全部──計画通り
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カーズに誘われた私は、ヴァルディス領の中心都市へと足を踏み入れていた。
石畳の広い通り。
行き交う人々のざわめき。
屋台から漂う香ばしい匂いに、色とりどりの布や果物が視界を埋める。
海外の街並みを思わせる新鮮さ。
……新鮮と言えば。
お忍びでブラコン付きなんて新鮮ね。
「ほんっ、とにすみません!
兄、じゃなくてレオンが無礼な真似をして、
アモリ……アリス」
「いいんだよ、おにいちゃん」
──遡ること、一時間前。
「却下だ!」
こっそり屋敷を抜け出そうとした私たちは、
レオンに見つかっていた。
彼は、乳母が怪我をしたあの日。
カーズと一緒に部屋へ駆けつけてきた騎士。
「そこを何とか頼むよ。
にいさ、いやレオン先輩!」
可愛い。
というには育ちすぎた男が、目を潤ませて縋りつく。
レオンは逃げるように目を泳がせた。
次の瞬間、私と視線が交わる。
──棘のような鋭さ。
あら、心外ね。
私、まだ何もしていないのだけれど。
「いいやダメだ。
護衛一人で都市に行くなんて危険すぎる。
それに、お嬢さまに着せている服……」
そこまで言って、
レオンはぐっと奥歯を噛みしめた。
カーズも言葉を詰まらせる。
二人の間に、重い空気が流れた。
本当は、外出なんてどうでもいい。
けれど今この機会を逃すのは、少し困るのよね。
「……おにいちゃん。おでかけ、できないの?」
事前に決めた呼び方で、
カーズの袖を弱々しく引っ張った。
潤んだ瞳で見上げる。
小さく首を傾げた。
──どうだ。
カーズは胸を貫かれたような顔で崩れ落ちる。
「行き、ましょ、う」
勝った!……けど、
死にたくなってきた。
二対一の結果。
レオン同行を条件に、外出は許された。
「さぁ、アリス。
ここからは、お兄ちゃんと手を繋いで歩こうか」
自然と差し出された手。
私よりもずっと大きくて、ゴツゴツとしたタコが浮かんでいる。
「ご、ごめんね。
こんな汚い手じゃ嫌だよね! 今すぐ手袋買ってくるから──」
「まって、おにいちゃん」
慌てて立ち去ろうとするカーズの手に、
私は飛びつく勢いでしがみついた。
「わたし、このてがいいの」
そう、この手は”父”と違う。
「まもるために、
がんばってる、てだよ?」
私の血で汚していくような、あんな男とは比べ物にならない。
「だから、じしんもって!」
目を逸らさずにカーズを見つめる。
彼は目を見開いて、その瞳を大きく揺らした。
……感動、している?
いや、歯を食いしばって、何かを堪えるような表情。
「お嬢さま!」
次の瞬間、強く引き寄せられる。
……都市の入口だというのに。
レオンは”弟に何すんだ”って顔。
クビにしていいかしら。
「俺、最期まで守ります。
決して一人になんてしません。
だから──今度こそ……っ」
カーズは、私に抱きついたまま、
絞り出すように声を震わせた。
肩に、生暖かい涙が落ちるけど、
今引き剥がすのは、少し可哀想ね。
「いたいの、いたいの、とんでいけー」
私の短い手で、頭を撫でる。
事前に”調べた”カーズの過去。
利用するつもりだったけど──
十五歳なんて、まだまだ子供よね。
「いたいのいたいのー、
ぜんぶレオンにとんでけー!」
「……お嬢、さま」
カーズが、目を丸くして見ている。
「わたしのまほう、きいたでしょ!」
無邪気に微笑んでみせると、
彼は一瞬だけ面食らい、
すぐに、少年みたいに笑った。
「はい!」
……そういえば。
今は私の方が子供だったわ。
手を繋いだまま、街へ踏み出す。
先へ進む度に、屋台の人々はカーズに気づくと、
老若男女問わずに話をかけてきた。
「おにいちゃん、モテモテだね」
「モテ? いえ、これは……えっと、これはね。
お兄ちゃん、お友だちが沢山いるんだ」
私に目線を合わせ、
慌てて取り繕うカーズ。
──浮気する男って、こんな反応なんだろう。
「あっ! お、オヤジ。
その串焼き欲しいんだけど」
カーズが指さしたのは、串に刺さった生肉。
脂が陽を弾いて、宝石みたいに光っている。
初めて見る食べ物。
興味はあるけど、借り物の服が気になる。
「おにいちゃん。
おようふく、よごれちゃうよ」
古い平民服でも、油はさすがに気になる。
カーズは微笑んで私の頭を撫でた。
「おいおいカーズ。
買ってくれんのは嬉しいけど、嬢ちゃんに食べさせるなら一口にしとけよ」
「……なんで?」
首を傾げて尋ねると、
屋台のおじさんは目尻を下げ、頬を緩ませた。
「この肉は、ほとんど脂なんだ。
塩漬けしてるから、エールのツマミ用なんだよ」
聞いてるだけで胸焼けしそうね。
「で、でも、油がやみつきになるほど、
とっても美味しいんだよ……食べすぎると、止まらなくなるけど」
遠い目で締めくくるカーズ。
おじさんは私に近づき、そっと耳打ちする。
「食いすぎると、脂が下から出てくるんだ。
客には注意してんだが、コイツ……言うこと聞かなくてな」
「ちょっ、オヤジ!
