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「ネクロマンサーだと!?死体を操るっていう、あの……?」
「ええ、この呪符からみても、間違いないでしょうね。初めは自発的に動き出す僵尸かもと疑ったんですが、発見された時には腐っていたことや、今の滑らかな動きを見るかぎり、操られた死体に間違いないと思います」
「キョンシーっていやアレか?手足を硬直させて、ピョンピョン飛び回る……。そうじゃないってことは、つまり、犯人は……」
「はい、『人間』で間違いないでしょう。もちろん、怪異の類が呪符を使って死体を操っている可能性もありますが、そもそも奴らがそんな面倒なことをするとは思えません。直接死体に入り込んで操るでしょうし、それに、今回に限ってはそれはないでしょう」
「なぜ、そんなことが言い切れるんだ?」
「成田警部なら、遺体安置室の会話から、おおよその推察はできると思いますが」
「なんだと!?」
俺の言葉に、成田警部は先ほどの会話を必死で思い出しているようだ。そして、思い出したようにはたと顔を上げる。
「おい、まさか……。彼が!?」
「さすが、相変わらず察しがいいですね。そうです。あの警官ですよ」
成田警部は、あのわずかな会話の中からも、状況を察したようだった。
「おい!じゃあ銀華嬢ちゃんを残してきたのは、危険なんじゃ……」
「いえ。それは大丈夫でしょう。あの時彼は、俺の『紙切れ』という言葉にわずかにですが反応しました。そして、死体を調べようとした動きを見て、からくりに気付かれたと思った。しかし、まだ自分が犯人だと知られたわけではない。そこで、呪符を発見される前に死体を逃がそうとしたんです」
「しかし、あいつはわざわざ、死体が動いていることを俺達に教えたんだぞ。逃がすつもりなら、もっと隙を突いたほうが良かったんじゃ……?」
確かに、成田警部の言うことはもっともだ。しかし……。
「ええ、死体に仕込んだ呪符を発見されないことだけが目的なら、それで良かったんでしょうね」
「なんだと?じゃあ、本当の目的は……」
「おそらく、彼が今も隠し持っている、呪符の処分でしょう。おおかた、トイレに流すかシュレッダーにでもかけるか。とにかく、自分が持っている呪符を処分するために、わざと死体に派手な動きをさせて、俺達の目をそっちに向けさせたんでしょう。最悪死体から呪符が発見されても、それが彼の仕業だという証拠が残らないように」
「なるほどな。恐れ入ったぜ。とはいえ、嬢ちゃんが本当に安全かはわからねえわけだな?」
「まあ、絶対にとは……。それに、完全に証拠を隠滅されるとやっかいですので、早急に戻る必要があるでしょうね」
「やれやれ、またかよ……。おっと、こいつは……、まあ、もう一度動き出すこともないだろうし、後回しでいいか。誰かが見つけりゃ通報してくれるだろ」
俺達は死体をその場に放置し、再び元来た道を走り出すことになったのだった。
「銀華さんっ!」
「無事かっ!?嬢ちゃん!」
走り続けるほど5分ほど、再び息を切らせ、汗だくになった俺達が遺体安置室で見た光景とは……。
「あれ?なんら、ひーろとなりたっちりゃないか。やっともろってきたのきゃ?ふたりちょも、ちっとももろってこないし、しょうがないきゃらこのひととあそんでちゃのら。れも、なんかねちゃったきゃら、たいくちゅしてたのりゃ~」
「ぎ、銀華さん?その人……」
未だ酔っ払い状態の銀華さんの足元には、あの警官が倒れていた。
周りに、死体に仕込まれていたのと同じ呪符を散乱させたまま……。
「そっ、それで?いったいどうなったんですか!?」
「ふふん。まあ焦らないでよ。この後にじっくりと、僕の大活躍を聞かせてあげるから」
翌日、猫猫飯店を訪れた弘美ちゃんに、銀華さんは自らの英雄譚を語っていた。
