685.F級の僕は、【第一種管理対象者】に指定されている事を知る
6月23日 火曜日16
“準備”があるとの事でそのまま10分ほど待たされた後、更科さんが僕を地下の駐車場へと案内してくれた。
駐車場には真っ黒に塗装され、窓も全面黒いスモークが貼られた車が一台、既に待機していた。
ドアを開けてくれた更科さんにお礼の言葉を伝えた僕は、その車の後部座席へと乗り込んだ。
車内は落ち着いた内装で調えられていた。
明らかに上質な素材が用いられているであろうクッションの効いた座席に身を沈めると、運転席に座った更科さんが声を掛けてきた。
「それではお送りしますね」
10分後、大通りから住んでいるアパートに繋がる小道に入った所で、前方に人だかりができているのが見えてきた。
遠目だけど、撮影機材を抱えている人の姿も確認出来る。
……うん。
ここって別に近所に観光スポットが有るわけじゃ無いし、これって明らかに僕狙いって事だよな……
ぼんやりそんな事を考えていると、車が静かに停止した。
そして運転席に座る更科さんが僕の方を振り返った。
「申し訳ありません。このまま車内で少しお待ち下さい」
更科さんは僕の返事を待つ事無く、車を降りた。
そして前方の人だかりに向かって歩き出すのと同時に、何人かがぱらぱらとこちらを振り返った。
更科さんの姿だけでは無く、いかにもな感じの雰囲気を醸し出しているであろうこの黒塗りの車も、彼等の視界の中には入ったはず。
しかし幸いというべきか、誰もこちらには近付いてこない。
そしてこれは僕としては意外だったけれど、更科さんが二言三言何かを口にする様子が見えた後、まるで海が割れる神話のエピソードの如く、人だかりが道の両脇へと綺麗に割れた。
運転席へと戻ってきた更科さんにたずねてみた。
「あの方々は?」
シートベルトを締め、車を静かに再発進させた更科さんが言葉を返してきた。
「主に報道関係の皆さまでした」
「それにしても……」
車は徐行しながら、彼等で出来た人垣を通り抜け始めた。
その間、少なくとも僕の視界の範囲内で、彼等がこちらを積極的に覗き込もうとしてきたり、シャッターを切ったりするような仕草は見られない。
「随分、すんなりと通してくれますね?」
テレビのニュース映像なんかだと、政治家や芸能人が乗り込んだ車に容赦なくフラッシュが浴びせられたりしているのを、よく見かけるけれど。
「それは、均衡調整課が中村さんの事を【第一種管理対象者】だと宣言済みである、とお伝えしたからです」
「だいいっしゅかんり……なんですか、それ?」
「ある能力者が持つスキルを含め、プライバシーを過度に暴かれると、国家の安全保障上重大な懸念が生じ得るとみなされた場合、均衡調整課はその能力者を【第一種管理対象者】に指定し、超法規的に護る義務と権限を有しています。宣言されている人物に対し、許可なく取材活動を行うと厳罰に処される事になっています」
「国家の安全保障!?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
いつの間にそんな話に?
いや、待て。
そういえば先程、“準備”があるという事でしばらく均衡調整課の応接室で待たされたっけ?
あの時は車の“準備”程度に考えていたけれど、もしかすると僕をそうした存在だと宣言する“準備”をしていたって事だったのかもしれない。
改めて四方木さんの言葉が脳裏に蘇ってきた。
―――なあに、私どもにお任せ頂ければ、周囲全ての雑音も完全にシャットアウトさせて頂きますよ。
あの言葉は、つまりこういう事だったのだろう。
なんだか“また”四方木さんの手の平の上で踊らされている感じがしないでもないけれど、今のところデメリットは感じられないし、とりあえずしばらくは踊らされていても実害はない……ような気がする。
「とはいえ、今まで私達がそう宣言した能力者は3人だけでした。ですからあなたは4人目の【第一種管理対象者】という事になります」
僕以外の3人の【第一種管理対象者】……
多分、あの3人の事だろうな……
あんな凄い3人と並べられたら、かえって目立つような気がしないでもないけれど、ここまで来たら、ただ流れに身を任せて流れ落ちるのみ!
