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私を野球に連れてって

「クロウ君とハクアさんの移籍手続きが終わったよ」

 ハルカゼは、宿舎の裏で木刀を振りながら言う。

 空には朝日が昇っている。

 今日も、暑くなりそうだった。

「ありがとうございます。引き抜き、大変じゃなかったですか?」

 傍に据わってハルカゼを眺めるのはジンだ。

「それがクロウ君が中々問題児だったようでね。相手側は複雑そうな表情だったよ」

「ああ、わかる気がします」

 クロウは腕は立つ。しかしハクアへの執着心が人一倍強い。あの執着心を持っていては、トラブルの一つや二つも起きるだろう。

 腕は役立てたいが問題児は追い出したい。相手方の複雑な気持ちもわかるというものだ。

「骨を折ってもらってありがとうございました」

「腕は確かなんだろうね?」

「クロウのほうは問題ないでしょう。相性的にうちの馬鹿弟子に勝ちうる。お嬢さんも人並み以上の身のこなしはある」

「君の言い分では、ハクアさんにやや不安を感じているように見える」

 見透かされている。ジンは苦笑した。

「体格の有利不利というものがあります。お嬢さんは見た通り体格に恵まれてるとは言い難い。それを持ってしてあの動き、さぞ修練を積んだのでしょう」

「君のお弟子さんも体格的には恵まれてるとは言い難いと思うが」

「あれはイレギュラーです。計算をぶち壊すために生まれてきたクラッシャーですよ」

「まあ、私もあの光景を目の当たりにしなかったら、未だに信じられなかっただろうがね」

 ハルカゼの脳裏には、マリが壁を破壊したシーンが焼きついているのだろう。

「そういえば、上級剣士への昇格おめでとうございます」

「そうめでたくもないんだよ」

 ハルカゼは困ったように言う。

「と言いますと?」

「上がったのは位だけのようなものと言うことさ。次に戦争でも起きてみたら、ハルカゼは上級剣士の癖にあれだけの兵しか連れて来ないのかと笑われるのが目に見えている」

「国の懐事情も厳しいんですかねえ」

「まあ、乱世でもないのに下級剣士が上級剣士に格上げになるなんて破格の話しだ。ありがたいと思っておくことにするよ」

「これで、この町にいるただ三人の上級剣士の一人になったわけですね」

 ソウフウ隊に上級剣士が二人いることはジンも知っている。

「いや、カミト領もフクノ領も上級剣士を一人ずつ派遣しているよ」

「それは知らなかったな」

「下級剣士も精鋭揃いだ。うちとは大違いだ」

「羨ましいんですかい?」

「どうだろうね。サクマ領で一番地位が高くなってしまうと、複雑な気持ちもあるよ。まあ、この町限定の話だけどね」

 ハルカゼが木刀を振る手を止めた。

「時にジン君」

「はい」

「レクリエーションに参加する気はないかい。三つの領とソウフウ隊が参加する大掛かりなものだ」

「俺はそういう面倒臭いのはごめんですね」

「じゃあ言い換えるよ。レクリエーションに参加してくれ。頼りになる仲間を連れてね」

「……レクリエーションってより、負けられない勝負なんじゃないですか? それって」

「負けても良いんだよ。ただ、健闘してくれないと困る」

 まったく、無理難題を押し付けてくれる上司である。


「ベースボール?」

 町の外の原っぱに連れてこられて、ジンは今回のレクリエーションの説明を受けていた。

「そうだ。こちらは相手が投げた球を打つ。相手は逆に投げた球で空振りさせようとする。球を打っても地面に落ちる前にフィールドに散らばっている野手が取れば無効となる」

「はあ……」

 説明しているのは、サクマ領のイチジという男だ。

 大きな体格をした、禿げ上がった頭をした男性で、木の棒を杖のようにして立っている。

 棍棒に似ているが、それにしては長く細すぎる棒だった。

「とりあえず相手が投げた球を貴方の持っている棒に当てて、誰もいない場所に落とせば勝ちというわけですね」

 ハクアが言う。

