強襲
「火事だぞ!」
「火の手があがっているよ!」
俺とレイナは火事を叫びながら、屋敷の階段を駆け上がっていた。見つかるのは覚悟の上での強行突破だが、幸い地下倉庫から大量の煙が噴き出し、俺たちの姿を隠していた。
「あちち……にしても、火が回るのが早くない?」
「ああ、サラマンダーの火酒を、ばらまいておいたからな」
バッカスの杯で作っていたものだ。それを備蓄されていた食料と火薬に放ち、地下倉庫を火の海に変えた。
「火を放つとか、わたしのイメージじゃないんだけどなあ」
「問題ない。俺たちではなく、外からの襲撃だと思うはずだ」
「外って結局、誰が攻めてきているの?」
「大商人ブランの私兵だ」
「ブランの私兵!? どういうこと??」
ブランはレイナが盗み出したバッカスの杯の前の所有者だ。その名を聞かされ、レイナは驚き目を丸くした。
「順を追って説明するとだ、まず俺がバッカスの杯を売った相手は、ディーク伯爵だ」
「これから盗みに入る伯爵に売ったの!?」
「伯爵は魔法具の収集に目がないから、高値で売れた」
「なるほど。でも、あえて伯爵に売った理由はそれだけじゃないよね?」
「ああ、その後、伯爵が杯を持っていることを、元の所有者であるブランにリークした」
「ええ!?」
「当然、ブランは取り戻そうとする。しかし、たとえ盗品であっても正規のルートで買い取ったものは、返還する義務はない。伯爵が自分の持ち物であると人々に周知すれば、奪還は不可能になる。なら、その前に奪い返すしかない」
「それで、力ずくで取り戻しに来たってこと!?」
「杯の酒の力でのし上がったブランにとって、杯は生命線だ。すぐにでも奪い返しに来ると思っていた」
拙速なブランの性格と動員能力からして、間違いなく今夜、夜の闇に紛れて襲撃しに来ると判断していた。共に私兵を有する大商人ブランとディーク伯爵の抗争。その混乱に紛れて、目当ての品を奪うというのが俺の計画だった。
「……ノートン君って、本当に盗みは初めてなの?」
「まあ、ウチはまっとうなお店だからな」
「だとしたらすっごい才能だと思うよ」
盗みを褒められるのは変な気持ちだが、彼女に褒められるのは嬉しく、ついつい饒舌になる。
「褒めてくれるのはまだ早い。もう一つの仕掛けが発動しているはずだ」
「まだ何か仕掛けたの?」
事実、屋敷の兵士たちはレイナたちの侵入に気づかないほど、混乱の極みに達していた。あちこちから兵士たちの怒声のような声が聞こえる。
「ブランの私兵だ、お前ら、早く迎撃しろ!?」
「火事だぞ! 地下から煙が上がっているぞ!!」
「小便が止まらないんだ!」
「既に地下にまで侵入されたのか」
「こら! こんなところで立ちションするな!」
「火事を小便で消すんだ!」
「無茶言うな! も、漏れる!!」
塔の中はトイレを奪い合う男たちで、大混乱だった。兵士たちの多くが持ち場を離れ、屋敷の中にあるトイレの前で列をなしている。
「あれは、なんの魔法具の効果なの?」
「バッカスの杯でつくった、クイーンコブラの酒だ。激しい利尿作用がある」
「そんなものを、屋敷の水路に流していたのね」
『がはは、クイーンコブラの酒こえ~、おしっこまみれだガハハ』
火事とトイレをめぐる大騒ぎに紛れ、俺たちは屋敷の最上階の扉にたどり着く。ここまでの障害はなく、まるで無人の中を走るようだった。
「貴様ら、何者だ?」
最上階の扉の前に立っていたのは、古風な甲冑に剣を携えた大男だった。
男が俺たちに向けて抜刀する。見たところクイーンコブラの解毒酒の影響はない。上階だけあって、別の水源を使っているのか、あるいはマイボトルでも持っているのか、どちらにせよ突破するしかない。
「すまんが相手している間はない」
俺は小さな酒ビンを投げつけ、中の液体が男の顔にかかる。
「──酒? うおおお、なんだこれは!? 甲冑が、体が、とけるうううう!」
男が姿勢を崩しながら、奇声をあげる。
「それはスライムで作った酒だ。しばらく体は軟体になる」
「……ノートン君、こんなものを、わたしに飲ませようとしたの?」
「まあ、酔いがさめたら元に戻るさ」
ドロドロになりもだえている門番の男を素通りし、伯爵の私室のドアの前に立つ。予想していたことだったが、重厚なカギで施錠されていた。
「レイナ、頼む」
「おっけい」
レイナは戦闘形態のキャロットスカートにイマジンドレスを変化させる。そして右足を大胆に上げ、「チェストー!」という掛け声と共にかかとを落としを放ち、錠を粉々に破壊した。
俺は扉を開け、中に侵入する。




