全ての真相
彼には剣の才があった。
子供の頃から、大人にすら勝てた。
だから、いつも思うことがあった。
どうして今の世は戦乱の世ではないのだろうということだ。
戦乱の中ならば、彼はいくらでも名を上げることができただろう。
しかし、各国同盟の戦力バランスが均衡し、平和な今の時代には名を上げる機会などどこにもない。
戦記を読んでは、彼は歯噛みした。時代さえ違えば、自分は歴史に名を残す剣士にすらなれるのに、と。兵達を指揮する立場まで昇りつめ、優秀な将としても活躍できただろうにと。
皮肉なことに、生まれ持った剣の才が、彼の心から満足感を奪っていた。
その思いを抱えたまま彼は成長し、成熟し、そして身体能力に衰えが見えるまでになった。
剣の才を持って平和な世の中に生まれた。それこそが、彼の悲劇だった。
「無用心だな」
ただ一人で通路を守るイッテツに、セツナが言って剣の柄に手をかける。
「ここで五人でお前を襲ってしまえばかたがつく話だ」
「そうなれば私は逃げるだけですね」
イッテツは余裕の笑みを崩さない。
リッカが苛立つように眉間にしわをよせ、口を開く。
「そう簡単に逃すと思う~?」
イッテツはふと違和感を覚えたような表情になり、一歩前に進んだ。
その背後に、炎の壁が現れて退路を断つ。リッカの魔術だ。
その炎の壁が、打ち消されるように消えて、リッカの眉間にますますしわがよる。
「魔術師は待機させてるわけか~」
「私も最低限の用心はしているのでね」
イッテツの顔に、再度笑みが浮かび上がる。
その視線が、ジンの視線と交わりあった。
「皆を連れて行ってください、セツナさん」
ジンは、溜息混じりに言う。
「一人で相手をする気か?」
「この狭い場所で魔術合戦をされては何が起こるかわかったものじゃない。師匠も熟練の使い手です。まかり間違ってリッカさんを失いでもしたら、痛手なんてものじゃすまない」
「良い潔さだ、ジン君」
イッテツは満足げに、元々上を向いていた唇の端をさらに持ち上げる。
「師匠。お互い剣を鞘に収めて、平和的に通り過ぎましょうや」
「良いでしょう。そちらも柄には手をかけぬことだ」
交渉は成立した。
ジンはイッテツとの一対一の戦いを承諾したのだ。
「……死ぬなよ」
言って、セツナは歩き出す。
「待ってください」
言ったのは、ハクアだ。
「本当にその魔法陣が世界を平和にするものならば、話し合う余地はあるはずです。王家の人間の調査を受ければ、また違った形になるかもしれない」
「調査されては困るから、我々はこの蛮行を行なっている。そうとは察せないんですかね」
嘲笑するようにイッテツは言う。
ハクアは眉間にしわを寄せ、納得したようにセツナの後を追った。リッカもその後を追い、ハクアの頭を撫でる。
そして、歩き始めたマリの体を、ジンは抱きしめていた。
マリはくすぐったげに微笑む。
「死ぬなよ」
未来の自分が伝えた言葉を思い出す。
マリは死ぬ。これから、この戦いで。
しかし、未来のジンが持ってきた奏者の証で、それを回避できる可能性は生まれているはずだ。そう思いつつも、不安は拭えないジンだった。
「……師匠こそ」
マリはそう言って微笑むと、ジンの頬にキスをした。
「私、師匠と話したいこと、まだまだ一杯あります。これから先のこととか、色々」
マリは愛しげに目を細めた。
「だから、死なないでください」
「ああ。二人で、生き残るんだ」
ジンは、マリの体を離す。
「行け」
「はい」
凛とした声でジンが言うと、マリは駆けて他の三人の後を追っていった。
後には、師弟が一組だけ残された。
同じぐらいの若さの、不可思議な師弟だ。
「流石だと言っておきましょう、ジン君」
「なんのことですかね」
「貴方は強い」
イッテツは、確信を篭めて言う。
「その強さは、今となっては彼らの精神的な支柱とも言えるでしょう。貴方は五対五の場面を選択して、自分が押される姿を周囲に見せて、士気が鈍るのを恐れた。指輪をつけていないのもそのためでしょう」
ジンは否定しなかった。イッテツの言い分は、間違ってはいなかったからだ。
マリには十全の状態で力を発揮して欲しいジンだった。
「指輪をいらないと言い始めたのはセツナさんですが、まあ後は大体お察しの通りです」
イッテツは興奮を押し殺すように、喋り続ける。
「君は優秀な将になれる。才能に溢れている。君も悲劇の人間だ、ジン君。平和な時代に生まれたが為に才能を持て余している。ねえ、ジン君。我々の仲間になりませんか」
「矛盾しているな」
