幕間 第五夜(後編) いつか、一緒に、里へ
その言葉に、ティルの瞳が、じわりと、揺れた。
「……こわく、ないかな。ぼく、また、"できそこない"って、いわれるかも」
「言われても、いいよ」
私は、きっぱりと言った。
「だって、ティルは、私の、大事な家族だもん。里のみんなが、ティルの値打ちを、鱗の厚さで測るなら。……私が、ぜんぶ、ひっくり返してあげる。あたたかいごはん一杯で。私、そういうの、得意なの」
ティルが、ぷっ、と笑った。……ようやく、いつもの、やわらかい顔に、戻っていた。
「……レン。つよい」
「でしょ?」
◇
その夜、私は、お婆さんのシチューのことを、ティルに、たくさん聞いた。
どんな味だったか。どんな匂いだったか。どんな、あたたかさだったか。……ティルは、たどたどしい言葉で、一生懸命、教えてくれた。私は、それを、一つひとつ、胸に刻んだ。
……いつか、里に行ったら。あのお墓の前で、私が、その味を、もう一度、作ってみよう。ティルのお婆さんが、遺してくれた、あたたかい味を。……この子が、「しあわせだよ」と、胸を張って報告できるように。
「ティル。……里に行ったら、いちばん最初に、お婆さんのお墓に、ごはんを、供えようね」
「……うん。……うん!」
ティルは、何度も、頷いた。その頬に、ひとすじ、あたたかいものが、伝っていた。
◇
次の日から、ティルは、少しずつ、里へ行く支度を、始めた。
といっても、剣を研ぐわけでも、鎧を整えるわけでもない。……お土産の相談だ。里のみんなに、何を作って持っていこうか。厚い鱗の戦士たちにも。薄い鱗の、隅っこの子たちにも。ひと口食べたら、思わず、ほろりときてしまうような。そんな一皿を、二人で、あれこれ考えた。
ヒノも、私たちの足もとで、ぐるる、と嬉しそうに、尻尾を揺らしていた。まるで、「僕も行くよ」と、言うみたいに。……この子がいれば、我が家の扉を通って、いつでも、行き来ができる。留守番なんて、いらない。みんなで、いっしょに。それが、私たちの旅の、いちばん大事な決まりだった。
「レン。……ぼく、がんばる。ちゃんと、いえるように。しあわせだよって」
支度をしながら、ティルが、ぽつりと言った。その横顔は、こわがっていた昨日とは、もう、少し違っていた。……前を、向いていた。
「うん。……大丈夫。私も、ヒノも、ずっと、そばにいるから」
◇
窓の外に、いつもの星空が、静かに、瞬いていた。
……一人の鍋から、始まった旅。ティルと出会い、ヒノと出会い。地の底に、あたたかい我が家が、できた。孤独だった食卓は、今、こんなにも、賑やかだ。
でも、旅は、まだ終わらない。……次は、ティルの、いちばん古くて、いちばん痛い場所へ。あの子が「出来損ない」と呼ばれた、竜鱗族の里へ。あたたかいごはんを、届けに行く。
鱗の厚さで、人を測る里。……上等だ。私は、そういう物差しを、ひっくり返すのが、いちばん得意なのだから。一杯のスープで、里ごと、まるっと。
ティルの、里への、はじめの一歩。それは、私たちの、次の物語の、はじまりでもあった。
……さあ。あたたかいお鍋を、たくさん、持って。いってきます。ティルの、いちばん帰りたかった場所へ。
ティルの、いちばん帰りたくて、いちばんこわい場所へ。あたたかいごはんを届けに行く番です。幕間は、これでおしまい。
★第一章完結。次回からは、いよいよ第二章。竜鱗族の里を、まるごと餌付けする、あたたかい戦いが始まります。 次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