「ヒロ君と成田っちは、まんまと犯人の罠にはまり、操られた死体を追いかけて飛び出して行ってしまった。しかし!僕にはわかった。『違う、これは巧妙に仕掛けられた罠だ!』とね。そして僕はその場に残り、犯人と対峙したのさ」
「す、すごいです!でも、怖くなかったんですか?」
「怖くなんかないさ。探偵に危険はつき物だからね。でも、危険とわかっていながらも、そこに飛び込み真実を見つけ出す。それが『た・ん・て・い』さ!」
「かっ、格好いいです!素敵です、お姉さま……」
弘美ちゃんの目は、すっかりハートマークになっている。
まあ、銀華さんの話は、事実と大本営発表くらいの誤差があるので、そちらの話は省くこととしよう。
あれから、動かぬ証拠をさらけ出してしまった若い警官は、別段抵抗するでも黙秘するでもなく、驚くほどあっさりと全てを白状した。
話によれば、彼の一族は代々続く『死霊術』、『降霊術』を使うことを生業とする家系であったそうだ。
大昔は時の権力者に仕えて、国の王や為政者、有力な武将の死が敵国に知られないように隠すなどの仕事をしていたらしい。時には死したはずの大将を戦場で動かし、敵軍を大混乱に陥れるようなこともしていたらしい。
しかし、時代の流れと共に、徐々にそのような役割もなくなったそうだ。
今では親しい人の突然の死を受け入れられない人や、事故などで無残な姿で亡くなった人を綺麗な姿でお別れさせるために、ごく一部の事実を知る人から依頼を受け、細々と能力を使う程度になったという。
彼の祖父は、わずかながらに『仕事』を続けていたが、彼の父は能力を使うことには批判的であった。
『このような行いは、自然の摂理に反する』
父は、彼に死霊術の一切を教えることはなかった。自らの代で、この能力は終りにするつもりだったのだろう。
しかし、彼は違った。まだ幼かった彼は、なぜ特別な力を持った自分達が力を隠さねばならぬのか、なぜ術の伝承を終わらせねばならぬのか、父の考えが理解できなかった。
そんな思いが外へと向かったのは、異形のモノの存在が世間に公表されたのも、きっかけの一つであった。
『妖怪の存在が認められるなら、この能力だって……!』
そして父の目を盗み、こっそりと祖父から術を教わった。祖父もやはり、自分の息子の代で継承が終わってしまうのは、忍びなかったのだろう。
可愛い孫の頼みということもあり、死霊術を教え込んだ。
彼には元々才能があったのだろう。修行を重ねるうちに、巧みに死体を操れるようになっていった。
初めはぎこちなかった動きも、日が経つにつれてまるで生きているかのごとくに滑らかになった。そして最初は3日と持たなかった操れる期間も、7日まで増えていった。
もっとも、人間の死体で試せるわけはないから、もっぱら小動物の死骸を見つけての練習ではあったのだが。
そして、こうなってくれば、後はもうお決まりのパターンであった。
玩具に飽きたマニアが、本物を持ちたがるように。人より優れた能力を持ち、周りからの賞賛を浴び続けた人間が、自分は特別な存在だと勘違いするように……。
『本物の人間の死体を操りたい』
『世間に、俺の凄さを知らしめたい』
『俺は、もっと賞賛されるべき存在だ』
次第に彼の心は歪んでいく。だが、いくら望もうが、そのような機会がそうそう訪れるわけではない。
何より自分は警察官であるし、馬鹿な真似をして、人生を棒に振るわけにもいかない。
心の片隅に理性と良識を残しながら、鬱々とした気分を抱えて日常を過ごしていた。
あの時までは……。
きっかけは、河原で最初の死体を見つけたことだったという。
たまたま付近を歩いていた彼は、何やら叫びながら、慌てふためいて高架下から飛び出してくる老人を見た。
『仏さんが!首吊りが!』
