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文化祭編第五話 五年越しの「ごめんなさい」

小学四年生のある日、私はいじめられていた。うまくグループに溶け込めなかったからだ。苦しくって、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろうって思ってた。



そんな時に、翡翠ちゃんが現れた。あの時の私にとっては、翡翠ちゃんがヒーローのようだった。なのに、私を庇ったせいで翡翠ちゃんがいじめられた。声をあげて、私も翡翠ちゃんを助けてあげたかった。でも、そんなことできなかった。周りの空気に飲まれるがままに、私は翡翠ちゃんをいじめてしまった。どうして自分はこんなことをしてしまうのだろうかと思っていたけど、私の気持ちには罪悪感があるだけじゃなかった。




いつか謝ろうと決めていたはずなのに、いつの間にか小学校を卒業していた。困っていたら、桜が咲いて、中学の入学式の日がきた。その時に、どれだけ驚いたことか。同じクラスに翡翠ちゃんがいたことに。入学式が終わってから、翡翠ちゃんに話かけようと思っていた。なのに、翡翠ちゃんは私が知らない間に変わっていた。まるで、厨二病のような「自分に近寄るな」的な雰囲気を醸し出していた。これには、隣の席だった私も驚いた。




その次の機会は、ちょうど一ヶ月後だった。球技大会の競技決めの時、翡翠ちゃんは一人浮いていた。だから、私はドッチボールに誘おうと思っていた。その時、谷崎さんが翡翠ちゃんを巻き込んでバスケの方に誘ってしまった。



それからと言うものの、何度か機会があったが、毎回谷崎さんに妨害されてしまった。本人はそんなつもりないだろうけど。あっという間に中1が終わって、中2、中3と翡翠ちゃんとは違うクラスになってしまった。だから、もう声をかけることができなかった。そんな時だった。あの子から提案があったのは。



「レナちゃん。あの話だけどさ、今年の文化祭にやったら?」

「え?なんのこと?」



突然の話で、思わず聞き返してしまった。

「もう私たち中3だよ。そろそろ、過去の出来事を精算したら?」

確かに、と私は納得した。小4の時の出来事をいつまでも引きずってはダメだ。もう5年も前のことだし。そうして、私は決心した。



確かに、思い返してみれば竹中レナという名前は中1の時に見た記憶がある。

「でも、一体僕になんの用?」



一番重要なことを聞きたかった。

「ずっと、ごめんなさい。」

レナちゃんが勢いよく頭を下げる。

「あの時、私を庇ったせいで翡翠ちゃんがいじめられて。」

「いや、あの時の僕だって、レナちゃんのことすぐに助けなかったし。」



お互い様だと、言いたい。だって、その先の言葉を聞いてしまったら、僕もレナちゃんも泣いてしまうから。あの時は幼かったねって笑い合えなくなっちゃうから。



「違う!」

レナちゃんが激しく首を振って、否定する。

「違うくないよ。しょうがなかったんだよ。」



いやだ、聞きたくない。



「しょうがなくなんてない。だって、あの時の私は本当に最低で、ど屑な人間だったから。翡翠ちゃんが私の代わりにいじめられていて、よかったってホッとしちゃっていたから。」

レナちゃんも僕も涙が溢れる。



「それどころか、翡翠ちゃんはいじめられるべき存在なんだって、思い込んでたから。自分がいじめられていたことから目を背けていたから。みんながやってるから、いいんだって信じ込んでいたから。」



「赤信号もみんなが渡れば怖くない」という言葉に表されるように、集団で悪いことをしていても肯定されている感じ。その気持ちにレナちゃんは気づいていた。でも、逆らえなかった。ある種、しょうがないことだったんだ。謝るな。僕だって、あの時レナちゃんを助けなければ、今の状況は全く反対になっていた。僕が泣いて謝り、レナちゃんも泣く。



「だから、本当にごめんなさい。もう、5年も経ってしまったけど。ずっと、目を背けていたけど。遅すぎるかもだけど。本当に、ごめんなさい。」

レナちゃんが泣き崩れてしまう。僕はレナちゃんに駆け寄る。



「いいんだよ。レナちゃんが謝ることじゃない。僕たち二人で、解決できたことじゃなかったんだよ。それに、逆にレナちゃんは偉いよ。」

「え?」

レナちゃんが顔をあげて、涙が夕陽の光で煌めく。




「いじめを忘れて、目を背けて生きていく。そんな汚い人間だっている。それは、ある種しょうがないことなんだよ。僕たちが人間である限り。罪からは、目を背けてしまいたくなる。だから、ちゃんと向き合えたレナちゃんは偉いんだよ。」




僕もレナちゃんと同じくらい涙を流す。二人で泣きあう。こんなことになるなんて、思ってなかった。5年前から耐えてきた苦しさを感じて、今一気に泣いているように感じる。

5年前、僕たちは異なった形で苦しんでいた。僕は、悲しくて、悔しくて。レナちゃんは、自らの心に存在する矛盾した気持ちに。お互い、あの子とは分かりあうわけないと思っていた。なのに、今僕たちは偶然にも同じ感情を共有している。そんな僕たちを夕陽が照らしてくれた。




「ありがとうね、翡翠ちゃん。」

僕とレナちゃんが思う存分泣き終わった後、レナちゃんは涙を拭いながら笑顔で言った。

「巻き込んでしまったみんなに謝りにいかないと。」



レナちゃんが盗んだものを持って、トボトボと歩く。その寂しそうなその背中に、何か声をかけてあげたい気持ちになる。



「レナちゃん!」

レナちゃんが驚いた顔で振り返る。これだけは、僕が僕自身の言葉で言わないと。

「あんなことがあった後に、僕が幸せか気にしてくれていたんだよね。ありがとう!」



泣きながら、精一杯の笑顔でレナちゃんに言う。僕の心に溢れている感謝がレナちゃんに伝わってますように。

「うん!」



レナちゃんは一瞬、はっとした顔になった。その後、どうしようもなく嬉しいような、それでいて悲しくて寂しい顔になって、目尻から涙が溢れた。窓から風が吹き込んで、僕とレナちゃんの間に天の川のように星が流れ込んでくる。その星々が落ちた後レナちゃんの姿は、消えていた。


ふと、変なことを考える。僕とレナちゃんは年に一度の七夕の日にしか会えない、彦星と織姫のような関係かも知れないと。

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