686.F級の僕は、“山賊”達についての説明を受ける
6月23日 火曜日17
ティーナさんとの無線機による会話を終え、軽くシャワーを浴びた僕は、改めて机の上の目覚まし時計に目を向けた。
時刻は午後3時16分。
ということは、あっちは午前11時16分って事だな……
時間的にはいい感じじゃないだろうか?
準備を終えた僕は、ほぼ2日ぶりに【異世界転移】のスキルを使用した。
視界が切り替わると同時に、声を掛けられた。
「タカシ、おかえり」
「タカシさん! おかえりなさい」
「ご……ご主人様……お……おかえり……なさい……ませ……」
2日ぶりに戻ってきた、シードルさんの屋敷内で僕に割り当てられている(そしてなぜかユーリヤさんも居座っている)部屋の中。
エレン、ユーリヤさん、そしてララノアの3人が出迎えてくれた。
「ただいま」
部屋の中を見回したところ、3人以外の仲間達の姿は見当たらない。
「もしかして、皆、まだ調査中かな?」
「予備調査自体は昨日で大体……」
「こりゃ! いきなり【異世界転移】するとは何事じゃ!」
せっかく説明し始めようとしてくれたユーリヤさんの話の腰を折ってきたのはオベロンだ。
「いきなりも何も、お前、さっきまでどこか行っていただろ?」
オベロンが腰に手をやり、無い胸を張った。
「ふんっ! 妾は精霊王であるからして、色々忙しいのじゃ」
「どうせ僕の記者会見なんて見ていてもつまらないからどこかで惰眠を貪っていた、の間違いじゃないのか?」
「何を申すか! 色々調べておったのじゃ」
「調べる? 何を?」
「そりゃおぬし、富士第一の101層以降の現状をだなぁ……」
「101層以降? 現状?」
オベロンが分かり易く慌てた素振りを見せた。
「い、いや、その……そうじゃ! 101層に謎に侵入出来なくなっておるであろう? 英明なる妾自ら、何が原因か探ってやろうと……」
オベロンはそこでわざとらしく咳払いをした。
「ま、まあ、別に急ぐ話でも無かったゆえ、別段まあ、おぬしが気にする程の話でも無いわけであるからして……」
そう言えばティーナさん、101層へ侵入不可能になっている富士第一の今の状況、オベロンが関わっているのでは? と疑っていたっけ?
「一体、何が言いたい?」
「と・に・か・く! 気にするな」
そしてやおらユーリヤさんに向き直った。
「さ、山賊どもについて昨日調べた話、心行くまでタカシに説明してやるがよいぞ」
ユーリヤさんが若干首をすくめる仕草を見せた後、改めて話し始めた。
「調査自体は昨日で全部済ませる事が出来ました。クリスさんとアリアさんは、今日は近場で遺跡探索をしてくるという事で、朝から出かけています。ターリ・ナハはルーメルの『暴れる巨人亭』での仕事があるとの事で、今日は一日、ルーメルに滞在予定と聞いています」
なるほど。
まあ、僕の仲間達も日がな一日、この部屋で待機していないといけない理由は無いわけで。
「とりあえず、現状、分かった事をお伝えしますね」
ユーリヤさんの話によると、昨日はユーリヤさんがモノマフ卿から改めて“山賊”による被害が多発している地域についての情報を収集。
そして最近被害が発生した地域にクリスさんとアリア、ターリ・ナハとララノアの4人が転移。
現場付近の魔法的痕跡等を解析した結果、ついに“山賊”達のアジトを見つけ出す事に成功したのだそうだ。
「それじゃあ、後はそこに乗り込んで山賊達を討伐するだけですね」
しかしユーリヤさんが複雑そうな表情になった。
「ですがこの“山賊”達、細かく見ていくと色々おかしな点だらけなのです」
「と言いますと?」
“山賊”達は街道沿いで商隊や旅人を襲撃し、金品を奪い、時には犠牲者も発生していた。
しかし……
「まず、あまりにも手際が良すぎます」
「手際が?」
ユーリヤさんが頷いた。
「普通、山賊に身をやつすのは正業(※社会で容認されている、まともな職業)に就けないような者達です。レベルは高くても10~20。ですから襲撃自体に失敗し、返り討ちに合う事も多々生じるはずなのです。ところが……」