「まー、大まかに言うとそうだ。細かいルールはたくさんあるがこれから説明していく。まずは素振りをして、その後に打撃練習をして楽しさを覚えてもらおうか」

 ジン、クロウ、ハクア、マリはそれぞれ手に棒を持たされる。

 そして一通り打つフォームの指導を受けると、打撃練習に移った。

「私、一番で良いですか?」

 期待に目を輝かせてマリが言う。

「あー、いいぞいいぞ、好きにやれ」

 ジンが投げやりに言う。

「私も、後で良いかな」

 ハクアが苦笑交じりに言う。

「よっしゃー」

 棒を振り回しながら、打席と呼ばれる場所にマリが移動する。

 そこから少し離れた土が盛り上がった場所に、イチジが立つ。その場所はマウンドと呼ばれるらしい。イチジの手には白い球が握られている。

 打席の後方にはキャッチャーと呼ばれるポジションの選手が座り込んでいる。手にはめた大きなミットで球を受け止めるようだ。

「良いか。俺が投げるから、それを打ち返すんだ。最初だから、好きに打って良いぞ」

「わっかりましたー」

 イチジが振りかぶって、投げた。

 球は風を切ってミットへ突き進む。

 マリがバットを振った。

 乾いた音がして、球がマリの頭上へと高々と舞い上がっていった。

 天高くを飛ぶ鳥をも落としそうな高さだった。

「結構反発力あるみたいですね」

 ハクアが、淡々と言う。

「そうだなあ」

 ジンが淡々と返す。

「私、この競技の不安な点を見つけてしまった気がします」

「気が合うなお嬢さん、俺もだ」

「ハクアです。ジンさん、覚える努力をしていますか?」

「生憎、俺は人の名前を覚えるのが苦手なんだ」

「そんな話、マリさんは言ってなかったのですけどね」

「いきなり俺の球に当てるとはたいしたものだ。小兵かと思っていたが力もあるようだな。じゃあ、第二球行くぞ」

 二人が話しているうちに、いつの間にかイチジの手元に球が戻っている。

 イチジは再び、振りかぶって、投げた。

 マリがバットを振る。

 今度はマリは、コツを掴んだらしく、球を真正面へと打ち返した。

 そう、真正面にいるイチジの元へと。全身を使って投球した直後で、ほぼ無防備なイチジの元へと。

 イチジの頬に打球がめり込んだ。

 イチジは宙を舞い、そして、倒れた。

「この場合、得点とかはいるんですか? イチジさーん?」

 マリが興奮した調子で聞く。

「イチジさああああん」

 キャッチャーが悲鳴のような声を上げてイチジに駆け寄る。

 イチジは痙攣するだけで、返事をしなかった。

「やっぱりこうなると危険ですよね」

 ハクアが淡々と言う。

「えーっと、神術師さんを呼んできたほうが良さげかなあ」

 ジンも淡々と言った。

 暑い日ざしが地面を照らしている。

 ハクアはクロウの日傘によって、それから守られていた。

 気だるい空気が三人の間に漂っている。

 夏日に参加したくもないレクリエーションの練習。

 テンションを上げているのはマリぐらいのものだった。


 ジンとマリがイチジを病院へと運んでいる最中、ベースボールの練習している一団を見かけた。

 打席にはイッテツが立っている。

 彼は投げられた球を、棒を振り下ろして地面に叩きつけていた。

「だーかーら先生、それじゃ駄目なんですって」

 キャッチャー役の選手が不満げな声を上げる。周囲に散らばる他の八人の選手達も不満そうだ。

「どうして駄目なのです」

 イッテツが不思議そうに聞く。

「球を打ち返してくれないと。これじゃあゴロになっちまう」

「しかし、横に振って当てるより縦に振って当てるほうがよほど難しいんですよ?」

「その能力の高さは皆認めてます。バットを横に振ってくれるだけでよいんです」

「ベースボールのフォームを覚えると、剣術の型が崩れそうでねえ」

「先生、先生が乗り気になってくれればうちは間違いなく勝てるんです! お願いです、ほんのちょっとで良いから歩み寄ってください」

「けど、剣術の型が崩れそうで……それに前に打ったら構えている敵に向かって打つことになるでしょう? 不条理だ。どうやら私はこの競技に向いていないようだ」

