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689.F級の僕は、攻撃者と対峙する


6月23日 火曜日20



暗がりの向こうから現れたのは、意外にも僕より小柄な人型の“何者か”であった。

ただし、頭部から足のつま先まで美しい装飾が施された銀色に輝く軽装鎧と兜で全身くまなく覆われており、男女の性別はおろか、年代や種族の別も全く分からない。

なんとなれば、人間ではなく鎧だけのモンスターの可能性もある。


何者かの頭部を覆う鉄仮面のような兜の頭頂部には、僕らの世界でいうところの古代ギリシアかローマの兵士のそれを思わせるような赤い房飾りが付いていた。

その房飾りが一瞬、ふわっと揺れるのが見えた。

それを美しいと感じるいとまもなく、今度は背後からあの冷たく鋭い一閃が首筋に向かってくるのが感じられた。



―――ガキン!



自動で展開された障壁(シールド)がその一閃を弾いた。

反射的に振り向くと、いつの間にか僕の背後に移動していた何者かが僕から距離を取るように飛びのくのが見えた。

何者かが右手に(たずさ)えている美しい長剣を一振りした。


「あなた、何者?」


若い女性と思われる声で突然問い掛けられた僕は、質問者を探そうと周囲に視線を向けた。

もう一度、同じ声で違う言葉が投げかけられた。


「ただの冒険者……ってわけではなさそうね」


その時になって、僕はようやくその言葉を発しているのが、目の前に立っている何者かである事に気が付いた。

明瞭な言葉で話しかけてきている事から(かんが)みるに、この何者かは鎧型のモンスターなどではなく、鎧の“中身”は若い女性の可能性がある。

だけど目の前の何者かは、先程から僕を完全に殺す気で攻撃してきている……はず。

だからもしこの何者かと会話を交わすとしても、少なくとも無力化はしておきたい。


僕は黙ったまま、【影】を3体呼び出した。

そして彼等に何者かの武器を破壊するか、それが無理ならせめて手の中から叩き落とすよう命じると同時に、その何者かを標的にしてスキルを発動した。


「【置換】……」


僕と何者かの位置が瞬間的に入れ替わった。

僕は何者かが直前まで立っていた位置に、そして何者かは僕が事前に呼び出しておいた【影】3体に囲まれる位置に。

【影】3体が、殆どゼロ距離からその何者かに襲い掛かろうとするのが見えた。


しかし……



―――ズシャッ!



僕の目の前で、何者かの手の中の長剣が、有り得ない速度で美しくも凄まじい軌道を描くのが見えた。

そして僕の【影】3体は、動く前に破壊されていた!


何者かが今度は意外な言葉を投げかけてきた。


「なかなかやるわね? もしかしてあなた……ユーリヤが最近雇ったっていうあの冒険者?」


ユーリヤさんに雇われた冒険者?

そう言えば皇帝陛下の居室で宮廷魔導士長のニヌルタと対峙した時、あいつは僕の事をはっきりとそう認識(第533話)している様子だった。

確か、宮廷特務が僕とユーリヤさんとの関係性を調べた、とも話していた。

ということは、この何者かはここをアジトにしている“山賊達”――宮廷特務の精鋭達の可能性が高い――と繋がりが有る?

加えて帝国の皇太女であるはずのユーリヤさんに敬称も付けず呼び捨てにしているところを見ると、やはりユーリヤさんの敵対勢力に属している?


僕は返答する事無く、次の手を考えてみた。

スキルか魔法か、或いは魔道具によるアシストか、どんな手段を使っているのかは分からないけれど、とにかくこの何者かは尋常じゃない位に“速くて強い”という事だけは理解出来た。

下手に無力化しようとしても、無駄に【影】が破壊されて終わるだけだろう。

ならば全力、たとえば桧山と戦った時(第106話)みたいに、【影】50体呼び出して物理的に圧殺する?

いやしかし、それだともし勝てたとしても、こいつの背景も何も分からないままで終わりそうだ。


そんな事を考えていると、相手が再び口を開いた。


「なるほどね。それでここへは何をしに来たの? まさか、ユーリヤの命令?」


ん?

僕の返答を待つまでもなく、僕が“ユーリヤさんに雇われた冒険者”という前提で話をしている?


