フィリクスという男
「フィル、生きのびなさい…静かに、目立たぬように。」
――ああ、またあの夢か。
亡くなった母の最期の言葉。
フィリクスは、汗ばむ身体を起こし、ベッドから出た。未だ身体に残る毒の影響か…夜中こうして謎の発熱を起こす。
フィリクスはユミル王国の第二王子として産まれた。
母は身分の低い側室だったが、叡智に富んだ女性だった。その才はフィリクスにも受け継がれ、幼い頃から、その利発さでいつも周囲を驚かせていた。
だが、12歳の誕生日に ――事件は起きた。
母と共に毒を盛られた。
母は、助からなかった。
犯人は考えずとも、分かる。
あの王妃――
自分は毒の後遺症で、自由にならない身体と生きて行かなければならなくなった。
太陽の下に行くと、肌が腫れ、呼吸もままならなくなる。
王国のどんな医師に見せてもお手上げだった。
ぶ厚いフードで肌を覆い、離宮の陽の差さぬ部屋で一日のほとんどを過ごした。
到底王子とは思えぬ生活。
周囲は毒に侵された自身の身体を警戒し、一人、また一人と離れていった。
――ただ、フィリクスは諦めなかった。
母の遺言ともとれる言葉と共に、王宮の端で誰よりも勉学に励んだ。
知性を磨き、僅かな希望だけは捨てずに。
成人して体力がつくと、重たいローブさえあれば、外の世界に足を踏み出せるようになった。
見聞を広める為、視察団の一員として各地を巡った。
国王である父は、どこか負い目があるのか、息子の頼みに首を横に振ることはなかった。
そして、ついに訪れたヴァンデール帝国。
奇跡が、起きた。
薬草園で出会った薬術師。
今までの人生が何だったのかと思うほど、身体は回復していった。
十年以上ぶりに、太陽の下でローブを脱いだその瞬間
彼女は傍らで見守り、飛び跳ねるように喜んでくれた。
ミオ――
彼女の前では、何故か身分を明かしたくなかった。
自分をただの、フィルと呼んで欲しかった。
彼女と国の未来を話している時だけは、
自分の人生が、少しだけ良いものに思えた。
秋の森のような深いアンバーの瞳。
あの瞳がずっと自分を見つめてくれればいいのに――そう思うようになった。
彼女は、何故か自分の価値を過小評価している。
そして、最近 ようやく理由が分かった。
……ああ、この男のせいか。
ヴァンデール帝国の名将、ライ・オルグレン
ミオ、君はもっと、ずっと羽ばたける人間だ。
僕には分かる。
そして、今 自分は熱望している。
ミオが欲しい。
ユミルへ帰る時は、君が、横に、いて欲しい。
考えろ。どうすれば彼女を――
手の中の薬包紙を握る。
ミオが「熱が出た時ように」と、処方してくれた薬。
自然と口元に笑みが浮かんだ。
明日また、薬草園に行こう。
あのアンバーの瞳に、もう一度、自分を写してもらいに。




