【Day.3 】揃う役者たち
劇団に脅迫状を送りつける不届き者を見つけ出す。そう決めたメイベルとレオナルドは早速行動を開始した。まずは捜査の基本、情報収集からだ。
「……だけど、どうやって切り出せばいいのかしら」
ひとりごちるのはメイベル。その視線の先にあるのは劇団員たちと談笑するレオナルドの姿。元より顔見知りである彼ならば怪しまれることなく情報を引き出すことができるだろう。
しかしメイベルはときたら。彼らとは初対面であるし、性質もまたレオナルドとは真反対。生粋の『根明』であるレオナルドと違い、積極的に人と話せる質ではない。どちらかといえば内気な部類だというのが自己分析の結果である。……空想が友達のオタクだもの、明るくなれという方が難しい。
でもレオナルドひとりに任せきりにはできない。言い出しっぺはメイベルなのだ。自分が動かなくてどうする、……とは思うものの、
「あの、」
「ひゃぁっ!?」
ぐるぐる悩んでいると、背後から声をかけられた。
「あなたは……」
立っていたのは落ち着いた色のドレスを身に纏った女性。年頃はメイベルよりも上、20代半ばといった具合か。眼鏡越しに見える目は、知的な光をたたえていた。
目立つ美人というわけではないが、各パーツが収まるべき場所に収まっている。どこか清廉な気配すら感じさせる造作は、しかし見覚えのあるものではない。
戸惑っていると、女性は僅かに眉尻を下げた。「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」と。
「でもどうしてもあなたとお話がしたくて」
「わたくしと……?」
「はい。……先程、座長と活動写真についてお話しされていたでしょう?だから、」
彼女は『ベティ』と名乗った。ベティ・オルソン。「脚本家見習いで、ハドソンさんの下で働かせてもらっています」その言葉に、メイベルは目を輝かせた。
「すごいわ!脚本家を目指してらっしゃるなんて……。そういうのは男性のお仕事だっておっしゃる方もいるでしょう?若い女性が書いたというだけで批判的になる方も……。尊敬しますわ、ミス・オルソン」
「いえそんな、まだまだ勉強中の身ですから……」
ベティは控えめな笑みを口許に宿す。そんな彼女の手を握り、メイベルは「わたくしこそあなたとお話しさせていただきたいわ」と興奮の滲む声で懇願した。
何しろメイベルの趣味は『推し』で創作をすることだ。この世界の推し、リチャードを登場人物のひとりに据えた物語を綴ること、それがメイベルにとって寝る前の日課になっている。
そんなメイベルからしたら実際に活動している脚本家なんて──それもこの時代では珍しい女性の脚本家なんて──憧れないわけがない。
「次の舞台は『ルル二部作』を原作にしたものだと伺いましたわ。どういった舞台になるのかしら……、とても楽しみにしておりますのよ。特に三幕の……伯爵令嬢による最期の独唱!悲劇的でありながらどこか美しい断末魔の声……」
『ルル二部作』──『地霊』と『パンドラの箱』の二部で構成されるその戯曲は、『恋愛』や『官能』、『幻想』の擬人化である女・ルルと、彼女に理想を押しつけたがために破滅していく男たちの物語である。
男たちに求められるがまま振る舞うルルは空っぽで、哀れで、いとおしい。愛らしい女として描かれたキャラクターだと聞いて、メイベルはいたく納得したものだ。かわいそうなものは、時としてとても可愛らしく映るものである。
そしてそんな彼女に惹かれ、自己犠牲の精神を発揮し、すべてを捧げた伯爵令嬢……。
うっとりと語るメイベルに、しかしベティは顔を曇らせる。
「……どうかなさいまして?」
「いえ、その……期待に応えられるか、と。正直なところ、上手くいっているとは…………」
「それはもしかして……脅迫状の件で?」
「ご存じでしたか」
「エドヴィン様からお聞きになったんですか」と訊ねられ、メイベルは曖昧に頷いた。詳しくは聞いていない、そう言っておいた方がいいだろう。彼の、名誉のために。
