第二十七話 「白域固定塔」
白い光が東京湾を貫いた。
巨大な塔。
空中へ浮かぶ都市規模構造物。
白域固定塔。
その中心から放たれる光が、
海沿いの都市群を飲み込んでいく。
「っ……!」
避難区全体が白く染まった。
息が詰まる。
身体が重い。
存在固定圧。
空気そのものが、
人格へ干渉してくる。
『固定開始』
白観測者の声。
その瞬間。
避難民たちの動きが止まった。
泣いていた子供。
怒鳴っていた男。
震えていた老人。
全員が。
一斉に静止する。
「……な」
表情だけが残る。
だが目から感情が消えていく。
空っぽだ。
まるで。
人格を抜き取られているみたいだった。
「人格同期……!」
紗那が叫ぶ。
「白域固定塔が人間を接続してる!」
ユナが苦しそうに胸を押さえる。
「いや……」
白い光が彼女へ集中していた。
零番核。
白域中枢は、
ユナを中心に固定を完成させる気だ。
『統合率上昇』
白観測者の巨大な眼が開く。
『人類固定計画、
最終段階へ移行』
モニターの女――境界解放戦線指導者が低く呟く。
『榊め……
ここまで強引に進めるか』
「どういうことだ」
『白域固定塔は、
全人類を一つへ接続する装置だ』
背筋が冷える。
「まさか……」
『人格統合。
感情共有。
完全固定社会』
つまり。
個人が消える。
争いも。
苦しみも。
恐怖も。
全部消える。
だが。
人間も消える。
「ふざけるな……」
俺の侵食痕が脈動する。
怒り。
だが今度は違う。
黒域暴走じゃない。
白への拒絶だった。
『玲司』
女がこちらを見る。
『塔が完全起動すれば終わる』
「止める方法は」
『破壊しかない』
即答。
紗那が顔を上げる。
「無理です」
「紗那」
「あれは白域中枢直結構造体です!
通常兵器では傷すらつかない!」
白い塔が脈動する。
東京湾全域へ光が広がっていく。
時間がない。
『ただし』
女が続ける。
『内部からなら干渉可能だ』
沈黙。
つまり。
「乗り込めってことか」
『そうだ』
避難区外で爆発が起きる。
白百合部隊。
まだ周囲を包囲している。
『境界解放戦線が外周を引き受ける』
モニター越しに、
赤い警告ランプが点滅している。
『だが塔内部へ侵入できるのは、
白と黒の両方へ適合した存在だけだ』
つまり。
俺。
ユナ。
そして。
紗那が低く言う。
「黒瀬真琴も……」
その名前が出た瞬間。
避難区上空が歪んだ。
空間転移。
黒いノイズ。
そして。
白域固定塔の外壁へ、
一人の男が立っていた。
黒いコート。
左首の侵食痕。
黒瀬真琴。
彼は静かにこちらを見下ろす。
「遅かったな」
白い塔を背に、
黒瀬は静かに笑った。
「もう世界は固定され始めてる」




