2.
「この家って、なんでこんな広いのに一人で暮らしてるの?」
なんてことない疑問だった。俺はその意味を深く考えてなかった。その問いが残酷なものとなってしまう事も気付かずに。
シエルはうつむき、話を続けた。
「昔はね、四人で暮らしてたんだ」
「えっ?」
思いがけない返事に俺は咄嗟の対応が出来なかった。
「お父さんと、お母さん、そして五つ離れた弟。みんなで暮らしてたの」
その時俺は見た。シエルの昔を見つめる瞳を。
「そっか。ごめんな。悪い事聞いた」
「あぁ、気にしないで。昔の事だから。それよりリアンの話聞かせてよ」
「俺?」
矛先をいきなり向けられ一瞬たじろいだ。
「そう。どこを旅してきたとか、どんな人と出会ったのか、とか」
俺はこの間の事から昔の事まで話し始めた。
「そうだなぁ―――
「でさ、そこでそいつが言ったんだよ。『おい、俺の肉をどこに隠した?』ってさ」
「ふふっ。命の危険が迫ってるのに?」
「そう!! ほんと危なかったんだって」
俺はいろんな話をした。共和国領ブルーム湖、アイゼンが揺られる船内で酔っちゃった事とか。谷に掛かるボロい吊り橋、落ちそうで落ちないギリギリのラインで渡った事とか。宝の眠る洞窟の話を聞いて、入ってみたら魔獣の巣窟になってたり。彼女は、オチがある話には笑い、沈むような話には神妙な面持ちで聞いてくれた。
「いいなぁ楽しそう。私も旅に出ようかな」
シエルは、いつの間にか晴れていた満点の星空を仰いだ。
「色々大変だぞ〜大丈夫か?」
俺は茶化すように言う。
シエルはお茶目に笑い『大丈夫だよぉ』と一言。
「魔獣とかに遭遇したらどうするつもりだよ」
「そん時はそん時だよ。一応、村の衛士の一員なんだから」
「へぇ〜」
正直、意外だった。武術とは縁の無さそうな彼女からは想像出来なかった。
「リアンはどんな武器を使うの?」
俺は背中の剣を少し手で触れて、答えた。
「俺は見ての通りこれ、片手直剣。こいつには銘とか洒落たもの無いけどな」
「ふぅ〜ん」
シエルはシンプルで無骨なフォルムの俺の愛剣を眺めていた。
「振ってみる?」俺の問いかけにシエルは、
「いいの?」と目を輝かせて俺の目を覗きこむ。
俺は立ち上がり、背負うための斜めがけベルトを外し、剣を渡す。シエルは両手で大事そうに受け取った。
「お、重いね」
「俺は重い方が好みだからなぁ」
シエルは剣を恐る恐る抜いてみる。鞘から姿を表した刀身は月光の光を返して妖艶さを漂わせていた。
「振ってみていい?」
「どうぞ」
俺はシエルから離れた。シエルは体の右側を引いて半身に構えた。「中々様になってるなぁ」とぼんやり考える。
シエルは数回剣を振ってすぐに鞘に戻した。
「重さで体が持ってかれちゃう。私はやっぱり短剣の方が扱いやすいなぁ」
「人によって好みとかあるからな」
シエルは剣をしまって俺に手渡す。
受け取った俺は愛剣を左手に持った。どうせすぐに寝るだろうからわざわざ背負う必要も無いと感じたからだ。
「そろそろ寝よっか」
「あ、あぁ」
俺は促される形で先を歩いた。
家の角を曲がったところで後ろから少女の叫びが聞こえた。
「きゃ、誰!? ……リアン助け――――
そこから先はくもった声になって聞こえなかった。俺は振り返る。視界の隅でとらえたのは黒装束――闇に紛れるためだろうか――を纏った男が、青を基調とした布服の少女を連れ去った所だった。
「アイゼン!!」
俺は鬼気迫る声色で叫んだ。アイゼンはグースカ寝ていても大抵大きな声で名前を呼べば起きる。
連れ去られた少女を追うため、俺は全速力で走りにくい森の中を駆けた。