だった。
背が伸びて、服がまた……。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




