世界のほつれ
それは、あまりにも退屈で、あまりにも完璧なテキサスの午後だった。
乾いた青空には雲一つなく、照りつける太陽がコートのハードベースをジリジリと焼いている。カンザス州との州境に近い、のどかな町のテニスコート。地元の高校生たちが上げる快活な声と、ラケットがボールを弾く硬質な音が、気怠い空気の中に響いていた。
「おい、ジョージ! ぼさっとすんな、次行くぞ!」
鋭い声とともに、時速200キロメートル近くに達する強烈なサーブが放たれた。
のちに「ジョージ・テキサス」と呼ばれることになる青年は、眩しそうに目を細めながら、その弾道を網膜に焼き付けていた。プロ顔負けの鋭いスライス。ボールは正確に、コートを二分するネットのセンターストラップ――まさに縦と横のナイロン繊維が綺麗に「十字」に交差する、その中心へと突き刺さる軌道を描いていた。
(あそこに当たれば、不規則に跳ねるか、ネットに引っかかる)
誰もがそう思った。物理の法則が、そう命じていた。
しかし、次の瞬間。
テニスコートから、一切の「音」が消えた。
パシッ、という乾いた衝突音は鳴らなかった。ボールは減速することも、軌道を変えることもなく、まるで最初からそこに何も存在しなかったかのように、ネットの十字の隙間をすり抜けて(・・・・)ジョージのコート側へと突き抜けてきたのだ。
「……え?」
レシーブに構えていたジョージの足が止まる。
ボールはそのまま後ろのフェンスに激突し、乾いた音を立てて転がった。
「おい、今の見たか?」
サーブを打った友人が、ラケットを下げてきょとんとしている。
「ネット、突き抜けたよな? 破れてんのか?」
審判を買って出ていた地質学者の卵も、タワーの上から身を乗り出して目を丸くしていた。ジョージは無言のまま歩み寄り、ネットのセンター十字を指先で触った。
破れてなどいない。ミリ単位の隙間もない、頑丈なナイロンの結び目だ。時速200キロのゴムボールが通り抜ける隙間など、どこにもない。
だが、確かに通り抜けた。
顕微鏡レベルの確率でしか起こらないはずの量子力学的エラー「トンネル効果」が、マクロな現実世界で、完全に目視できる形で発生した。
それが、宇宙を往復する巨大ブラックホール『ウボサスラ0-01』がプラス宇宙へ最接近し、世界が「裏返り」を始めた最初のサインだとは、この時のジョージには知る由もなかった――。




