外伝:池内 美夕
今日は金曜日。いつの間にかすっかり月一の恒例となった、美夕と彼氏さんとの宅飲みの日。
美夕たちの職場は週末の方が忙しいだろうに、いつも私たちに合わせてくれて、手土産と共に我が家へ遊びに来てくれる。
今夜は律くんの方が少し早く帰宅していた。
「おかえり沙樹」
律くんはサラダを作ってるところ、だって。何のサラダかな?律くんのサラダ楽しみ。
美夕からピザが食べたいとリクエストがあったので、朝のうちに生地を用意して冷蔵庫に準備しておいた。私はそれを取り出して、麺棒で伸ばしていく。ソースも昨日のうちに2種類用意してある。だから伸ばして塗って焼くだけ。きっと美夕はそれをわかった上でいつもリクエストしてくれているんだと思う。ありがとうね。
サラダが完成して、あとはピザを焼くだけになったところで2人が到着した。
「いらっしゃい」
律くんが玄関先で2人を出迎える。私もピザをオーブンに入れてから急いで顔を出した。美夕がブーツを脱いでいるところだった。
「こんばんはー」
「律さん、これ少しですけれど」
彼氏さんが重そうな袋を律くんに手渡している。
「いつもありがとうね、坂下くん」
「こちらこそです。沙樹さんのピザ楽しみに来ました」
美夕たちが買ってきてくれたデリをお皿に盛りつける。それから焼きたてのピザを2枚、大きなお皿に乗せて食卓へ運ぶ。律くんのお手製海鮮サラダ、とっても美味しそう。次のピザ2枚をオーブンに入れてスイッチを押してから席についた。律くんは2人が持ってきてくれたワインをワインクーラーに入れている。
「冷えるまでビールでいい?」
律くんが一応尋ねてはいるものの、テーブルの上にはビール用のグラスが既に用意してある。毎月がこのパターンなの。
「ありがとうございます!ビールください!」
美夕、喉カラカラなのかな。急いで乾杯しようね。
4人で乾杯して、恒例宅飲み会が始まった。
グラスを変えてワインを飲み始めたところで、突然美夕から来年の予定を聞かれた。
「2人は来年の夏休みの予定もう決まってる?」
律くんと私は顔を見合わせた。去年は新婚旅行に行った。今年は律くんのご実家へ伺った。今は10月の下旬。来年の予定はまだ全く立てていないよ。
「ううん、まだ決めていないよ」
今度はその返事を聞いた美夕と彼氏さんが顔を見合わせる。そして美夕が鞄から白い封筒を取り出した。
「廣田さん、沙樹、これ受け取ってください」
美夕が頭を下げながら両手で封筒を差し出す。隣で彼氏さんもペコリと頭を下げた。――もしかして
律くんと一緒に封筒の中身を確認した。中にはバースデーカードみたいな二つ折りのカードが1枚入っていた。そこにはよく知っている美夕の文字で[私たち結婚することになりました]
「おめでとう!美夕、坂下くん!」
「おめでとう」
美夕は真っ赤な顔をしてグラスの中身を一気に空けた。彼氏さんはそんな美夕を見慣れているのか、やれやれって感じで見守っている。うん、私も知っているよ。美夕は照れるとすぐ目の前のもの飲み干しちゃうんだよね。もしかして美夕、プロポーズされた時も一気飲みしちゃったのかな。
グラスを置いた美夕が、一度彼氏さんの顔を見てから私たちに向き直った。
「ありがとう。それでね、お2人にも式に参列してもらいたいなと思って」
カードには来年の7月、タイのサムイ島で挙式をすると書いてある。海外ウエディングかー。美夕にとっても似合いそう。そういえば初めて美夕の誕生日をお祝いしたのがタイ料理のお店だったっけ。当時は美夕がタイ好きだなんて知らなかったんだ。なんとなくエスニック系が好きかな、って3人で話したことは憶えている。
「ご招待ありがとう坂下くん、池内さん。2人で出席させてもらうよ」