妙な決意が固まった所で、車はアパートの前に到着した。
更科さんに改めて謝意を伝え、車を降りた僕は、少し拍子抜けした気分になった。
梅雨らしい曇天の下、不快指数は高かったけれど、アパート周辺で誰かが僕を待ち伏せているとか、そういう変わった様子は見られない。
もしかしたら四方木さん以下、均衡調整課が何か手を回してくれているのかもしれない。
部屋に戻った僕は、居間のテーブルの上、目覚まし時計の横に、見慣れたコードレスイヤホンのような道具が置かれている事に気が付いた。
メッセージが書かれたメモの切れ端が下敷きになっている。
―――新しい無線機用意しておいたわ。帰ってきたらこれで連絡してね
達筆な日本語と文末に可愛らしいハートマークがあしらわれたサインのようなイラストも添えられていた。
名前は記載されていなかったけれど、留守中、勝手に僕の部屋にやってきてこの道具を置いて行ったのは、間違いなく彼女のはず。
僕は部屋のクーラーをつけ、涼みながらそのコードレスイヤホンのような道具――ティーナの無線機――を右耳に装着した。
「ティーナ……」
呼び掛けるとすぐに元気そうな囁きが戻ってきた。
『Welcome back, Takashi!』
「今はハワイ?」
『Yes. 今は一人だけど、30分ほど前まで、面白いJapanese Showを同僚達と楽しんでいたところよ』
ジャパニーズショーって……
思わず苦笑してしまった。
「見ていたのなら知っていると思うけど、結局、ほとんど僕は喋る機会が無かったよ」
『まあ。結果all rightだったと思うわよ』
「そう? 四方木さんは不満だったみたいだけど」
記者会見中、こっそりメモ書きで僕に発言、促してきていたし。
『それはそうでしょうね。Mr. Yomogiとしては、あなたを介して自分があの場をcontrolしようと思っていたのに、結局、Ms. Saibaraに全部おいしいトコロ持っていかれた形になっていたからね~』
「そうだよな。やっぱり何か喋った方が良かったかな」
『安心して。さっきも言ったけど、Mr.Yomogiにとってはともかく、私達にとっては結果all rightだったと思うから』
「そういや、さっきもそんな事言っていたけど、どうして?」
『Ms. Saibaraはなかなか抜け目の無い人物よ? 普通なら付け入るスキを見つけにくいところだけど、どこかの誰かさんが、世界に中継されていた……』
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?」
『どうしたの? 急に大きな声出して。びっくりするじゃない』
「世界に中継って言った?」
『言ったわよ。だって世界で唯一無二の複合dungeon、富士第一絡みの話じゃない。逆に全世界に生中継しなかったら、それこそ均衡調整課は無能ぞろいって事になると思うけれど……って、まさか知らなかったの?』
全世界に生中継とか、そんな話は聞いていない……はず!
……ふぅ
まあいいや。
人間、色々心のキャパがオーバーフローすれば一周回って落ち着くって聞くけれど、どうやら本当らしい。
『それで話を戻すけれど、あの全世界の良い子が見守る中、どこかの誰かさんがMs. Saibaraにうまく転がされてくれたじゃない』
なんだか物凄くディスられている気がしないでもないけれど、きっと気のせい……だよな?
『あれでMs. Saibaraの疑念も少しは晴れるはず』
「疑念って?」
『OBERONの戦闘服。彼女に見られたのでしょ?』
そうだった!
ホテルでの打ち合わせ時、オベロンの姿を目にした斎原さんから、僕が今も彼女の言うところのアメリカの魔女と繋がりが有るのでは? と疑われたっけ?
あの場にはアルもいたから、大方彼女からティーナさんに話が伝わったのだろう。
『彼女にすれば、Takashiが私ともっと抜き差しならない関係なら、記者会見であれほどまでにTakashiが寡黙なはずはないって判断するはず。だから少なくとも彼女としては、私の関与が有ったとしても、それは限定的なもののはずって判断になると思わない?』
「なるほど」
『ふふっ。でも本当は私とTakashiとがこ~~んなにも愛し合っているって知ったら、彼女がどんな反応を示すのか、少々見てみたい気もするわね』
……うん。
ここは華麗にスルーしよう。
「そうそう、遅くなったけど、この無線機、早速用意してくれてありがとう」
『どういたしまして。もう簡単に壊されたりしないようにね? ってsorry! 呼び出しだわ』
「ティーナも忙しそうだね」
『そうね。今日はこの後もschedule詰まっているから、あんまり長く話せる時間は取れないかも。Takashiも今からIsdifuiでしょ? 気を付けて行ってきてね』
「ありがとう。ティーナも無理しないで」
『それじゃあ、戻ってきたらまた連絡して』
「了解」




