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第一話 戦国時代に転生したので、まず米の値段を調べてみた

「……戦国時代?」

俺は目の前の光景を見て、思わず呟いた。

木造の家。

土の道。

腰に刀を差した男たち。

そして、遠くに見える城。

どう見ても現代日本ではない。

「おい、兄ちゃん。何をぼんやりしている?」

振り返ると、荷車を引いた男が立っていた。

「ここは、どこですか?」

「尾張だが?」

「……尾張?」

「お前、頭でも打ったのか?」

尾張。

つまり、愛知県。

そして、この時代の尾張といえば。

「今の領主は?」

「織田様に決まっているだろう」

「織田信長?」

男が怪訝な顔をした。

「当たり前だ」

俺は空を見上げた。

どうやら、本当に戦国時代に転生してしまったらしい。

しかも、よりによって織田信長の時代だ。

戦国時代。

日本史でも屈指の危険な時代。

織田信長。

武田信玄。

上杉謙信。

毛利元就。

北条氏康。

化け物みたいな戦国大名が、あちこちで戦争している。

普通の転生小説なら、ここでこう考えるだろう。

『未来の知識で鉄砲を改良しよう』

『新兵器を作って天下統一しよう』

『信長に仕えて歴史を変えよう』

だが、俺は違った。

「……絶対に戦争なんかしたくない」

そもそも、俺は戦うのが嫌いだ。

剣術なんて知らない。

槍も使えない。

馬にも乗れない。

鉄砲だって撃ったことがない。

そんな人間が戦国時代で戦ったら、十中八九死ぬ。

では、どうする?

俺には一つだけ、得意なことがあった。

前世の俺は、物流会社で経営企画を担当していた。

仕入れ。

在庫管理。

輸送。

原価計算。

資金繰り。

そして、取引先との交渉。

戦争のやり方は知らない。

だが、商売のやり方なら知っている。

「……そうか」

俺は気づいた。

戦国大名は、何のために戦争をする?

領土。

権力。

そして、金。

だが、戦争をするためには、もっと重要なものが必要だ。

米。

塩。

鉄。

金。

そして、それを運ぶ物流。

「……全部、商売じゃないか」

俺は小さく笑った。

戦国大名がどれほど強くても、兵士は飯を食わなければ戦えない。

武田信玄の騎馬隊だって、食料がなければ動けない。

上杉謙信の軍勢も、補給が途絶えれば撤退するしかない。

織田信長の鉄砲隊だって、鉄砲と火薬がなければただの兵士だ。

つまり。

「戦争を支えているのは、武将じゃない」

俺は呟いた。

「経済だ」

そして、ある考えが頭に浮かんだ。

もし、俺が全国の米、塩、鉄、金融、物流を握ったら?

戦国大名は、俺の商売抜きでは戦争ができなくなる。

それどころか。

俺と取引した方が、戦争するより儲かる仕組みを作れたら?