 バットを放り出して、イッテツは町へ向かって歩き出した。

「先生、ちょっと待ってくださいよ、先生!」

 追いすがる声を無視して、イッテツはさっさと歩いていってしまう。

「先生、暑いの嫌いだからな……」

 ジンが呟くように言う。

「あの人が、師匠の師匠なんですか?」

 マリが興味深げに言う。

「そう。天眼流の後継者だ」

「わかる気がします。師匠も面倒臭がりですものね」

「あの人ほど逃げるのが上手くなりたいよ、俺は」

 ジンは投げやりに言った。

「えー。楽しいじゃないですか、ベースボール。スリルもあるし」

「そういうスリルは遺跡で味わえば良いんじゃないかなあ」

「危険を排除した場所でスリルを味わう。それがレクリエーションなんですよ、きっと」

「危険……排除、されてるか?」

 ジンの抱えたイチジは、白目をむいて泡を吹いていた。


「まったく、皆私がいると思って無茶をする。貴方達がまさにその典型例です」

 病室で、ソウフウ隊の副隊長ゲッカは、生徒を叱る教師のような表情になった。

「いや、不慮の事故ですって」

 手で自分を仰ぎながら、ベッドに腰掛けてジンは言う。

 イチジはベッドに寝かせられている。

 その額に、ゲッカが手を当てた。

 とたんに、荒かったイチジの呼吸が落ち着きを取り戻していく。

「貴方達がそろって腹を刺されたのも、ああ神術があれば助かるかもしれないぞ、なんて思いが頭を過ぎったからでしょう」

「勘弁してくださいよ。敵が強かったからです。誰も好き好んでどてっぱらに穴なんて空けません」

「それなら良いんですけど。まあ、些細な擦り傷でやってくる愚か者よりはマシですけどね。私は便利屋としてこの町に呼ばれたわけじゃあありませんよ」

「はい、すいません」

「じゃあ、様態が落ち着いたようなので私は行きます。一日は安静にしておいてくださいね」

 そう言って、ゲッカが去って行く。

 ほどなく、イチジが目を覚ました。

「ああ、俺は、ピッチャー返しをくらって倒れたのか……」

「ええ、白目をむいて泡吹いてましたよ」

 ジンが淡々と言う。

「すいませんイチジさん。俺、当てるつもりはなかったんですけど……まあ、結果的に当たっちゃいましたけど……」

「これって得点とか入りますー? とかはしゃいでたよなお前」

「師匠!」

 言わないでくださいよ、とばかりにマリが声を荒げる。

「いや、良いんだ。マウンドに立つものは皆、それぐらいの危険を背負っている」

「それでもやるんですかい」

「ああ」

「やめときゃ良いじゃないですか、そんな危険を背負ってまでやることはないでしょう」

「いや、それでも俺は立つんだ、マウンドに。そもそも、俺は大抵のピッチャー返しは避けれる。君の打球が鋭すぎただけだ。あの打球。君はホームランバッターになれるぞ」

 イチジはマリの手を握り、感動したように言う。

「どうしてそこまでベースボールとやらにのめり込むんですか?」

「楽しいからさ」

 イチジはさらりと言った。

「仲間とのチームワークと一体感。味方の期待を背負う中でプレーする緊張感。活躍した時の記憶は鮮やかに脳裏に残り、色あせることはない」

「なるほど、ねえ」

 ジンは、剣術道場の他流試合を思い出していた。

 あの時の仲間との一体感や、相手を打ち負かせた時の興奮はジンも覚えている。

「結局人間ってのは勝負事が大好きなんだな」

 ジンは、苦笑交じりに言う。

「君達もやってみればベースボールの楽しさに目覚めるよ。俺が保証する」

 イチジは、真剣な表情でジンを見つめる。

 ジンは照れ臭さから、返事をするのが少し遅れた。

「まあ、乗りかかった船です。やるだけやってみますよ」

 イチジは表情を輝かせた。

「師匠にしては珍しいですね。やる気になるなんて」

 マリが小声で囁く。

「ちょっとだけ、懐かしくなってな」

 ジンは、出来るだけ淡々とした口調で答えた。


 そして、練習が始まった。

 打撃練習から守備の練習、ルールの簡単な部分の把握と、ありとあらゆることを一週間かけて行なった。

