最終決戦の中で
イッテツの剣がジンの肩目掛けて振るわれる。
(素早い!)
そう思いつつも、余裕を持ってそれを剣で受け止めるジンだった。
ただ速いだけの相手なら、ジンだって何人も相手にしてきた。ただ、師にはそれ以上に先読みの才がある。
今の攻撃とて、先の攻撃に繋げるための一手でしかないのだろう。
ジンは集中の世界に入った。
自分が次にどう動くべきかが自然と頭に浮かび、体が勝手にその動きを再現する。
剣と剣が何度もぶつかり合い、火花を散らす。
気がつくと、ジンは上腕を突かれていた。
血が傷口から流れ出るが、深い傷ではない。
師は追撃とばかりに、ジンの首へと剣を横なぎに振った。
ジンはそれを辛うじて、剣で受け止める。
冷や汗が背筋を流れる。反応が少しでも遅れれば、首が落とされているところだ。
そのまま、二人は剣と剣を重ねて押し合いとなる。
集中の世界が、一時的に解けた。
「君が読めるのは、精々四手先と言ったところかな」
イッテツが微笑みながら言う。
「私が読めるのは、五手先と言った感じだ。僅差だが私の方が有利なようかな」
「年期が違うんだ。一緒にしてもらっちゃ困ります」
「君が狙っているのは持久戦かな。仲間が勝つのを待っていると言ったところか」
「どうやっても持久戦になる。それだけの話ですよ」
ジンは苦笑いして返す。
二人の剣が、離れた。
ジンは再度、集中の世界に入る。
剣と剣が再びぶつかり合い、火花を散らした。
(わかっていたことだが、やばいな……)
身体能力はやや相手のほうが高い。読みも、相手に負けている。
(このまま行けば、最終的に……負ける)
ジンの冷静な読みは、この戦いの行く末を冷静に導き出していた。
ウラクの素早い三連撃を、セツナは正確に弾き返してみせる。
ウラクは素早い。その素早さが異常なレベルため、セツナは受けに回らざるを得ない。
「相変わらず亀みたいだなあ、セツナ!」
ウラクは叫びながらも、その神速の剣捌きでセツナを徐々に後退させていく。
「予知眼の力を持ってその程度か。カミト領の後継者と選ばれながらその程度か」
「男の嫉妬は……見苦しいぜ」
振り下ろされたウラクの剣を、セツナは弾いて、反撃の一撃を繰り出す。
その時には、ウラクは既にセツナの背後に回っている。
前方に一回転して、セツナはウラクの攻撃を避けた。
わかってはいたことだが、身体能力で完全に劣っている。
ただ、生まれ持った予知眼が、セツナの首が胴体から落ちることを辛うじて防いでくれている。
(まったく、みっともない話だ)
セツナは歯噛みする。
これでも、セツナは剣の努力を惜しんだことはないつもりだった。
それがこうも容易く押されるというのは、執念の差かもしれない。
もしくは、彼はマリのように何らかの外的要因で自分の実力を補助しているのかもしれなかった。
ただ、わかることがある。
この均衡は崩れる瞬間がやってくる。その瞬間を、セツナは待っていた。
それを待って、セツナは力を貯めていた。
ウラクが、怪訝そうにぴたりと腕を止める。
「何か、待っているようだね、セツナ」
考えを読まれているらしい。セツナは、苦笑いで返した。
周囲を見渡すと、魔術合戦は炎の球の打ち消しあいで均衡を保ち、マリとバクの戦いも決め手に欠けている状態だ。
まだ、奥の手を出すには早かった。
マリの拳が、バクの頬に突き刺さる。
同時に放たれたバクの蹴りを、マリは腕で受け流している。
そのまま、マリは攻撃を続ける。
お互いの剣は既に折れ、二人は徒手空拳で戦っていた。
読みは冴え、こちらの攻撃は相手にダメージを与え、相手の攻撃は全て受け流せている。面白いほどだった。
前回は師の為に使えなかった呪法の力を完全に使えている。それが、マリが相手を圧倒している要因の一つだった。
