61.エピローグ
両世界の平和を願うモニュメントは、ネモの固有能力で創ることになった。
***
交流は、今のところ順調と言えた。
皇帝はちゃんと約束を守った。
帝国は実直に、誠実に交流を進めていた。
一方的に技術的な教えを請うだけではなく、双方に利益があるように。
プライマ側の強みは、探してみればいくつもあった。
芸術方面は未だに強い人気があり、プライマの特産品として強い地位を確立していた。
それ以外には、人材だ。
プライマの魔道士は、ミューズにとって貴重な人材だった。
ミューズの人間が魔導具を使っても出来ないようなことが、プライマの魔道士にはできた。
それに、魔導具に頼らずに動ける人材というのはあらゆる場面で役に立った。
こうしてプライマは人材を派遣し、ミューズは技術を提供するという取引が交流の要になっていった。
それだけではなく、魔法も人気があった。
ミューズ人はなんでも魔導具で解決し、人間が使う魔法の技術が廃れているのだ。
そういった場所に、自分の力だけで事をなす魔道士の登場だ。
ミューズにプライマ人が作る魔法学校の話も立ち上がっており、両世界の交流は極めて順調と言えた。
***
ロイ・ヒューリーは今日も好き勝手にやっていた。
気分でミューズとプライマを飛び回り、酒に女にと好き放題している。
時々リュー博士に呼ばれて何やら協力しているようだったが、なにをやっているのかは誰も知らなかった。
サザンカ・トリュートは軍を抜けた。
惜しむ声は数多く、帝国からもスカウトがあったが、それもすべて蹴った。
今はミューズとプライマの交流の最前線で、アドバイザーとして活躍している。
ユリ・ヴァレンシアはと言えば、経済面でミューズの最大勢力の一画になろうとしていた。
ネモから事業のすべてを任されたユリは、やりたい放題をして世界的な企業に成長していた。
プライマとの貿易には協力なコネクションがあり、シラカバ老からの協力もあった。
反則じみた優位性を複数使いこなすユリを止められるものは誰もいなかった。
ミューズでユリ・ヴァレンシアの名は、ネモフィラ・ルーベルに勝るとも劣らないものになっていた。
ツツジ・ハーティーチは回復の兆しを見せていた。
プライマの癒やし手の癒術が有効性を示したのだ。
まだ目覚めてはいないが、目覚めの時もそう遠くないと言われていた。
そして、ネモはと言えば。
プライマの辺境にある屋敷に住んでいた。
地下にミューズへと繋がる門がある、特別中の特別な住居だ。
ネモはここで、悠々自適な生活を送っていた。
好きな時に陶器を造り、好きな時にミューズへ行き、好きな時にプライマの自然を楽しんだ。
よし、とネモは鏡の前で満足気に頷いた。
服装は黒いシャツにキャミソールワンピース。ユリが初めて着せてくれたのと同じ服だ。
前髪はもう下ろしていない。
ヘアバンドで髪を上げ、瞳がしっかりと見える。
ネモはもう、紫色の瞳を気にしていない。
この瞳はもう、女神に属するものというよりも、ネモフィラ・ルーベルであることの証明になっていた。
「ネモさま――――!!」
下の階から、シラユキの声が聞こえた。
「みなさん見えましたよ――――!!」
ネモもシラユキに負けじと大きな声を出した。
「今行く――――!!!!」
***
無免許運転であった。
ネモの操縦する飛空艇には、ロイと、ルクと、サザンカと、ユリと、それにシラユキが乗っていた。
いい加減に免許を取ればいいのに、ネモは未だに先延ばしにしていた。
「プライマで乗っちゃえば?」
という悪魔の囁きをしたのはユリであった。
プライマの空は文字通り無法地帯である。
免許無き者は飛空艇を運転できないなどという法はプライマに存在しないのだ。
もちろん安全策はある。
助手席にはシラユキが乗っている。
シラユキは飛空艇と念線で接続していて、ネモの操縦に対して補正や割り込みができるようになっているのだ。
つまりは、初心者が好きに運転をしても絶対に事故らない。
ネモは最初はおっかなびっくりに、そうして徐々に大胆に高度と速度を上げていった。
遥か上空から、プライマの大地が見渡せた。
ネモの操縦する飛空艇が飛ぶ。
ナントゥの大森林は紅葉の季節で、森全体が赤く染まっていた。
紅の大地と、青い空に白い雲が視界を二分していた。
シラユキの助けもあるのかもしれないが、飛空艇は思った通りに飛ばせた。
ネモはさらに速度を上げ、上方の雲へと突っ込んだ。
視界が霧に染まり、突き抜けると眼下は無限の白雲で満たされていた。
「ちょっとちょっと、ネモ! 無茶しないでよ!」
サザンカが慌てた声を出していた。
ネモは、さらに無茶をした。
前方に見える、美しい入道雲に狙いをつけた。
ネモは入道雲の周りを、巻き上げるように登っていった。
「おいおいおいおい嬢ちゃんマジか!!」
ロイですら声を上げていた。
「ネモぴーいけいけーー!!」
「やっちゃえネモー!! もっともっとーーーー!!」
ユリとルクはネモを囃し立てていた。
シラユキを見ると、任せてくださいと言うように小さく頷いていた。
「嬢ちゃんマジでマジでうおおおおおお!!」
入道雲の頂点では、遠く雲の切れ目から、どこまで続く海が見えていた。
「あははははははは!!!!」
ネモは声を上げて笑った。
自分は、変われたのだと思う。
飛空艇からは、いつの間にかいくつもの笑い声が上がっていた。
プライマの空を、紫色の瞳をした少女の飛空艇が駆ける。
世界は、変わったのだと思う。
これでネモフィラ・ルーベルの物語は終了となります。
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