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全部──計画通り

ご覧いただきありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

本作品は毎週火曜日更新予定です。

どうぞよろしくお願いします!

カーズに誘われた私は、ヴァルディス領の中心都市へと足を踏み入れていた。


石畳の広い通り。

行き交う人々のざわめき。

屋台から漂う香ばしい匂いに、色とりどりの布や果物が視界を埋める。


海外の街並みを思わせる新鮮さ。


……新鮮と言えば。


お忍びでブラコン付きなんて新鮮ね。


「ほんっ、とにすみません!

兄、じゃなくてレオンが無礼な真似をして、

アモリ……アリス」


「いいんだよ、おにいちゃん」


──遡ること、一時間前。


「却下だ!」


こっそり屋敷を抜け出そうとした私たちは、

レオンに見つかっていた。


彼は、乳母が怪我をしたあの日。

カーズと一緒に部屋へ駆けつけてきた騎士。


「そこを何とか頼むよ。

にいさ、いやレオン先輩!」


可愛い。

というには育ちすぎた男が、目を潤ませて縋りつく。


レオンは逃げるように目を泳がせた。

次の瞬間、私と視線が交わる。


──棘のような鋭さ。


あら、心外ね。

私、まだ何もしていないのだけれど。


「いいやダメだ。

護衛一人で都市に行くなんて危険すぎる。


それに、お嬢さまに着せている服……」


そこまで言って、

レオンはぐっと奥歯を噛みしめた。


カーズも言葉を詰まらせる。

二人の間に、重い空気が流れた。


本当は、外出なんてどうでもいい。

けれど今この機会を逃すのは、少し困るのよね。


「……おにいちゃん。おでかけ、できないの?」


事前に決めた呼び方で、

カーズの袖を弱々しく引っ張った。


潤んだ瞳で見上げる。

小さく首を傾げた。


──どうだ。


カーズは胸を貫かれたような顔で崩れ落ちる。


「行き、ましょ、う」


勝った!……けど、

死にたくなってきた。


二対一の結果。

レオン同行を条件に、外出は許された。


「さぁ、アリス。

ここからは、お兄ちゃんと手を繋いで歩こうか」


自然と差し出された手。

私よりもずっと大きくて、ゴツゴツとしたタコが浮かんでいる。


「ご、ごめんね。

こんな汚い手じゃ嫌だよね! 今すぐ手袋買ってくるから──」


「まって、おにいちゃん」


慌てて立ち去ろうとするカーズの手に、

私は飛びつく勢いでしがみついた。


「わたし、このてがいいの」


そう、この手は”父”と違う。


「まもるために、

がんばってる、てだよ?」


私の血で汚していくような、あんな男とは比べ物にならない。


「だから、じしんもって!」


目を逸らさずにカーズを見つめる。

彼は目を見開いて、その瞳を大きく揺らした。


……感動、している?


いや、歯を食いしばって、何かを堪えるような表情。


「お嬢さま!」


次の瞬間、強く引き寄せられる。


……都市の入口だというのに。


レオンは”弟に何すんだ”って顔。

クビにしていいかしら。


「俺、最期まで守ります。

決して一人になんてしません。

だから──今度こそ……っ」


カーズは、私に抱きついたまま、

絞り出すように声を震わせた。


肩に、生暖かい涙が落ちるけど、

今引き剥がすのは、少し可哀想ね。


「いたいの、いたいの、とんでいけー」


私の短い手で、頭を撫でる。


事前に”調べた”カーズの過去。

利用するつもりだったけど──

十五歳なんて、まだまだ子供よね。


「いたいのいたいのー、

ぜんぶレオンにとんでけー!」


「……お嬢、さま」


カーズが、目を丸くして見ている。


「わたしのまほう、きいたでしょ!」


無邪気に微笑んでみせると、

彼は一瞬だけ面食らい、

すぐに、少年みたいに笑った。


「はい!」


……そういえば。

今は私の方が子供だったわ。


手を繋いだまま、街へ踏み出す。

先へ進む度に、屋台の人々はカーズに気づくと、

老若男女問わずに話をかけてきた。


「おにいちゃん、モテモテだね」


「モテ? いえ、これは……えっと、これはね。

お兄ちゃん、お友だちが沢山いるんだ」


私に目線を合わせ、

慌てて取り繕うカーズ。


──浮気する男って、こんな反応なんだろう。


「あっ! お、オヤジ。

その串焼き欲しいんだけど」


カーズが指さしたのは、串に刺さった生肉。

脂が陽を弾いて、宝石みたいに光っている。


初めて見る食べ物。

興味はあるけど、借り物の服が気になる。


「おにいちゃん。

おようふく、よごれちゃうよ」


古い平民服でも、油はさすがに気になる。

カーズは微笑んで私の頭を撫でた。


「おいおいカーズ。

買ってくれんのは嬉しいけど、嬢ちゃんに食べさせるなら一口にしとけよ」


「……なんで?」


首を傾げて尋ねると、

屋台のおじさんは目尻を下げ、頬を緩ませた。


「この肉は、ほとんど脂なんだ。

塩漬けしてるから、エールのツマミ用なんだよ」


聞いてるだけで胸焼けしそうね。


「で、でも、油がやみつきになるほど、

とっても美味しいんだよ……食べすぎると、止まらなくなるけど」


遠い目で締めくくるカーズ。


おじさんは私に近づき、そっと耳打ちする。


「食いすぎると、脂が下から出てくるんだ。

客には注意してんだが、コイツ……言うこと聞かなくてな」


「ちょっ、オヤジ!