しかし、バクが倒れる気配はない。神術のフォローを受けているのだろう。
いっそそのまま立ち続けろ、とマリは思う。
「これが私達の恨みだ、怨念だ! お前達に無残に殺された故郷の皆の恨みだ!」
マリの悲鳴のような声が、周囲に響き渡る。
しかし、バクが倒れる気配はない。
苛立たしげな表情で、攻撃を放ってはマリに防がれている。
そのうち、バクが動きを止めた。
両手をだらりと下げて、ぎらついた瞳でマリを見ている。
マリはどうしてかそれに怖気づいて、数歩下がった。
「恨み、怨念、か……」
バクは、呟くように言う。
マリは背中に差した剣を抜いた。
剣で止めを刺せばこの戦いは終わりだという確信があった。
マリの動きが、硬直した。
バクが喋ったからだ。
その内容を、マリは理解したくなかった。だから、何を喋ったかわからないふりをした。
しかし、頭は冷静にその言葉を受け止め、分析してしまっている。
呪いのように、バクの言葉はマリを抱きすくめた。
熟練の大工のような相手だ。
リッカは魔術戦をこなす相手を心の中でそう評した。
動かす火球の動きに無駄はなく、攻撃は全て相手の急所へ向けて放たれている。
それ故に、攻撃が読みやすくもあった。
威力にぶれもまったくない。
まるで職人芸だ。
相手の作った球状の炎の陣を崩すには、時間がかかりそうだった。
空中で、リッカの火球の陣とシホの火球の陣が向かい合っている。
それで良い、とリッカは思う。自分に求められているのは勝つことではなく、あくまでも相手の魔術師を封じることだ。
後はセツナ辺りが何かを考えているだろう。
リッカを凛と立たせているのは、セツナへの信頼だった。
その時、ハクアの悲鳴が上がり、リッカはシホに向けていた視線を周囲へと向けた。
マリの体に、バクの拳がめり込んでいた。
マリは血を吐いて、その場に跪く。
その顔に、容赦なくバクの蹴りが叩き込まれた。
骨が折れる鈍い音がした。
ハクアが真っ青な表情で神術を唱える。
バクはマリの髪の毛を掴み上げて、背中に差した剣を抜いた。
これを、放置しておくわけにはいかなかった。
首が胴体から離れれば、心の臓を貫かれたままにされたなら、いかに神術とて回復は難しい。
火球の一個をリッカはバクに向って飛ばす。
そうやって出来た、火球の陣の隙間を縫うように、シホの火球がリッカに襲い掛かった。
「まずった」
辛うじて身の近くの火球で防いだリッカだが、腕に重度の火傷が出来たのが痛みでわかる。鎖帷子の鉄は熱せられ、肉を焼く嫌な匂いが鼻を突く。
ハクアはマリの治療に付きっ切りでこちらを回復する余裕は無さそうだ。
(……痛みで、集中力が、不味い)
リッカは歯を食いしばって、襲い掛かってくる火球に対処した。
しかし、両者の中央で拮抗していた火球の陣は、徐々に押されつつあった。
痛みで頭が朦朧とする。
血の味が口の中ににじむほどに下唇を噛んで、リッカは立ち留まっていた。
ジンはイッテツの振り下ろした剣を後方に引きつつ防いだ、つもりだった。
しかし、ジンの眉間には深い傷が刻まれている。
視線を上に向けさせて、次は下への攻撃。師匠の手はある程度読めている。
しかし、読んでいたはずの足に向っての横薙ぎの攻撃も、ジンは完全にはかわせなかった。
太腿を、熱さと痛みが包む。
「これは興ざめだな、ジン君。私が揺さぶるまでもなく、君は勝手に動揺しているようだ」
イッテツは呆れたように、攻撃の手を止めた。
ジンは両手で剣を構え、気合を入れようとする。
しかし、集中力が上手く練れない。
既にジンの体は傷だらけだった。体のあちこちに突きの傷がある。
それでも、致命傷や体の動きに関わる傷だけは辛うじてひとつもない。