黙っていると、さらに何者かが言葉を続けた。


「そうじゃないみたいね。だとすると自分の意志でここに来たのかしら?」


ん?

なぜ僕の返答を聞かずにそれが分かる?


「なるほど。それじゃあ私と取引しない?」


取引?

いやその前に、この何者かの物言いは先ほどから随分と奇妙だ。

勝手に話を続けて、勝手にこちらの事情を見抜いているような?

読心術系のスキルでも持っているとしたら非常に厄介だ。

いや待てよ?

もし読心術系のスキルを持っているなら、僕が心の中で考えた事が相手に伝わるのでは?


僕は心の中で目の前の何者かに問い掛けてみた。


『お前こそ何者だ?』


しかし案に相違して、何者かは僕の“問いかけ”に反応する素振りを見せない。

ならば別の“念話”を。


『僕の声が聞こえるなら返事をしろ。そうすればお前の問いに答えてやる』


やはり特段何か変わった反応は見られない。

無視しているだけなのか、読心術系のスキルを持っているわけでは無いのか……


相手の出方を(うかが)っていると、何者かが勝手に独り言のように話しだした。


「何か考え込んでいるみたいだけど……とりあえず、お互い武器は下ろしましょ? あなたがユーリヤに雇われていて、だけどここへは彼女の命令によってではなく、自らの意志で乗り込んできているのなら、私達取引可能だと思うの」


取引も何も、問答無用で殺しにかかってきておいて、随分身勝手な言い草だ。

とはいえ、ここで黙って睨み合っていても埒が明かないのもまた事実。

まあ、相手は確かに“速くて強い”けれど、今のところ僕の障壁(シールド)を破る手段は持ち合わせていないようだ。

その一方で、僕の右手の中でバチバチ火花を飛ばしている雷属性を付与した『ヴェノムの小剣(風)』も、今のところ何者かとの“戦い”で全く真価を発揮出来ていないわけで。


僕は小剣を左の腰に下げた『万雷の鞘』に納めた。

それを目にしたであろう何者かも長剣を鞘に納めた。

何者かはそのまま、鉄仮面のような兜に両手を添えた。

そしてカチッと何かが外れるような音と共に、兜を脱いだ。

兜の下から灰が掛かったような髪が零れ出てきた。

兜の下に隠されていた顔はやはり若い女性のそれであった。

長髪を後ろでポニーテールの様に結んだ彼女の顔は、僕と同年代に見えた。


「ねえ、私はこうして顔を見せたわけだし、あなたもそのフードを脱いでもらえないかしら?」


まあ、向こうは僕の事を“ユーリヤさんに雇われた冒険者”って認識しているみたいだし、今更素顔を(さら)したところで、特段、後から問題になる事は無いだろう。


僕は『エレンの衣』のフード部分を脱いだ。


彼女がさっきまでの殺伐とした雰囲気とは似つかわしくない笑顔になった。


「それじゃあ私から自己紹介するわね。私の名前はアナスタシア=ドミトリエヴナ=オボレンスカヤ。近衛第一軍団副団長を務めているわ。ちなみに近衛第一軍団の軍団長は、かの高名なる帝国英雄イヴァン=グローム将軍……ん?」


つらつらと突然自己紹介を始めたアナスタシアが、不審そうな表情になって言葉を止めた。

彼女は僕に探るような視線を向けてきた後、何かを(ひと)()ち始めた。


「動悸顕著に増大、発汗量増加、表情筋の緊張増大、瞳孔やや散大……なるほど」


まさか僕の身体に生じているであろう微小な変化を“観察”する事で、イヴァンの名前を耳にして思わず心が動揺した事を見抜かれた?

一生懸命心を落ち着けようと試みていると、彼女がゆっくりと区切りながら人名を挙げ始めた。


「ユーリヤ……、ロマン……、レギーナ(第307話)……、マクシム……、ゴーリキー……なるほど」


いちいち僕の反応を確かめるような素振りを見せた後、彼女は最後にある人物の名前を挙げてきた。


「ニヌルタ……」


しばらく僕の反応(?)を見定める素振りを見せた後、彼女が満面の笑みを浮かべた。


「ふふふ、それならこの取引、あなたにとって、とても有益なものになるはずよ」


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