おじょ、妹に変なこと吹き込まないでくれよ」


顔を真っ赤にして止めるカーズ。

ケラケラ笑うおじさん。


……いや、私のご飯は?


「いただきます」


私の手にあるのは、

焼かれてもなお、輝きを放つ肉。


少し、緊張する。


でも、鼻をくすぐる脂の香りに、

無意識に生唾を飲み込んでいた。


「……んんっ! しょっぱい……けど」


触れた瞬間、口いっぱいに広がる塩味。

すぐに濃厚な旨みが、波のように押し寄せ、

喉の奥へと消えていった。


これは……癖になる。

しかも、転生してから初めての脂。

自然と目頭が熱くなってきた。


……こんな味、知らなかった。


「おい、し、い」


鼻をすすり、涙を堪える。


カーズの顔色が青から白くなった。

口をパクパクさせ、頭を振っている。


「お、お、お嬢さ……」


「ありがとう、おにいちゃん」


袖で涙を拭い、ニコリと笑った。


「うっ、うう……おじょ、アリスぅぅ」


今度はカーズが泣き出す。

膝をついたまま、しばらく動かなかった。


その後。


目につく屋台を片っ端から回り、

別の意味で、命の危機を味わう羽目になった。


「アリス、あっちのお洋服素敵だぞー」


「いらない!」


「あの宝石──」


「いらない!」


流石に満腹と分かったのか、

食後は、私を着飾ろうと必死になるカーズ。


三歳にお洒落なんていらない。

今の私に必要なのは──


「おにいちゃん。あそこはなぁに?」


指さした先には、

木と石で作られた建物があった。


「あぁ。あれは冒険者ギルドだよ」


……やっと、辿り着いた。


「あそこにいってみたい!」


ようやく見せたおねだりなのに、

カーズから返ってきたのは、煮え切らない態度。


「うーん、でもなー」


「えー、だめなの?」


ほっぺを膨らませてみせる。

それでも、カーズは苦笑いのままだった。


「あそこは、色々な人が働いてるんだよ。

大人になってからじゃないと、見せられないというか……」


そこまで聞いて、だいたい察しはついた。

けど、中に入らなくては意味がない。


こうなったら、”アレ”をやるしかないのね。


最後まで使いたくはなかった。

でも、背に腹はかえられない。


私はカーズの前で、あお向けに寝転んだ。


……さぁ、泣く準備はできてる。


「えっ。あ、あの、アリス?」


動揺するカーズを無視して、

めいっぱい息を吸い込んだ。


「おー、カーズじゃないか!

そんなところで何をしてるんだい」


「げっ、なんでお前が……今は仕事中か。

妹の教育に悪いから、さっさと行ってくれ」


ギルドから出てきた男に、

カーズは歯をむき出しにした。

すぐさま私を抱きかかえる。


相手の顔が見えない。

声で分かるのは、若い男というだけ。


「かあずくーん。

  こんなにも品行方正な俺を捕まえて、

  どこが教育に悪いんだい!」


穏やかな口調なのに、妙に圧がある。


「仕事が終わる前に、さっさと行ってくれ」


「……チッ」


背後から、年季の入った舌打ち。

……うん。品行方正ってなんだっけ。


「分かったよ。

じゃあな、嬢ちゃん」


脇を通り過ぎる足音。

次の瞬間、頭にずしりと温もりが落ちた。


カーズの肩越しに見ると、

右手をひらひらと振り、振り返ることもなく去っていった。


「あいつ、勝手に触りやがって」


文句を言いながらハンカチを取り出し、

私の頭を丁寧に拭き始める。


「さっ! 綺麗になりましたよ」


ニッコリと笑って、手を差し出してきた。


……忘れたふりして帰る気ね。


「あぁ! カーズ、あれみて」


わざとらしく声を上げて、

カーズの背後──レオンの方を指さす。


彼が振り向いた隙に、

じりじりと後ずさる。


「レオンがこまってるみたいだよー」


突然話を振られたレオンは、

案の定、困った顔をしていた。


──チャンス。


カーズの意識が逸れた瞬間、

私は全力で走り出した。


ギルドへ駆け込むと、

中にいた全員の視線が突き刺さる。


一瞬、息が詰まる。

でも、捕まるわけにはいかない。


目的の場所まで、一直線に駆け抜ける。


そこにいたのは、

茶髪で、無精髭を生やした男。


髭に隠れているが、

顎から喉にかけて、深い傷跡。


「なんだぁ、クソガキ」


見下ろすような鋭い眼光。


死んだ魚みたいな目をしてるくせに。

……殺気だけは一人前なのね。


「やっと追いついた、アモ……アリス!」


背後から、息を切らしたカーズの声。


次の瞬間、

私は男の足に抱きついた。


「あいたかったよ、パパ!」


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