律くんもすごく嬉しそう。律くんが了承したから私もすぐに頷いた。
「うん、必ず参列させてもらうね。おめでとう!」
挙式には2人の同級生、それからお互いの古い友人を数人ずつ招待するんだと聞いた。そして後日このS市で披露パーティーを開く予定だとも。そのパーティーには横山さんにも招待状を送るつもりだって言っている。うん、横山さんもきっとお祝いに来てくれると思う。
2人が帰った後、後片付けを済ませてお茶を淹れた。
「今日は嬉しい報告が聞けたね」
「うん」
4人でこうして会うようになって、もう3年近い。美夕と彼氏さんが付き合ってからは、5年経ったのかな。2人の結婚式、お洒落なんだろうなー。お友達もきっとみんなお洒落な子ばかりだよね。すっごく楽しみ。美夕綺麗だろうね。どんなドレス選んだのかな。今から来年の夏が待ち遠しい。
律くんと旅行できるのも嬉しい。まさか来年海外旅行ができるなんて思ってもいなかったね。
それから数日後、美夕と彼氏さん連名の正式な招待状が届いた。サムイ島での挙式の日程と、9月に開くパーティーの詳細も書かれていた。中には美夕たちが挙式するヴィラの案内も入っていて、2泊分部屋を用意してくれていると書いてあった。その続きは美夕の手書きで「今なら延泊可能みたい!それと交通費出せなくてごめんね。ご祝儀はご辞退します!」と添えてくれていた。
せっかくタイまで行くんだもん。もう少しゆっくり楽しんできたいな。そう思っていたら、律くんも同意見だったみたい。
「どうする?予約しようか。別のホテルにした方がいいかな」
美夕と彼氏さんは新婚旅行も兼ねているもんね。挙式の後は2人で過ごしたいよね。でも美夕がわざわざ延泊可能って書いてくれたのは、勧めてくれてるってことかな。
「美夕に聞いてみようか?」
その場で美夕にLINEを送った。
[招待状届いたよ。ありがとう]
[私たちも数泊しようと思うの]
[同じところに泊っても平気?]
送っている最中に既読がついた。そして3つ目を送ったと同時に返信が届く。最初に届いたのは大きなハートを持ち上げているブサうさのスタンプだった。
[大歓迎!うちらに気を使わないでね。沙樹たちも楽しんで!]
一緒に画面を見ていた律くんも嬉しそうな顔をしているから、ここは遠慮なく延泊しちゃおうか。ヴィラならあまり2人のお邪魔にもならなそうだよね。
◇◇◇
律くんも私も無事休暇をもらえて、タイへ向かった。サムイ島に着いたらびっくりしたよ。すごく可愛い空港!こんな空港があるなんて知らなかった。挙式に参列する人はみんな同じ便だったようで、ヴィラから迎えの車が来てくれていた。迷わずたどり着けて有難かったよ、手配してくれてありがとうね。
案内されたお部屋も広くてびっくり。南国へ来たのは初めてなのだけれど、初めてがこんな素敵なヴィラで、律くんと一緒で嬉しい。
参列用の律くんのスーツや、私のワンピースを広げて荷物の整理をしていた時、美夕と彼氏さんが部屋に挨拶に来てくれた。
「律さん、沙樹さん、遠いところお越し下さりありがとうございます」
彼氏さんの隣で美夕も一緒に頭を下げている。
「坂下くん、池内さん、おめでとう。忙しいところ挨拶ありがとう」
私も律くんの隣でペコりと頭を下げた。なんだか変な感じだね、美夕。美夕も恥ずかしそうに笑っていた。
「明日、楽しみにしているね。挨拶まだあるでしょう?私たちのことは気にせずお友達のところへ行ってあげてね」
きっと、私たちのところへ一番先に来てくれたんだよね。気を使ってくれてありがとう。
その日の夜は、フロントでお勧めしてもらった地元のレストランに行った。本場で食べるタイ料理、すごく美味しい。空港からご一緒した女の子たちの姿も見えた。美夕の友達かな?