おじょ、妹に変なこと吹き込まないでくれよ」
顔を真っ赤にして止めるカーズ。
ケラケラ笑うおじさん。
……いや、私のご飯は?
「いただきます」
私の手にあるのは、
焼かれてもなお、輝きを放つ肉。
少し、緊張する。
でも、鼻をくすぐる脂の香りに、
無意識に生唾を飲み込んでいた。
「……んんっ! しょっぱい……けど」
触れた瞬間、口いっぱいに広がる塩味。
すぐに濃厚な旨みが、波のように押し寄せ、
喉の奥へと消えていった。
これは……癖になる。
しかも、転生してから初めての脂。
自然と目頭が熱くなってきた。
……こんな味、知らなかった。
「おい、し、い」
鼻をすすり、涙を堪える。
カーズの顔色が青から白くなった。
口をパクパクさせ、頭を振っている。
「お、お、お嬢さ……」
「ありがとう、おにいちゃん」
袖で涙を拭い、ニコリと笑った。
「うっ、うう……おじょ、アリスぅぅ」
今度はカーズが泣き出す。
膝をついたまま、しばらく動かなかった。
その後。
目につく屋台を片っ端から回り、
別の意味で、命の危機を味わう羽目になった。
「アリス、あっちのお洋服素敵だぞー」
「いらない!」
「あの宝石──」
「いらない!」
流石に満腹と分かったのか、
食後は、私を着飾ろうと必死になるカーズ。
三歳にお洒落なんていらない。
今の私に必要なのは──
「おにいちゃん。あそこはなぁに?」
指さした先には、
木と石で作られた建物があった。
「あぁ。あれは冒険者ギルドだよ」
……やっと、辿り着いた。
「あそこにいってみたい!」
ようやく見せたおねだりなのに、
カーズから返ってきたのは、煮え切らない態度。
「うーん、でもなー」
「えー、だめなの?」
ほっぺを膨らませてみせる。
それでも、カーズは苦笑いのままだった。
「あそこは、色々な人が働いてるんだよ。
大人になってからじゃないと、見せられないというか……」
そこまで聞いて、だいたい察しはついた。
けど、中に入らなくては意味がない。
こうなったら、”アレ”をやるしかないのね。
最後まで使いたくはなかった。
でも、背に腹はかえられない。
私はカーズの前で、あお向けに寝転んだ。
……さぁ、泣く準備はできてる。
「えっ。あ、あの、アリス?」
動揺するカーズを無視して、
めいっぱい息を吸い込んだ。
「おー、カーズじゃないか!
そんなところで何をしてるんだい」
「げっ、なんでお前が……今は仕事中か。
妹の教育に悪いから、さっさと行ってくれ」
ギルドから出てきた男に、
カーズは歯をむき出しにした。
すぐさま私を抱きかかえる。
相手の顔が見えない。
声で分かるのは、若い男というだけ。
「かあずくーん。
こんなにも品行方正な俺を捕まえて、
どこが教育に悪いんだい!」
穏やかな口調なのに、妙に圧がある。
「仕事が終わる前に、さっさと行ってくれ」
「……チッ」
背後から、年季の入った舌打ち。
……うん。品行方正ってなんだっけ。
「分かったよ。
じゃあな、嬢ちゃん」
脇を通り過ぎる足音。
次の瞬間、頭にずしりと温もりが落ちた。
カーズの肩越しに見ると、
右手をひらひらと振り、振り返ることもなく去っていった。
「あいつ、勝手に触りやがって」
文句を言いながらハンカチを取り出し、
私の頭を丁寧に拭き始める。
「さっ! 綺麗になりましたよ」
ニッコリと笑って、手を差し出してきた。
……忘れたふりして帰る気ね。
「あぁ! カーズ、あれみて」
わざとらしく声を上げて、
カーズの背後──レオンの方を指さす。
彼が振り向いた隙に、
じりじりと後ずさる。
「レオンがこまってるみたいだよー」
突然話を振られたレオンは、
案の定、困った顔をしていた。
──チャンス。
カーズの意識が逸れた瞬間、
私は全力で走り出した。
ギルドへ駆け込むと、
中にいた全員の視線が突き刺さる。
一瞬、息が詰まる。
でも、捕まるわけにはいかない。
目的の場所まで、一直線に駆け抜ける。
そこにいたのは、
茶髪で、無精髭を生やした男。
髭に隠れているが、
顎から喉にかけて、深い傷跡。
「なんだぁ、クソガキ」
見下ろすような鋭い眼光。
死んだ魚みたいな目をしてるくせに。
……殺気だけは一人前なのね。
「やっと追いついた、アモ……アリス!」
背後から、息を切らしたカーズの声。
次の瞬間、
私は男の足に抱きついた。
「あいたかったよ、パパ!」