 特に圧巻なのがマリの打撃で、打った球は全て遥か彼方まで飛んでいった。それはホームランと呼ばれるもので、味方に無条件で一点が与えられるらしい。

 また、ハクアは守備で魅せた。打ち返された球を、まるで鳥のような身軽さで捕まえるのである。

 クロウはキャッチャーとして安定して捕球することが出来た。

 ジンは打たれた球の飛ぶ方向を見極めることに長け、広い範囲を守ることができた。

「これは行けるぞ!」

「この新人達、やりやがる!」

 チームメイト達は興奮した。

 ジンが何より楽しみなのは、練習が終わった後の酒盛りだった。

 そこでは成り上がり者も余所者も関係なく、メンバーの一員として会話を楽しむことができた。

「なんだか私、ここに来て初めて、仲間の一員として認められた気がします」

 ハクアの、そんな一言が印象的だった。

 ただ、その隣には常にクロウが座り、他のメンバーが座れぬようにしていたが。

 そして、試合の当日がやってきたのだった。


「打順とポジションを発表する!」

 イチジが叫ぶ。

「一番、センタージン」

「おう」

「二番、セカンドハクア」

「はい」

「三番、キャッチャークロウ」

「はい」

「四番、ファーストマリ」

「はいな!」

「五番はピッチャーの俺だ」

 それぞれ打順とポジションが発表されていく。

 選ばれた人間も、選ばれなかった人間も、笑顔だった。

 ここにいる十数名の中には、一体感があった。

「良いか。他のチームに後れを取るんじゃねえぞ。そして、ベースボールを楽しむんだ!」

 イチジが言う。

「おう」

 周囲のメンバーの声が、一つに重なった。

 照れ臭いが、こういうのも悪くない。ジンは、そう思った。


 そして、試合が始まった。

 相手はフクノ領の服を着た面々だ。

 先頭バッターのジンがヒットを打って一塁に出ると、ハクアがバントで二塁に送る。

 三番バッタークロウの外野フライで、ジンが三塁へと進んだ。

 そして、マリの打順がやってきた。

 マリが安打を放てば、ジンが本塁に戻って一点となる。

 そしてマリは、このチーム一のホームランバッターなのだ。

 それはジン、ハクア、クロウ、マリの、初めてのチームプレーだった。

 相手が振りかぶって投げる。

 一球目はストライクゾーンを外れたボール。

 そして二球目だった。

 放たれた球はマリの腰の高さから膝の高さまで落ちていく変化球。

 それを、体勢を崩しながらもマリはバットで捉えた。

 打球が放たれる。

 ジンが、ハクアが、クロウが、チームメイトが、笑顔になる。

 打球は、相手ピッチャーの顔面に直撃していた。

 笑顔が、消えた。

 空気が、凍った。

 夏だというのに、やけに涼しい風が吹いた。

 ピッチャーは地面に倒れて痙攣している。

「なんだよあの打球速度」

「化け物か……てか生きてるのか?」

「交代のピッチャー、やりたい奴はいるか?」

 相手チームから声が聞こえた。

 沈黙が周囲に漂った。

「……あの、棄権します」

 フクノ領のチームリーダーが、弱弱しい声でそう言った。

「遺跡の外で怪我しても仕方ないし、ね」

「そうだな」

「解散解散」

 相手チームがピッチャーを抱えて帰って行く。

 その後、ピッチャーの見舞いに行ったジン達を待ち受けていたのは、ゲッカだった。

「また、また、また貴方達ですか。貴方達は私を便利屋と勘違いしてるんじゃないでしょうか。怪我する前に帰ってくるアオバ隊のほうがよっぽど手をかけませんよ」

 項垂れるマリに、ジンは小声で囁いた。

「まあ、楽しかったよな」

 マリは苦笑交じりに頷く。

「まあ、良い親睦会でしたよね」

「聞いてるんですかっ!? 中止です! こんなレクリエーション、中止です!」

 二人は項垂れて、ゲッカの説教を聴き続けたのだった。

野球を知らない人にはわかり辛い話だったかもしれません、ごめんなさい

次回は天下一武道会です

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