この“山賊”達の襲撃成功率は100%。十数回以上行った襲撃の中で、失敗どころか、一人の仲間も失うことなく、必ず目的を達成しているのだという。
「一応、襲撃から逃れる事の出来た生存者もいるにはいるようです。彼等の証言によると、襲撃してきたのは獣人、或いはダークエルフ達だった、と」
「という事は、やはり“山賊”達の正体は“解放者”?」
ユーリヤさんが首を横に振った。
「これもおかしな点の一つなのですが、少なくともクリスさんやララノアの見立てでは、襲撃者は全て人間だった、と。それも状況から類推して、レベルにして50~60位の相当程度高レベルの者達である可能性が高い、と」
この世界、レベル30あれば冒険者としては一人前。
40あれば街の英雄扱いされる位にはレベルが上がりにくい。
その中でレベル50~60という事は、僕達の世界でいうところのC~B級。
相当程度の“強者”という事になる。
「つまり高レベルの人間達が、何らかの手段で獣人やダークエルフの“フリ”をして、何か思惑が有って“山賊”として活動している? しかも……」
僕は一昨日、モノマフ卿から伝えられた話を反芻してみた。
―――何度か送り込んだ討伐隊は、いずれも襲撃者達のアジトを見つけ出すどころか、その姿すらとらえる事にも成功していない……
「なぜか討伐隊とは接触しないよう、慎重に行動し続けている?」
「ですからおかしな点だらけと申し上げたのです」
「結局、彼等は一体、何者なのでしょうか?」
ユーリヤさんの顔に僅かな陰りの色が見えた。
「私の見立てでは、彼等は恐らく……宮廷特務の者達である可能性が高いです」
宮廷特務。
その言葉は、僕が皇帝陛下を解呪した際、あの宮廷魔導士長ニヌルタが口にしていた。
「宮廷特務は、本来は皇帝直属の諜報機関です。ですが恐らく父が倒れた後は、摂政の地位についている私の叔父、皇弟ゴーリキーが掌握しているものと思われます。その証拠に、件の“山賊”達がここ属州リディアで活動を開始したのも父が倒れた後、今から約1カ月前と推測されています」
「もしかして、僕やユーリヤさんを……あ、でも、それだと辻褄が合わないですね」
僕やユーリヤさんの動向を探るために、ゴーリキー、或いはニヌルタが送り込んできたのかとも考えたけれど、そもそも僕達が出会ってから2週間も経っていない。
それに引き換え、この“山賊”達は、僕達が出会う前から属州リディアで活動していた。
つまり現時点で彼等に与えられている“任務”の内容は分からないけれど、少なくとも当初与えられていた“任務”の内容は、僕やユーリヤさんとは無関係だった、はず。
「これも“恐らく”という前置きのある話ではありますが……」
ユーリヤさんが自身の推測を教えてくれた。
皇弟ゴーリキーとその仲間達は相当程度以前から、今回の計画を立てていた。
そして帝国各地の属州総督達の内、自分達に靡きそうにない者を慎重に選別していた。
皇帝が呪いに冒され、人事不省に陥った後、宮廷特務を掌握したゴーリキーは、そうした“潜在的に敵となり得る”属州総督達の動向を探るため、宮廷特務を派遣、山賊としての活動をカモフラージュとして、当初の任務を遂行させていた……
「こう考えれば、少なくとも話の辻褄合わせは可能です」
なるほど。
ユーリヤさんの推測は、僕にとっても尤もらしく感じられた。
ユーリヤさんが言葉を続けた。
「そしてこれも推測なのですが、モノマフ卿はその事実にある程度気付いているのではないでしょうか? だからこそ、彼はこの“山賊”達の始末を私達に依頼してきた」
結局、ウラが有り過ぎるくらいにウラの有る話だった、というわけか。
僕は少しの間迷った末、こう切り出した。
「一つお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「この“山賊”の一件、僕に一任して頂けないですか?」




