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690.F級の僕は、アナスタシアの話を聞く


6月23日 火曜日21



アナスタシアは、彼女が突然持ち出してきた“取引”なるものが、僕にとってとても有益なはずと口にしているけれど……


「取引って、何の取引だ?」

「あれ?」


彼女がお道化(どけ)たような雰囲気になった。


「話せたのね」

「何を言って……」

「全然話さないから、もしかして言葉が通じていないのかと、ちょっと心配になっていたところよ」


なんだその“友達感覚”の物言いは?

というかこいつ、さっきまで僕を殺す気満々で襲い掛かってきていたよな?

いくらお人好しを自認する僕でも、さすがにそういう相手とすぐに打ち解けてにこやかに会話は交わせないわけで……

まあしかし、ここはあえて自分の感情は押さえて、情報収集を試みる事にしよう。


僕は周囲に散らばる死体に視線を向けながら問いかけてみた。


「この人達を殺したのって……」


彼女は質問が終わる前に即答してきた。


「ええ、私よ」

「彼等は……」

「宮廷特務の精鋭達よ」


という事はユーリヤさんの予想通り、ここを拠点にして活動していたのは、“ただの山賊達”では無かったって事だろう。

……あれ?

だとすると……

心の中に沸き上がってきている違和感を、僕自身が言語化する前に、アナスタシアが口を開いていた。


「なんで帝国軍人、それも重要な役職に就いている人間が、宮廷特務の精鋭達を殲滅したか、でしょ?」


まあそういう事なんだけど。

しかしこのアナスタシアという女性。

いちいちこちらの考えを先読みしてくるので、話しづらい事この上ない。

さっきイヴァンの名前が出た時、動悸がどうたらとか(つぶや)いていたし、多分だけど、彼女の発する言葉に対して、僕の身体が無自覚的に反応するのを“観察”している結果かもしれないけれど、それはそれで滅茶苦茶怖い話でもある。


僕の心の動きを知ってか知らずか、彼女は勝手に話を進めていく。


「とりあえず説明させて。これは私があなたに持ち掛けたい“取引”とも直接関係する話だから」


そう前置きして、アナスタシアがつらつらと話し始めた。


彼女は帝国建国以来の軍事貴族の名門、オボレンスカヤ家の長女なのだという。

一族の皆がそうであったように、彼女もまた幼い頃から武芸百般を修め、特に剣の道に関しては神に愛されていると噂されるほどの才を開花させるに至った。

試合、決闘、実戦を問わず、1,000を超える立ち合いにおいて常に不敗。

毎年開催されている、帝国で最も権威のある武術大会に、年齢規定を特例で免除され、10歳の時に初参戦。

以来、18歳の今に至るまで9連覇を成し遂げ、剣聖と畏怖されるに至っている……


「で、昨年高等教育機関を卒業と同時に、あなたの“大嫌いな”イヴァン将軍から直々に乞われて近衛第一軍団に入団。今年、前任者の退団に伴い、副団長に抜擢された……」


その直後、現皇帝ロマン=ザハーリンが“謎の奇病(第532話)”に冒され、人事不省に陥った、

その事実は世間に広く公表されはしなかったものの、軍中枢部にいたアナスタシアには伝えられていた。

彼女は縁有って、幼少期より皇帝から非常に可愛がられていた。

そのため当然ながら見舞いを申し出たが、それは宮廷魔導士長であるニヌルタにより却下された。


「以前から、ニヌルタと会話を交わす時、彼には違和感を抱いていたの」

「違和感?」


彼女がにやりとした。


「ほら、私って、相手の顔色診れば、大体、相手が何を考えているのか分かるじゃない?」


アナスタシアによると、人は何か関心を引く話を聞いた時、自分にとって思い入れのある単語を聞いた時、心拍数、呼吸数、発汗量、表情筋の緊張、瞳孔の動きと大きさ等々に著明な変化が現れるのだという……

って、やっぱり、先程の僕との会話の中でも、そういう身体的な微小な変化を敏感に感じ取り、そこから僕の感情なり考えている事なりを類推していたって事らしい。


「それはそういうスキルを持っているって事か?」

「何言っているの? スキルなんかいらないでしょ。逆にそういうのを読み取れなくて、どうやって相手と立ち合うの?」


……うん。

つまり究極脳筋というか、凄まじい修行の果てに達人が到達する境地というか……

つまりそういう事のようだ。


黙っていると、アナスタシアが話を続けた。


「話を戻すけれど、ニヌルタは違った……」


アナスタシアは、以前からニヌルタと会話を交わす際、彼の身体に生じる微小な変化が、明らかに普通の人間(ヒューマン)のそれとは異なっている事に気付いていたのだという。