翌日、2人の挙式の日は快晴だった。何度も美夕が「雨だけが心配」って言っていたから、晴れてよかった。海に面した式場が、たくさんの白い花で飾られていた。プルメリアだよね?素敵。美夕はレースで首元や袖が覆われた軽やかなマーメードドレスに身を包んでいる。髪はお友達が手伝ってくれたのかな?さすが美容師さん!って感じ!すっきりとしているのに、ものすごく凝った編みこみが施されていて、美夕にとても似合っている。ベールはね、私が挙式で使ったものなの。美夕から「貸してもらいたい」って言われてすごく嬉しかった。坂下くん、美夕本当におめでとう。末永くお幸せに。そしてこれからもよろしくね。
2人のお友達もほとんどが挙式後も数日滞在していくようで、次の日以降も朝食の時にお見かけした。朝食はフロントのある建物に併設のレストランで用意されているの。お粥がね、とっても美味しかったよ。空調が恐ろしいほど効いているから、冷えた身体にお粥が嬉しかった。おかしいね。
プールやビーチを満喫して、私たちは坂下夫妻より一足先に帰国した。
そして9月。2人のパーティー前夜、我が家には懐かしい来客があった。
仕事帰りにS駅まで迎えに行っていた律くんが、横山さんを連れて帰ってくる。
「沙樹ちゃん久しぶり!いやーなんかこの家初めて来たって気がしないわ」
「お久しぶりです、横山さん」
横山さん、全然変わってない。いいこと、だよね?
早速3人で夕食を囲んだ。遠方から来てくれた方へのおもてなしだと言うのに、テーブルの上にはおむすびと卵焼き。もちろんそれだけじゃないよ。魚介の方が嬉しいかなと思って、お刺身や鮭の南蛮漬けを用意した。ビールを開けて乾杯。
「いやー、まさか俺だけ取り残されるとは思ってなかったわ」
くぅーっ!と美味しそうにビールを飲んだ人から出た言葉のギャップに、なんとも返しようがなくて、私たちは曖昧に笑ってごまかした。律くんも無視してるみたいだから、私も何も言わなくていいよね。
「美夕の結婚式の写真見ますか?」
タブレットを開いて、横山さんと3人で写真を見た。
「いいとこだな。俺も結婚する時ここにしようかな」
その言葉に思わず私は、横山さんではなくて律くんの方を見た。目が合う。
「できたの?彼女」
「いるように見えるー?」
変わってないね、律くんと横山さんのやり取り。それを聞いて私はくすくすと笑っていた。
パーティーはレストランを貸し切りで行われる。ネーヴェフレスカではない、少し郊外の新しいレストラン。これが、有難いことにM駅からの送迎バスを用意してくれていて、私たちは歩いてバス乗り場に向かった。
この日は2人のご両親や親戚は参加していなくて、2次会みたいな形式のパーティーだった。「平服で来てね」と言われていたので、私は深い緑色のワンピース、律くんと横山さんはスーツを着ている。2人ともカラフルなシャツを選んでいた。新鮮でいい感じ。
美夕はミニスカートの白いウエディングドレスで、めちゃくちゃ可愛い。髪はすごいボリュームに盛り盛りに盛っていて、小さなクラウンがちょこんと乗っていた。彼氏さん――じゃなくて夫さんはというと、その美夕に負けないド派手なツンツンの髪形に、ネオンブルーのスーツを着ていた。これが美容師さん同士の結婚か!と圧倒されちゃった。
会場の中には明らかに同業の方と思われるド派手な一角があったことも付け加えておきましょう。普通の方?もいて安心だったよ。挙式でご一緒した方々と目が合った時はお互い苦笑いしちゃったね。
お酒を飲んでいたので、S駅までの見送りは電車で行った。
「呼んでもらえてよかったよ。来れてよかった。またいつか来るわ」
横山さんは、そう言って帰っていった。私もまたお会いしたいです。その日までお元気で。
その後も我が家での宅飲みは続いている。美夕とは今までより少し家が遠くなったけれど、電車1本で行き来できる距離。2人は結婚しても今までと全く変わってない感じ。でも、それを言ったらきっと「沙樹と廣田さんも全然変わってないよ」って言われるかな。なんだかそんな気がする。それにね
「沙樹、たまには2人で飲みに行こうよ。その時は男同士飲みに行かせればいいじゃん」
だって。美夕と私も変わってないね。それが嬉しい。そうだね、時々は2人だけで会おう。お互いの旦那さん自慢しようか。私も美夕の旦那さんのいいところいっぱい知ってるよ。それに美夕の口から律くん褒めてもらうの、すごく嬉しいんだ。こんな話ができる友達は美夕ひとりだけ。だからこれからも女子会しようね。




