表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/53

第二十二話「コーヒーカップに、レモンタルトを添えて」

カラン――


小さな鈴の音とともに、午後の日差しがふたりを包み込む。いつもの店内。けれど、どこか少しだけ違って見えた。


 

「いらっしゃいませ……あら」


 

奥から顔を出した女性店員が遥を見て、目を見開く。


 

「遥ちゃん、無事だったのね。ほんとに良かった」



「ご心配をおかけして、すみません。……ご無沙汰していました」



「ううん、いいのよ。元気な顔が見られて、安心したわ。今日は――」


 


ちら、と隣の悠真を見る。


 


「いつもの彼と一緒なのね?」



「はい。東雲さんです」



「どうも」


 


ふたりは案内されるまま、窓際の席に腰を下ろす。いつもと同じ席。けれど、そこにある空気は、確かに少し変わっていた。



「……ほんとうに、この場所って落ち着きますね」


 

遥がそう言いながらカップを手に取る。


 

「少し来れなかっただけなのに、不思議と懐かしく感じます」


 

「俺は……ずっと通ってましたよ」


 

「知っています。私が入院している間も来てたって、この間お見舞いに来てくれた店長さんが言ってました」


 

「……そうでしたか」


 


互いのカップから上る湯気が、ふわりと空気に溶けていく。


 

「このお菓子、初めて見ました。季節限定ですか?」



「はい。レモンのタルトです。春先から少しの間だけ出てるんです。……よろしければ、ひとくちどうぞ」



「……いいんですか?」


 

「ええ。おすすめですから」


 


そっと差し出された小さなフォークを受け取る。控えめに一口頬張ると、爽やかな酸味が広がった。


 

「……確かに、うまいです」


 

「ふふ、よかった」


 

言葉の間に流れる静けさは、決して気まずさではない。そこには、病室で分かち合った言葉の続きが、静かに息づいていた。


 

「……東雲さんって、本を読むの……好きなんですか?」



「え? ああ、はい。小説が多いですけど。ミステリーとか、ちょっと変わった世界の話とか」



「なんだか、意外です」



「……似合いませんか?」



遥が少し微笑む。どこか照れたように。



「いえ、ちょっと意外でしたけど……でも、似合ってると思います」



「……ありがとうございます。雪村さんは?」



「私は……あまり読書は得意じゃなくて。でも、詩集を眺めたりはします」



「詩集、ですか」



「言葉が、綺麗で……。それに、一度に読む量が少なくて済むので、落ち着くんです」



その答えに、東雲は小さく頷いた。

確かに、彼女にはそういう静けさのあるものが似合っている気がした。



会話の合間に訪れる沈黙も、今は心地よい。

そのたびに、ふたりは互いの存在を確かめるように目を合わせ、小さく微笑み合った。



「……変ですね。こんな風に、誰かと趣味の話とかするの、久しぶりかもしれません」



「……僕も、そうかもしれません」



どこまでも静かで、優しい時間だった。

まるで、ここだけ別の空気が流れているような。

けれどその穏やかさの中で、ふたりの距離はほんの少し、確かに縮まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