そして“謎の奇病”に関する彼との一連の会話を通して、アナスタシアはニヌルタこそが皇帝をこのような状況に陥らせた張本人であると確信したらしい。


「つまり帝国中枢に人モドキ(シュードヒューマン)が入り込んでいて、そいつは皇帝陛下に反逆している可能性が有るの」

「なら、それを声高に主張すればいいじゃないか。帝国のお偉いさん達は、ハーフエルフが帝位を継ぐ事に猛反対しているわけだし、ニヌルタが魔族だってはきっきり主張すれば……」

「待って!」


アナスタシアが僕の言葉を遮った。


「ニヌルタが魔族って言った?」

「言ったけど、それが何か……」


アナスタシアが身を乗りだしてきた。


「それ、確かな情報なの?」


僕は(うなず)いた。


「ああ。魔族に詳しい僕の仲間から直接聞いた話だから間違いない」

「その人、帝都に連れてくる事出来る?」


帝都に?

ニヌルタが魔族だと教えてくれたのはエレンだ。

だから彼女を帝都に連れて行くとしたら、まず、このアナスタシアの立ち位置を確認しないといけない。

アナスタシアがあくまでもゴーリキー達、ユーリヤさんの敵対勢力側に立ち続けている状況でエレンを帝都に連れて行き、ニヌルタの正体を暴くのは、恐らくユーリヤさんの立場を滅茶苦茶複雑にしてしまうに違いない。

だけどアナスタシアがユーリヤさん側に立つというのなら、当然話は違ってくる……はず。


だから僕はとりあえず探りを入れてみた。


「状況次第、かな?」


アナスタシアの顔に不敵な笑みが浮かんだ。


「まあいいわ。この件は今回、私があなたとしたい“取引”の根幹とも関わってくるから、また後で話し合いましょ」


アナスタシアが話を再開した。

ニヌルタに疑念を抱いた彼女は、直属の上司であるイヴァン将軍にその件を相談してみた。

彼女は、イヴァン将軍とニヌルタが中部辺境軍事管区時代からの知り合い(第441話)である事を知っていた。

だからイヴァン将軍と話す事で何らかの情報を得られるのでは、と期待したのだが……


「さすがは帝国英雄閣下というべきか、豪快に笑い飛ばされただけで、結局何も情報は得られなかったわ」


仕方なく、ニヌルタについて独自に情報収取を始めようとしていた彼女に、突然辞令が下された。


「ユーリヤが雇った冒険者の活躍により、属州リディアのトゥマ近辺で発生した大規模スタンピードが鎮圧された。彼等は属州リディア南部地域で臣民達の歓心を買い、帝都に向けて北上してくる気配を見せている。ただちに同地で活動中の宮廷特務と合流し、その任務を支援せよってね」


トゥマでの僕達の活動が、早くも帝都に届いているのはやや意外な話だ。

ユーリヤさんの話だと、トゥマから帝都へは、馬を飛ばしても10日以上はかかるって聞いていたような……


僕の心の動きを“読んだ”のだろう。

アナスタシアが言葉を続けた。


「他の地域はどうか分からないけれど、少なくともこの地の宮廷特務の拠点には、帝都と直接通信可能な魔道具が設置されている。それであなた達が8日前にトゥマでモンスターの大群を殲滅(第360話)した事は、直ちに帝都に伝わった。それと、帝都から主要な拠点までは、勅命(皇帝直々の命令)が下されている事が条件だけど、早馬による伝令をさらに上回る速度で移動出来る急使伝令が整備されている。だから私は帝都からここまで1週間で到達出来たの。とはいえ、まさかこの地で彼等がカモフラージュの名目で、あんな悪事に手を染めていたとは夢にも思っていなかったんだけどね~」


彼女が周辺に散らばる死体をざっと見渡す素振りを見せた。


「一応、近衛第一軍団副団長権限で彼等に自首を“命令”したら、私を逆に罠に掛けようとしてきたから、まあ、こうなったってわけ」



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