ジンは、吐き捨てるように言う。
「あんた達の題目で言えば、この魔方陣は平和な世界を作る為のもののはずだ。けど先生、あんたは乱世を望む人間のはずだ」
さっきのイッテツの発言からも、彼らが平和を望んでいるというのは偽りだとわかりきっていた。
「……この大陸は平和にはなるでしょう。誰もが、コウキ君を王と認めるようになるのですからね」
「やはり、ただの洗脳装置か」
「それも不完全な、ね。ここの魔方陣は理屈はわからないが、大陸全土に根を張って人が使った魔力の一部を吸収するように出来ている。しかし、前回の魔方陣の発動からの魔力の衰退や、統一王による魔術の禁制のおかげで十分に魔力がたまっていない。精々、小さな大陸を覆う程度でしょう」
大陸を覆うだけでも十分に異常な魔力の貯蔵量だ。それほど、前の魔方陣の発動から長い時間が経っているということなのだろう。
「それでもコウキ君を王と認めた人々は忠実な兵となる。闘争心は失えど、忠実に剣を習い忠実に戦場で死ぬ兵士とね。後は各国の古い文研を読み漁り、失われた高度な船の造船技術を蘇らせる」
「大陸は平和になると言ったが、それも嘘かな」
「いえ、この大陸は平和になります。他の大陸はそうではありませんがね。ジン君、我々は剣を振るえるのですよ。他の大陸で兵を指揮し、戦い、存分に己の才を発揮できる。それこそが我々が生まれた意味では無いのかな」
悦ばしげに言うイッテツを、ジンは冷めた目で見つめている。
「……平行線ですよ、師匠。俺には、大事な人を守れるだけの強さがあれば良い。貴方と俺は決定的に違っている。貴方はどこまでも人間だ。貪欲で、自己顕示の為に他者を傷つけることも厭わない。俺は、そうじゃない。人間じゃなくて、良い」
「そうですか」
イッテツは、天を仰いだ。興が削がれた、とでも言いたげな態度だった。
「残念だ。なら、ここで死になさい、ジン君。私の活躍を記した絵物語に、君の名前も付け加えてあげよう。才能に恵まれた弟子を殺し、私は王の誕生を補佐したと」
イッテツが再度ジンを見つめる。その瞳に、なんの感情も浮かんではいない。ただ、相手を殺すことだけに意識を集中させた人殺しの眼だった。
ジンも、苦い思いを噛み殺しながら剣を抜いた。
苦しい戦いになるだろう。老いた師にすら、ジンは苦戦を強いられた。それが今は、どういうわけか相手が若返っている。
若返りの薬を代償に仲間入りをした、と言ったところなのだろう。
他の四人に自分の苦戦を見せなくてすむことが、せめてもの救いだった。
「師匠は、勝てるでしょうか」
走りながら、呟くようにマリは言う。
セツナは、答えない。
マリだって、わかっているのだ。衰えたイッテツにすら苦戦したジンが、全盛期のイッテツを圧倒できるわけがない。
「今は前に進む事だ。最下層は、すぐそこまで来ている。奴らがいつ儀式を始めるかわかったものではない」
そして四人は、広いフロアに出た。
フロアには既に敵の四人が待ち受けていた。
フロアの奥には、剣を刺すような台座がある。
マリはバクを、セツナはウラクを、リッカはシホを、ハクアはコウキを、それぞれ見つめる。
優越感すら感じさせる笑みを敵は浮かべていた。
ハクアは息を呑んだ。
彼らのレベルの戦いに、ハクアはついていけはしない。ただ、できるのは神術でフォローするだけだ。
「決着をつけようか」
そう言って、ウラクが剣を鞘から抜く。
「無駄に長かった、我々の因縁に」
「ああ、長かった」
バクが言葉を続けて剣を抜く。
「だが、お前には感謝している。その印を、今日はその体に刻んでやろう」
シホは黙って、ただ微笑んでいる。その耳には、相変わらず金のイヤリングが輝いている。
その周囲に、幾重もの球状の炎が現れた。
コウキが口を開く。
「このフロアに入った時点で、僕は自分達の勝利を疑っちゃいないよ。存分にやってくれ」
そう言って、コウキは台座の手前まで引いた。
「……やるぞ」
セツナが言って、剣を抜く。
マリも、それに続いた。
リッカの周囲には、既に幾重もの球状の炎が浮かんでいる。
「一人でも負けたら、終わりと思え」
「アイサ」
セツナの言葉に、マリが呟くように返す。
その表情は、既に憎悪で塗り固められている。
マリは左腕に手を伸ばした。腕輪が外される音が二回重なった。
マリは既に呪法の二段階解放していたので、四段階の解放を行なったのだろう。
後のことは考えていないらしかった。
最終決戦が、始まろうとしていた。
次回
最終決戦の中で
マリが苦戦を強いられます