違和感があった。それはどんどん、ジンの中で大きくなって行く。
マリと共有していた呪いが、非常にか細くなってしまっている。この程度の呪いなら、封じる必要すらないほどだ。
マリに、何かあったと考えるしかないようだ。
「そういえば、君と弟子は呪いを共有しているんだったかな。その関係で弟子の危機でも察知しましたか。くだらない。簡単な真理を教えてあげましょう、ジン君。大事なものを守るための力なんて必要ないのですよ。守るものができれば人は弱くなるのだから。自ら弱点を作る。愚か者のすることです」
ジンは集中の世界に入ろうとする。
しかし、集中力が上手くまとまらない。
「そんな、愚かなことでしょうか」
ジンは、問う。
「生きていれば自然と、大事なものは出来る。その大事なものの為に戦うというのは、そんなに馬鹿げたことでしょうか」
「馬鹿げたことですよ。それをたった今、君が証明しているじゃないですか。以前も語ったでしょう。死兵こそが強く、故郷の守るものを考えて怯える兵は弱いと。人は争う生き物だ。だからこそ、守るものなど必要がない」
「違う。生き物は命を紡ぎ守る。大事な人と、大事な時間を分かち合って生きる。だからこそ、守る力が必要なんだ。守る為に、剣を取るんだ」
シホとの思い出が、マリとの思い出が、ジンの脳裏に蘇る。ジンはいつだってそれらを守りたかった。
「そんな甘い考えは、守れる力があってこそ意味を成す。今の君はただ綺麗な言葉を口にしているだけにしか過ぎない。暴虐な殺意の前に甘い理想論など紙くずのようなものです」
「じゃあ、勝ったほうが正しいっつーことで、どうでしょうかね」
「ええ、私に勝って、証明して見せることです」
愚かしい手だとはわかっていた。
けれども、ジンに残された手段はそれしか残っていなかった。
ジンは剣を大きく引く。それは、次の横薙ぎの一撃に全てをかけたフォーム。
一の太刀の構えだった。
ジンは集中力を研ぎ澄ます。
ここで自分が負けては、元も子もない。マリを救う事だってできやしない。ならば、目の前の難敵をどうにか処理するしかなかった。
バクの腕付近で火球が爆発して、掴まれていたマリは解き放たれた。
マリは後方へ飛んで相手から距離を取る。
平衡感覚はまだ完全に戻っていないが、辛うじて戦いにはなりそうだ。
マリとバクは互いに剣を構え、向かい合っている。
その次の瞬間、バクが前進してマリに切りかかった。
マリはそれを防ぐが、剣が砕け散った。
バクの蹴りが続いてマリの腹部に突き刺さる。
骨の折れる、嫌な音がした。
マリは後方に吹き飛んで、地面を転がる。
慌てて立ち上がるが、必殺の拳も呪いの力を失ってしまっている。姫の加護の力はあるが、精々通常時の二段階解放程度の力だ。
四段階解放でようやく対等に戦えるであろう相手に対しては、不足でしかない。
それでも、マリは戦い続ける。
「王の命令だったんだよ」
バクの言葉が、脳裏に蘇る。
「お前らの里には魔術師が沢山いた。それを不気味がった王が、俺達流れ者に処理を頼んだんだ」
つまり、バクを恨んでいたマリはとんだ見当違いをしていたということになる。
射手を恨めても、射た矢そのものは恨めない。
動揺のせいか、呪いの力は急激に弱まってしまっていた。
(私は、私達は、誰を呪えば良い? 王様? それとも、村に住んでいた人の一部が生まれ持って得ていた魔術の力? 私達の人生は一体、なんだったの?)
動揺は、戦闘中においても隙を作る。
(迷うな、私は戦士だ。最後まで戦い続ける)
そう思って足掻くのだが、身体能力の差は如何ともし難い。
マリは腹部を殴られ、頭を鷲掴みにされた。
「マリさん!」
ハクアの悲鳴が、周囲に響き渡る。
マリの胸に、バクの剣が突き刺さっていた。
次回
「覚醒」




