表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コーヒーカップに、ひとしずくのミルクを入れて  作者: AI+


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/53

第二十一話「まだ、名前のない気持ち」

二人がカフェに向かって歩いていると、遥がふと立ち止まった。


歩道の先――スーツ姿の男が街路樹の影から現れた。


やわらかな春風に揺れる髪、そしてこちらを静かに見つめる瞳。


 


「……兄さん」


 


兄は腕を組み、わずかに眉を下げた。


 


「まだ、万全でないんだろう?――心配して来ただけだ」


 


悠真は少しだけ身構える。だが、その顔に見覚えがある。カフェから病院へ遥を背負って運んできたあの男――遥の兄だ。


 


「東雲悠真くん、だったな。……妹がお世話になっている」


 


「いえ……いえ、こちらこそ」


 


礼の言葉は素直なものだったが、その声の奥にかすかに揺れる葛藤のようなものが見えた。


 


「兄さん、ほんとに……ありがと。今日はもう、大丈夫だから」


 


遥の声には、遠慮がちだがやさしい温度が含まれていた。


兄の表情がわずかに崩れた。ほっとしたような、でもその奥に、ずっと消えない影を抱えているような目だった。


 


「……そうか。無理はするな。……本当に、何かあったらすぐに連絡をくれ」


 


「うん」


 


短い沈黙がふたりの間に生まれる。


その空気を感じ取った悠真が、控えめに一歩下がろうとしたときだった。


 


「……俺が、あの日早く帰っていれば――」


 


その一言は、まるで独り言のように空へ放たれた。


遥は一瞬だけ目を伏せ、そしてゆっくりと首を振った。


 


「……そんなこと、思ってないよ。私の方こそ……ごめんね」


 


兄は何も言わず、ただ遥の頭にそっと手を乗せた。


撫でるでも、押しつけるでもなく、ただそこに「在る」ような手。


その手に、遥は少しだけ寄りかかるように身を預けた。


 


「じゃあ、行くね」


 


「……気をつけてな」


 


並んで歩き出した悠真と遥。夕陽の落ちかけた歩道に、影がふたつ並ぶ。


 


「……兄さん、昔からああいう人なんです。すごく、心配性で」


 


「うん……なんか、わかる気がします」


 


「ほんとは、もっとちゃんと笑わせてあげたいんですけどね」


 


その横顔に、悠真は何も言えなかった。ただ、心のどこかに少しだけ灯ったものを、大事にしまって歩いた。


 


そして、まだ名前のない気持ちが、確かに――そこに在った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