18 護衛は兄から色々聞いてます
セーレナをミニュスクール公爵邸まで送り届けたアルドーは、王城を出る前に先触れを出しておいたクローステール男爵邸へ向かった。
目立たぬ様に紋章の無い馬車に乗り込み、ミニュスクール公爵邸までは御者台にいた護衛二人も中へ入れ、これからの配置について打ち合わせた。
男爵邸に着くと侍従に案内され、応接室でノアが出迎えた。
「言いつけ通りこちらでお待ちしておりました。アルドー第二王子殿下にご挨拶申し上げます。クローステール男爵、ノア・アンバーブロウでございます」
アルドーに跪き頭を垂れた。その後ろでクリスも膝を折った。
「どうぞ楽にして。これから話す事情で派手な訪問は避けたかったので。急な事だったが、お会い出来て良かった」
「勿体無きお言葉です」
侍従が席を整え、着席を促す。全員の前で茶を点て、まずノアが口にした。
それからノアが促すと侍従は静かに退室し、ドアが閉じられた。
クリスがこれ以上ないくらい困惑しているのは一目瞭然だった。両手を膝の上でぐっと握りしめ、俯きつつひたすら瞬きを繰り返していた。
そんな様子をアルドーはちょっと可愛いと思っていたが、そんな事を考えている場合ではないと思い直す。
「ここはガラスで出来た楽園のようだね。ランプ、このカップとソーサー。あのタペストリーもそうなのかな? あの聖女像も?」
アルドーはぐるりと部屋を見渡した。落ち着いた色ガラスの嵌め込まれたランプの灯りは部屋全体を照らし、ゆったりとした空間を作り出している。
「左様でございます。わが領地には三つの小さな街がありますが、それぞれに異なったガラス細工を得意としております」
「アンバーブロウ嬢は『聖女コンテスト』のマグノリアの花をグラスビーズで製作してくれるそうだ。とても楽しみにしているよ」
二人に笑顔を向けたが、父娘揃って恐縮した様子で、それがまたそっくりでアルドーは笑みを深めた。
「さてクローステール卿、手短に話そう。アンバーブロウ嬢の身に危険が迫っているかも知れない。王妃陛下から護衛を託された。学園内に一人、侍女を装う体のものを一人」
アルドーの席の後ろに立つ二人が礼をする。
「危険、とは」
「マダム・キアラが王妃陛下に匿われている事によって、マールム公爵家から狙われる可能性をマールム公爵に近しい人物から示唆された」
ノアは目を瞠る。そこまで大きな事態に発展していると思ってはいなかったようだ。
「先代マールム公爵は王家に害をなそうとしている。その実行人として選ばれたのがアンナ・フォンターナとキアラ・フォンターナ。だが、マダム・キアラは王妃陛下に保護されいている」
「キアラにそんな恐ろしい事をさせようとしていた、と?」
おそらく身内の下位貴族などどうとでも出来ると思っているのだろう。エミリオの話を聞いていれば何となく想像できる。
「アンバーブロウ嬢を盾にマダム・キアラに実行を強要するかも知れない。入学前は領地にいて手を出しにくかったが、授業中はいいが、通学途中となると拉致するのは簡単だろうね」
「でも、殿下。男爵家の者が所有の馬車を使って登下校は⋯⋯許されません」
「この風潮も私は如何なものかと思っているよ。⋯⋯侍女を装った護衛と一緒に乗り合い馬車に乗って欲しい。学園に着いたら、彼女『教育』のペール・フェンが君の護りになる」
「同じクラスの⋯⋯フルーメン伯爵家の方がそんな!」
「いえ、お気になさらず。これからは私が護ります。お任せください、クローステール卿。私は体術を得意としておりますので! まずはお友達になりましょう!」
肩の上で綺麗に切り揃えられた艷やかな黒髪を揺らしながら、溌剌とした笑顔でクリスに手を伸ばす。幼い頃から男爵位である事で被ってきた苦労があるのだろう、クリスは躊躇いながら握り返した。
「それと、マダムの拉致にコルデラ侯爵夫人が関与しているかも知れない。学園の双子がアンバーブロウ嬢に嫌がらせをしに来てね、居合わせたんだが暴力も辞さない様子で」
「ドロテが? ジュールたちが暴力を?」
ノアは驚愕のあまり頭を抱え、蒼白になった顔に絶望が滲む。
「コルデラ侯爵夫人に関しては、情報提供者も確証はなさそうだ。こちらは今、私が調べている。そういった理由で護衛が必要なのだよ」
「先日コルデラ卿に届け物をした時に、ドロテについて話をしました。学園時代からキアラと不仲であったと聞きました。理由はコルデラ卿には思い当たる事はあるが、不確かだと。私には解りません」
おや? アルドーは少し引っかかりを感じた。
──私には解らないが、コルデラ卿には思いつく事はある。
つまり、ノアは懸想されていた事に気付いていなかったが、コルデラ卿知っていたという事か?
「最後に今後王妃陛下と連絡を密にする。マダム・キアラへの伝言を頼む事も可能だが、何かあるかな?」
「──何を言っても不貞と思われそうで、とても難しいです。あえて言うなら、クリスもエリオットも会いたがっている、と。」
ノアは今でもキアラを愛しているのだろう。会いたいと言ってしまえば、それはキアラにとって不貞以外の何物でもない。
「わかった。必ず伝えよう」
「殿下、母は罪に問われるのでしょうか?」
それまで押し黙っていたクリスが問う。
ハッとしてノアはクリスの膝で強く握られた手を片手で包み、もう片方の手でクリスの頭を引き寄せた。クリスの強いまなざしは心を抉られるような痛みをアルドーにもたらした。
「私はマダムがどういう状況で王妃陛下に匿われる事になったか知らない。だから、今それに答える準備が出来ていない。すまない」
「いいえ、男爵家の私たちに王族である殿下が謝るような事をしないで下さい。気に掛けて頂けるだけで光栄な事なのですから」
ふるふると首を横に振り、クリスは目を伏せた。自分が持つ階級意識よりも大きな隔たりに、アルドーは心が痛んだ。
「では、これで私は失礼するよ。何かあったら必ずこの者らに話して欲しい。見送りはいらないよ」
「承知しました。クリス、お前は玄関前までお送りしなさい」
無言のままクリスと並んで廊下を進む。
程なく別れの場所に到着して、ペールに先に馬車に乗るように指示した。アルドーはクリスに向き直り口を開く。
「王妃陛下に叱られてしまったんだ。私がすべき事を怠ったばかりに君とエミリオに不快な対面を強いてしまったと。私がしっかりしていれば、こんなに君を泣かせてしまうことは無かったかも知れない。本当に申し訳ない」
「いいえ、殿下。いつかはわかる事です。私、生徒会頑張ります」
「ねえ、アンバーブロウ嬢」
「はい?」
「クリスと呼ばせてもらってもいい?」
「⋯⋯え? は、はい」
「私はね、君の笑顔を曇らせたくないんだ。私が君を守るよ。絶対に」
「で、んか」
アルドーは頬がバラ色に染まったクリスの唇に触れたい衝動に駆られたが、代わりに髪を一房掬いくちづけた。
小さな可愛らしい唇が軽く開き、微かに驚きの声を上げる。
「クリス。また明日」
勢い余ってしまった自分に恥ずかしくなって、アルドーは振り返ることなく馬車に乗り込んだ。
背筋を伸ばして座席に座るペールが満面の笑みを浮かべた。
「兄上に報告していいですかー?」
「やめて、お願い」
兄が兄なら、妹も妹だった。
やっとここまで来ました。
2025.11.27 家令→侍従に変更しました。




