最終話 「位相戦線」
世界は変わった。
観測戦争終結から三ヶ月。
白域災害は完全消滅。
黒域侵食反応も確認されていない。
永久機構は解体された。
世界各国は混乱している。
当然だ。
百年近く、
人類は“死なない世界”を前提に生きてきた。
だが今。
世界法則そのものが変わった。
人間は再び、
有限へ戻った。
それでも。
誰も空を恐れなくなった。
◆
横浜沿岸復興区。
かつて白域固定塔が存在した場所。
今は海風が吹くだけの静かな埋立地になっている。
俺は防波堤へ座っていた。
缶コーヒー。
潮の匂い。
平和だった。
不思議なくらいに。
「また一人で考え事ですか?」
紗那が歩いてくる。
白いシャツ。
観測局の制服じゃない。
もう。
観測戦争は終わったんだ。
「別に」
「嘘です」
紗那は隣へ座る。
「玲司さん、
すぐ黙り込むので」
「悪かったな」
「少しだけです」
彼女は笑った。
以前よりずっと、
人間らしく。
その時。
「おーい!」
遠くから声。
ユナだった。
白いワンピース。
風に揺れる銀髪。
走ってくる姿は、
あの日とはまるで違う。
“存在兵器”じゃない。
ただの少女だった。
「また置いていった!」
「勝手に寝坊したんだろ」
「うっ……」
ユナが頬を膨らませる。
紗那が小さく笑った。
平和だった。
本当に。
ただ。
その平和は、
誰かが与えたものじゃない。
不完全な人間たちが、
自分たちで選び取った世界だった。
◆
世界中では今も混乱が続いている。
新しい位相理論。
人類位相。
世界再編。
永久機構残党。
問題は山ほどある。
きっとこれからも、
人類は迷う。
争う。
間違える。
それでも。
もう白はいない。
黒もいない。
誰かに固定されることも。
解放されることもない。
人間は。
自分たちの意志で生きていく。
◆
ユナが空を見上げる。
「綺麗だね」
青空。
ただそれだけの景色。
でも。
命を懸けて守った世界だった。
「ああ」
俺は静かに答える。
風が吹く。
海が光る。
人々の笑い声が遠くで聞こえる。
不完全で。
矛盾だらけで。
それでも。
この世界は確かに、
人間の世界だった。
◆
そして。
銀色の光が、
一瞬だけ空の奥で揺れた。
まるで。
世界そのものが、
静かに笑ったみたいに。
――完――