「……戦わずに天下統一できるんじゃないか?」

もちろん、簡単ではない。

戦国大名は、気に入らない商人を力ずくで従わせることもできる。

だから、一人の商人が商品を独占するだけでは駄目だ。

誰か一人を潰しても止まらない商売。

敵も味方も、その仕組みから抜けられない商売。

それを作る必要がある。

「よし」

俺は決めた。

天下統一を目指そう。

ただし、兵士は一人も雇わない。

城も攻めない。

領地も奪わない。

商売だけで、この国を変える。

問題は。

「……所持金、いくらだ?」

懐を探った。

出てきたのは、銭が十二枚。

「少なっ!」

天下統一どころか、明日の飯すら怪しい。

俺はしばらく考えた。

そして、最初にやるべきことを決めた。

「……市場調査だな」


尾張の市場は、想像以上に賑わっていた。

野菜。

魚。

布。

薪。

米。

塩。

さまざまな商品が並んでいる。

俺は、まず米屋へ向かった。

「すみません。米はいくらですか?」

店主が答えた。

「一升なら、この値だ」

店主が指で示した銭の数を覚える。

次に、別の米屋へ行った。

同じ質問をする。

すると、値段が違った。

さらに別の店でも聞いた。

また違う。

「……ほう」

俺は考えた。

同じ市場なのに、米の値段が統一されていない。

もちろん、米の品質や産地が違えば値段も変わる。

だが、それだけでは説明できない差があった。

「兄ちゃん、買わないのか?」

「すみません。ちょっと調べているだけです」

「何を?」

「米の値段です」

店主は笑った。

「変な奴だな。米なんて安い時に買って、高い時に売るだけだろう」

俺は、その言葉に反応した。

「……安い時に買って、高い時に売る?」

「当たり前だろう」

「では、米が安い場所と高い場所が分かれば?」

「そりゃ、儲かるだろうな」

「運ぶ費用より、値段の差が大きければ?」

店主が首を傾げた。

「……何が言いたい?」

俺は笑った。

「商売の基本です」

ただし、問題がある。

戦国時代の輸送費は高い。

道路は悪い。

川には渡し賃がある。

関所では通行料を取られる。

盗賊もいる。

米を安く買っても、運ぶ途中で費用が膨らめば赤字になる。

ならば。

「……運ぶ仕組みから変えればいい」

俺は市場を歩きながら、荷車を観察した。

一台。

二台。

三台。

商人たちが、それぞれ別々に荷物を運んでいる。

同じ方向へ行くのに、別々の荷車を使っている者もいた。

帰りは空荷の者までいる。

「もったいないな……」

前世なら、すぐに改善対象になる光景だ。

共同配送。

積み合わせ輸送。

帰り荷の確保。

輸送経路の最適化。

戦国時代に、そんな言葉はない。

だが、考え方は使える。

「……最初は物流か」

米を買う金はない。

倉庫を建てる金もない。

だが、荷物を運びたい商人と、荷車を持っている人間を結びつけることならできる。

俺は近くにいた荷車の男へ声をかけた。

「すみません。どちらまで?」

「清洲だ」

「荷物は?」

「薪だ」

「帰りは?」

「空だが?」

「それなら、帰りに荷物を運びませんか?」

男が眉をひそめた。

「何?」

「清洲からこちらへ運びたい荷物を探します。あなたは帰り道にそれを積むだけです」

「……そんな都合のいい荷物があるのか?」

「探してみます」

「お前が?」

「はい」

男は俺をじっと見た。

「……変な奴だな」

「よく言われます」

実際には、まだ誰にも言われていない。

だが、これから何度も言われそうだった。


それから半日。

俺は市場中を歩き回った。

清洲から荷物を運びたい商人。

清洲へ向かう荷車。

帰りが空荷になる運送人。

それぞれに話を聞いた。

そして、ようやく一件の取引をまとめた。

清洲から尾張の市場へ、布を運びたい商人がいたのだ。

「荷車を一台借りるより安く運べるのか?」

商人が聞いた。

「はい。帰り道なので、運送人も安く引き受けられます」

「荷物はちゃんと届くのか?」

「運送人の名前と荷物の数を記録します。受け渡しの際には、双方で確認してもらいます」

俺は紙が高価なことを思い出し、木札を使うことにした。

荷物の種類。

数量。

送り主。

受取人。

運賃。

木札を二枚用意し、同じ内容を記す。

一枚は送り主。

もう一枚は運送人。

受け取り時に照合する。

簡単な仕組みだ。

だが、この時代では、こうした記録の徹底だけでも役に立つ。

商人はしばらく考えた。

「……試してみるか」

「ありがとうございます」

こうして、俺の最初の商売が成立した。

利益は、わずかな銭だった。

だが「……儲かった」

俺は手の中の銭を見つめた。

戦っていない。

誰も殺していない。

土地も奪っていない。

それでも、金が増えた。

「これだ」

俺は確信した。

商売は、相手を負かさなくても利益を生める。

運送人は、空荷で帰るより儲かる。

商人は、荷物を安く運べる。

俺は、その取引をまとめることで手数料を得る。

三人とも得をする。

「……これを全国に広げれば?」

俺は想像した。

尾張。

美濃。

近江。

京。

越後。

甲斐。

駿河。

全国の街道に、俺の物流網が広がる。

米も運ぶ。

塩も運ぶ。

鉄も運ぶ。

武器ではなく、商品を運ぶ。

そして、商人たちは俺の仕組みを使うようになる。

「……天下統一の第一歩だな」

もっとも。

この時の俺は、まだ知らなかった。

たった一件の荷物の仲介が、やがて織田信長の耳に入ることになるとは。


三日後。

俺は市場の片隅で、荷物の仲介を続けていた。

すでに取引は七件。

荷車を持つ男たちも、少しずつ俺に声をかけるようになっていた。

「兄ちゃん、明日は熱田まで行くぞ」

「帰り荷を探しておきます」

「頼んだ!」

「おい、清洲行きの荷車はあるか?」

「明日の朝ならあります」

「米俵を三つ運びたい」

「運送人に確認します」

そんなやり取りをしていると、一人の男が現れた。

身なりのよい男だった。

商人にも見えるが、腰には刀を差している。

「お前が、荷車をまとめている男か?」

「はい。そうですが」

「少し話がある」

「荷物のご依頼ですか?」

「いや」

男は俺をじっと見た。

「殿がお前に興味を持たれた」

「……殿?」

「織田上総介信長様だ」

俺は固まった。

「……え?」

「清洲城へ来てもらう」

「……何で?」

「お前が荷車をまとめ、商人たちの運賃を下げていると聞いた」

男は続けた。

「殿は、それを軍の兵糧運びにも使えないかとお考えだ」

俺は頭を抱えた。

早すぎる。

まだ商売を始めて三日だぞ。

しかも、よりによって織田信長。

俺は戦争に関わりたくないから商売を始めたのに。

いきなり軍の兵糧輸送に目をつけられるとは。

「……断ったら?」

男は無言で俺を見た。

「……ですよね」

俺はため息をついた。

どうやら、戦国時代の経済活動は、思った以上に政治と近いらしい。

だが、悪い話ばかりではない。

織田信長。

歴史上、商業や流通に強い関心を持った大名だ。

もし、彼に俺の仕組みの価値を理解させることができれば。

「……一気に商売が広がるかもしれない」

俺は小さく笑った。

男が怪訝な顔をする。

「何がおかしい?」

「いえ。少し面白くなってきただけです」

「面白い?」

「はい」

俺は清洲城の方角を見た。

「織田信長様に、一つ提案してみようと思いまして」

「何をだ?」

俺は答えた。

「戦争をしなくても、国が豊かになる方法です」

男は目を丸くした。

「……そんな方法があるのか?」

「あります」

もちろん、簡単ではない。

だが、俺には考えがあった。

信長が欲しいのは、戦争に勝てる国だ。

ならば、まずは戦争に勝つための経済力を見せる。

そして、いつか気づかせる。

戦争で奪うより、商売で稼ぐ方が得だということに。

俺は歩き出した。

目指すは清洲城。

相手は、あの織田信長。

そして、俺の武器は。

「……帳簿と算盤だけか」

何とも頼りない。

だが、悪くない。

天下を動かすのに、必ずしも刀が必要とは限らないのだから。

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