老人はそう叫んでいるように聞こえた。走って行く方向からしても、この先の交番に向かったのだろう。
『まさか……』
瞬間、彼の心臓はドクンと音を立てて鳴った。慌てて老人の飛び出して来た場所に行ってみると、そこあったのは、高架にぶら下がった人間の死体であった。
彼の心の中にあった理性は、その時に吹き飛んだのだという。
「なるほどな。そこで死体を盗み出し……、いや、操って持って行ったわけか。しかし、その後の強盗はどういうことだ?」
初めは、些細な実験のつもりだったという。小動物ならともかく、本物の人間の死体をどこまで動かせるのか。人間の死体というのは、どのくらいの力を持っているのか。自分の術は、どれくらいの期間これを動かせるのか。
強盗も、初めは通行人を脅かすだけのつもりだった。しかし、被害者はバッグを放り出すと、一目散に逃げてしまった。
放り投げられたバッグを手に彼は困惑した。だが、思わず手に取ってしまった以上、何かしらの証拠は残ってしまうだろう。それに、それほどの額ではないとはいえ、いとも簡単に手に入ってしまった金と、自分の操る死体に怯える人を目の前にして、彼の中で何かがはじけた。
『俺の能力はすごいぞ。いや、死者をも蘇らせるなど、まるで神だ!』
最初の死体が元犯罪者だったのは偶然だった。しかし、彼はこの偶然と、自分の立場を利用することで考え付いたのだった。
犯人は、悪人の死体を盗む『火車』だと。
商売柄、祖父の家には古今東西の不思議に関する書物がたくさんあった。幼い彼は、その中でも昔話が好きであった。
彼の父は、なるべく彼をそういった書物に近付けさせないようにはしていたが、昔話はどこにでもあるありふれたものと、特に禁止することもなかった。
火車の知識は、その昔話から得たものである。
『悪人の死体』は、待っていればいずれ運ばれてくる。自分の担当時に来るかは運次第だが、休憩時の交代などで近付く機会はあるだろう。
彼は、自分の立場を最大限に利用した。
しかし、火車と言っても、世間にどれほど知っている人間がいるのだろうか?今時昔話や妖怪譚など流行らぬだろうし、むしろ知らない者のほうが多いのではないだろうか?
思い付いたは良いが、出しどころを間違えては意味がない。
それと並行して、証拠を残さないことにも苦心した。
結局術が1週間しか持たないことを知った彼は、工夫を重ねて、わざと呪符をもろい紙で作ったという。せいぜい1週間程度しか持たないように。
それにより、死体が回収出来なかった場合でも、証拠が残り辛いように。
そして、次第に良識より自己顕示欲、金銭欲が上回り、2人目、3人目と、犯行の規模がエスカレートしていったのだった。
そして、4人目の死体に呪符を仕込んだ時、『探偵』を名乗る者達が現れた。
まだ高校生くらいの少年は、おそらく熱心に勉強したのだろう。唐突に猫の話題を持ち出した。
これこそが、彼の待ち望んだ展開だった。
最初から火車の話をしたところで、ほとんどの人に『何だそれは?』と言われるのがオチだろう。
いかに、火車の話に信憑性を持たせるか。
この『専門家』らしき少年が、火車犯人説にお墨付きを与えれば、自分への疑いはなくなる。一緒にいる特犯課の警部とて、所詮は素人だ。偉そうな肩書きを持っているが、大したことはなさそうだ。こんな奴が警部なんて……。自分のほうが遥かに優れているだろう。
しかし、安堵したのも束の間、彼は一瞬で恐怖させられた。そう、少年は『紙切れ』のことを口にしたのだ。
『こいつは、知識だけではない。まさか、俺のように何かしらの力を!?もしかして、何か感付いているのか?』
そして、焦った彼は自分への注意をそらすために、死体に注意を向けさせるために、逃走させたのであった。
「なるほどな。後はだいたい、お前さんの推理どおりってわけだ、緋色」
