2話 「起きたら異世界の廃墟だった件について」
夢の中、声が聞こえた。低く響くような声。
まるで魔物に話しかけられているかのような。
酷く心地よい気もした。
ずっと見つけて欲しかった相手に、ようやく見つけてもらったような感覚。
ずっと力を与えるに相応しい相手を探していて、やっと僕を見つけ出したって……
まぁ、どうでもいい。こんな夢、どうせ起きたらガッカリするだけだ。
そりゃ力をくれるっていうのなら、そんなもの欲しいに決まってるけど。
適合、確認、それになんだって? 何か聞こえた気がするけど。
夢の中、何かが接近してきて——
左目に何か入ってきた。
@@@
「……!」
バッ! と起きると黄昏はとっくに過ぎていて、真っ暗な部屋の中だった。
変な夢を見た気がする。
内容は……、覚えてない。なんだっけ?
「…………」
その前に、それ以前に……
「──ここは、どこ?」
暗い部屋はボロアパートの自室ではなくて……
──星空輝く草原の廃墟の一室だった。
壁はボロボロに朽ち、天井は崩れて夜空の星が見える。
頭上に星雲が見える。
《 星雲 = ネビュラ 》
星雲ってこんなに大きくはっきり見えるものか。
肉眼で見えるようなものじゃないんじゃないか、と思っていたけど。
詳しくないからわからない。星座だって見てもわからないくらいだし。
でも今は、満月よりもはっきりと、大きく空に見えていた。
嘘だろっていうほどに大きい。
まるで空から地上を眺める瞳みたいだった。
ひんやりとした風が頬を撫でた。
「なんだ、これ……。なんだよ、これは……」
どうしていいか分からずにいると、左目が熱くなった。
左目がおかしい、異物が入っているみたいな感覚。
目をかいても、何も良くならない。
もどかしくてイライラした。
なにかが眼球の中で動いている。魚のように動いている。自分の眼球が金魚鉢にされて、その中で好き勝手にうごいてるんだ。
左目だけ閉じて、壁にもたれかかった。
一体どこなんだよ、ほんとに。左目の調子はおかしいし!
いや、それ以上に心配なのが、まるで人がいない場所にテレポートでもしちまったんじゃないか、という可能性だ。
アニメでよくある異世界転生ならいいよ。大歓迎だ、なんかすごい力とかもらってさ。その上、出会う女の子たちがなぜかみんな僕のことを好きになって、ハーレムができるんでしょ? YES。そんなの、ただYESだ。
でもだとしたら、僕のチートはどこ? どこにもない。ステータスは?
それに、ここは三次元だ。アニメじゃない。3Dで、実写だ。
僕の今の状況。異世界転移じゃなくて、超常現象でただのテレポートしてしまった男なんじゃないだろうな。そうとしか思えない。
センスのないファンタジーな夢でありますように。ここから、まったくの見ず知らずの土地から、東京まで帰る?そんなサバイバル能力は僕にはない。というわけで神様、そろそろ夢から目覚めさせてほしい。
「…………」
まてど暮らせど、隙間風は冷たくて夢から覚めることもなかった。
寝れば自分の部屋で起きるんじゃないか。
もう寝よう。うん、そうしよう。
僕はバカかもしれない。でも、この時はそう思った。
希望なのか、願望なのか、どちらだろうと朝になる前には……
結局、その思いは裏切られて見知らぬ世界にやってきてしまっただなんて——
——この時の僕は知る由もなかった。
@@@
──明朝。
「はっ! はっ! 異世界転移じゃないかっ!」
どうも、ティモシーです。早速だけど──
鼠に追いかけられている!
何を言ってるか分からないと思うけど。
僕だって何も分かっていない。
むしろ、誰かに説明してもらいたい。この状況を。
汚い巨大鼠が僕を食べようと追いかけ回してくるんだ。
そして、こんな鼠は地球上にいないんだよ!
「──なんでこんなのが廃墟の中にいるんだ! こんなの、どうかしてる!」
廃墟の障害物を使い、階段を駆け上っては飛び降りてはして、必死に振り払おうとする。
鼠は中型犬ほどの大きさで、こんな怪物鼠の対処法なんて僕は知らない!
階段を通り、ドアすらない小部屋に入り、入ってきた鼠とすれ違うようにまた外へ出て、廊下奥の非常階段近くの物陰で転びながら滑り込む。
擦りむいた膝が痛い! なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!
息を整えようとすると、不思議に息は乱れていなかった。
転んで打った膝や、腿をさすると、すでに痛みはなくなっていた。ラッキーだった。けっこう強く打ったはずが、実はそれほどでもなかったらしい。
妙に居心地が悪い。感覚のずれのようなものが起こっている気がする。
「……どうする?」
考えてても仕方ない。とにかくどうする?
ここから出よう。
それとも武器でも探してあの鼠を叩いて追い払うか。
あんな凶暴なのを? できるわけないだろ!
とんでもなくしつこかったんだぞ!
見つかったら最後、地の果てまでもあいつは追ってくるはずだ。
やっぱり逃げた方がいい。
ガラスもない窓からおりようとするが、ちょっと高すぎる。
3階から飛び降りる勇気はない。
鼠に見つからないように、小走りで階段を駆け降りて1階を目指す。
「──うわっ! わぁ、が、がっが!」
2階の階段のすぐ横から怪物鼠が現れて体当たりされる。全身を打ち付けながら一緒に転がり落ちて、噛みつこうとしてくる鼠を思い切り突き飛ばす。
「──あっちいけ! あっちいけ!」
すぐさま立ち上がって、近くに落ちていた棒を拾い上げて、必死に叩きつけた。
乾いた毛の鼠の怪物は、それでも突っ込んでくる。
汚い牙が見える。これに噛まれたくない。足を上げて避けながら棒で鼠を再度叩く。
一撃を外し、ようやく当てても、効いてなさそうで焦る。焦るな、僕。
「もう一回だ」
脳震盪を起こさせるつもりで狙いを定めて打つと、なんとか倒せた。
「終わった、最悪だ。ファック……、なんでこんな目に……」
どさっと床に仰向けに倒れ込んで、放心状態で天井を仰ぎ見た。
「……もう、いったい何が起きてるんだよ」