メイベルは少しの緊張を孕んだまま、「何かお力になれることはありませんか?」と囁いた。
「先日の舞台、『イェヌーファ』でもたいへんな感動をいただきましたわ。ですからわたくしも……その恩返しがしたいのです」
「……ありがとうございます。ですが私も詳細までは…………」
話せるのはこの劇団の者なら誰でも知っているようなことだけ。
「私はしがない劇作家の卵ですから」
自嘲ぎみに呟かれたその語。その語り口とは裏腹に、眼差しは聡明なもの。静かに凪いだ瞳は、どこか遠くを映し出していた。
だからメイベルは彼女の手を自身のそれで包み込んだ。
「ミス・オルソン、あなたはとても賢い方だわ。多くのことを見聞きし、己の糧としている……優れた観察眼を持っているのではなくて?」
「そんな、大袈裟です。私はただ……確かに、物事をよくよく観察するようには心がけていますが」
「ならわたくしはあなたの意見が聞きたいわ。あなたの思ったこと、感じたことが、真実へ通じる道となる。そう思いますの」
「そう……でしょうか……?」
「ええ」
そう、確かこんな感じだったわ。偉大なる名探偵、灰色の脳細胞の持ち主。前世で大好きだった作品の、そのドラマ版を参考にした言い回し、語調で、メイベルは語りかける。
それが功を奏したのか。ベティの躊躇いがちな唇がついに開かれた。
「私には誰がやったかなど分かりません。……でも、誰が得をしたのかは知っています。この件で利益を得た人なら…………」
「それはいったい……?」
そばだてた耳に届いたのは、思いもよらぬ人の名前。
「……ハドソンさんです」
メイベルは聞き間違いを疑い、ベティをまじまじと見た。ミスター・ハドソン。それはこの劇団の座長で、彼女にとっては師匠にもあたる人だ。
──そんな人が、いったいなぜ?
「確かに彼は座長です。……でもそれは名ばかり。実際のところ権力を握っているのはマーゴさん……、彼女には逆らえないんです。この劇団にいるのは彼女に憧れ、慕う者たちばかりですから」
「でもそんな……まさか」
メイベルは思わず部屋の中央に目をやった。レッスン室の、その真ん中。練習を再開した劇団員たちに演技指導をしている男。それを見る限りでは演劇に熱い情熱を持っていることしか伝わってこない。
そもそもこの劇場にマーゴ・デイヴィスの名前をあてたのだって今の座長だと聞いている。一番のファンを自称するほど公私ともにマーゴを支えてきたのがハドソンだ。
デイヴィス座を知るものなら誰だって聞いたことのある有名な話。……それがまさか、嘘だったとでも?
「人の気持ちなど移り変わるものです」落ち着き払った顔のベティ、彼女の達観した双眸に言われるとひどく説得力がある。
「……あなたは彼が犯人だと?」
「いいえ?私は劇作家です、探偵じゃありません。私にできるのは空想を物語ることだけ……」
「それに、」とベティは言葉を続ける。それに、得をした人間はハドソンさん以外にもおりますから。──そう、夢見るような眼差しで言った。
「たとえば彼女、アン・ベルクナー……、元は物乞いだったと聞いております。そこをマーゴさんに拾われ、今ではこの劇団の主演女優にまでなった。……そう、マーゴさんが降板したお陰で」
「恩を仇で返すことになっても、主演の座がほしかったから……と?」
「ええ、役者として大成を望むならおかしなことじゃないでしょう?」
「そうですわね、とても……そう、物語らしい動機ですわ」
なんだか『イ●の総て』みたいね、とメイベルは思う。
けどこれは映画じゃない。元がゲームとはいえ、この世界を生きるキャラクターにとっては立派な現実だ。リスクを冒すほどの価値があるのだろうか。それほどまでに主演の座は欲しいものなのだろうか──?
「……あなたがどんな答えに辿り着くか、楽しみにしておりますね」
微笑むベティとは対照的に、メイベルは眉間に皺を寄せた。これはなかなかの難事件かもしれない、と。