だが、彼にとって最大の誤算は探偵の少年ではなかった。現場に残ってマタタビで酔っ払っていた、何の役にも立たなさそうな少女だった。
専門化らしき少年といえど、自分の敵ではなかったようだ。間抜けな二人はあっさり罠に嵌り囮の死体を追いかけて行った。
今のうちに呪符を処分しようとした彼だったが、予想外のことに酔っ払った猫又の少女がまとわりついてきて離れない。
半ば強引に少女を振り払おうとした彼だったが、その拍子に足を滑らせ転倒し、頭を打って気絶してしまったというわけだ。
全てを白状した彼は、やがて他の警官に両脇を抱えられて、部屋の外へと連れて行かれた。しかし、その際に憑き物が落ちたような顔でつぶやいた。
「自分はここで捕まって良かったです。このまま行っていたら、やがて金だけじゃなく、人を殺めてしまったかもしれません」
そんな彼を見て、俺はふと思った。本当に火車にとり憑かれていたのは、彼だったのかもしれないと。
「銀華さん。そろそろ日も暮れてきますし、あまり長い間弘美ちゃんを引きとめてもご迷惑ですよ」
俺は、身振り手振りで、あげくにソファに飛び乗り武勇伝を語り続ける銀華さんに声をかけた。
「ん?ああ、もうそんな時間か。う~ん、まだまだ僕の活躍は語り足りないんだけど……。まあ、いいや。今度来た時に語ってあげるよ。ヒロ君、弘美を途中まで送ってあげて。あ、エッチなことはしないようにね!」
「はいはい、わかりましたよ」
「あ、じゃあお願いしますね」
さすがに弘美ちゃんも、初対面の時のように、銀華さんの言葉を真に受けることもなくなったようだ。
「緋色さん、お疲れ様でした」
道すがら、弘美ちゃんが口を開いた。
「今回もやっぱり、緋色さんが銀華さんを助けてあげたんですよね?」
「いや、今回は銀華さんの活躍があればこそですよ。俺と成田警部だけでは、彼に証拠を隠滅されていたかもしれませんからね。まあ、結果オーライってヤツですけど、俺達はお膳立てをしただけですよ」
「じゃあ、今回は2人とも大活躍ですね。ふふふ。いいですよね、銀華さんと緋色さん。息が合って、ホントに素敵なパートナーだと思います。ちょっぴり妬けちゃうくらい」
弘美ちゃんは笑いながらも、ちょっぴり拗ねたような目で俺を見た。
ああ、そういうことか。俺は彼女の言いたいことに気付く。弘美ちゃんは銀華さんLOVEだったな。
「大丈夫ですよ。別に俺と銀華さんは、そういう関係じゃありませんし、取ったりなんかしませんから」
「あ、いえ、そういうコトじゃなくてですね……。そ、その、わ、私は緋色さんのこ……」
「おい、人間!」
弘美ちゃんの言葉を遮るように、不意に胸元から声が聞こえた。
「まさか貴様、緋色様に手出しをする気ではあるまいな?人間ごときが……。身の程を知るがいい」
いきなりクーコの攻撃的な言葉を受けた弘美ちゃんは、驚いたのだろう。
「い、いえ、そんなつもりじゃ……。きょっ、今日はこれで失礼しますね。まっ、また銀華さんのお話を聞きに来ます!」
言うが早いか、あっと言う間に駆け出して行ってしまった。
「クーコ、何も弘美ちゃんを脅かさなくても……。それに、手を出すって、あの子が俺に危害を加えるわけないだろ?」
「……。そういう意味に取られましたか……」
「は?じゃあ、どういう意味なんだ?」
「いえ、お気付きになられていないのならいいのです……」
はて?どうしたんだ?クーコも良くわからないことを言うものだ。
しかし、送って行くはずの本人がいなくなってしまった以上、猫猫飯店に戻るしかあるまい。
振り向くと、ビルの間にゆっくりと夕日が沈んで行く。
「さて、そろそろ晩飯も作らなきゃいけないし、戻るか、クーコ」
「はっ、仰せのままに」
そして2人は、『我が家』への道をゆっくりと戻って行った。
~『走れ死体?生ける死体』編 完~




