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【二十一・開かれた道】

   【二十一・開かれた道】


 詰所の裏に五つの墓がある。どれも板を墓標にした質素なものだ。

 エクドール、ボーンヘッド、クレイソン、フィリス、そしてファディールと

エリナの墓だ。迷ったが、ファディールとエリナは一緒に埋葬することにし

た。

 エリナの死顔からは憎しみや怒りは感じられなかった。自分を殺した男で

も、彼女はファディールを愛していたのだろう。ならば、一緒に弔ってやろう

ということだった。

 ベルダネウスは墓を作るのに反対だった。ここを訪れた衛視がこの惨状を

見、墓を見つけたら、何が起こったかを知るために掘り返すだろう。埋めるに

しても、墓標は作らない方が良い。どうしてもというなら、石など墓標に見え

ないものにすべきだというのだ。

 だが、それにはマスカドルが執拗に反対した。そこまでしたくないと言うの

だ。結局、墓標に死者の名を記さず、遥か地中深く埋めることになった。地の

精霊の力を借りれば難しいことではない。

 並ぶ墓に、ソーギレンスの経文が唱えられ、ルーラが花を添えていく。

 その手がフィリスの墓の前で止まる。

「……形見になっちゃったね……」

 腰に差していた小剣に手をやった。バールドの加護を得たというこの小剣

は、結局ルーラが持つことになった。

 ソーギレンスの経文が終わり、出発のために馬車に向かう。

「私達も行くか」

 ベルダネウスがルーラを促す。ヴァンクもいつまでもワコブに雪を降らせる

わけにもいかない。衛視隊が来る前に、出来るだけ遠くに行きたかった。

「そうね、ボーンさんを殺した人が、奪った資料からセシルさんのことを知る

だろうし」

 心配げな言葉に、ベルダネウスが口元を歪めた。

「安心しろ、それにはしばらく時間がかかる」

「どうして?」

「資料は、おそらく灰になっている」

 その言葉にルーラが目をぱちくりさせる。

「どういうこと?」

 ベルダネウスを見つめる。その態度に訝しむ彼だったが、すぐにその意味に

気がついた。

「もしかして、ボーンを殺したのは資料欲しさに侵入した人物という、私の説

明を信じたのか?」

 小馬鹿にしたような言い方、ルーラはきょとんとなった。

「それ、どういうこと?」

「資料が欲しいのなら、ボーンを殺すなんて事をするはずがない。一番の資料

は彼の頭脳なんだからな。殺さずに生きたまま手に入れようとするさ。ボーン

だって魔導師連盟がやってくると聞かされれば、素直について行くだろう。

 それをしなかったということは、犯人は最初から彼を殺すつもりだったの

さ」

「ちょっ、ちょっと待って。すると、どういうことなの。誰がボーンを殺した

のか、ザンは知っているの?」

「証拠はない。が、状況から考えて、彼が殺したんだろうな」

 言いながら墓標の一つを指さした。

「……クレイソンさんが?」

「彼はセシルさんを逃がした後、その足で屋敷に戻ったんだ。目的は、魔導人

の資料を燃やすこと。マスカドルさんたちの平和を願う彼にとって、魔導人が

セシルであることを示すものを残したくなかったんだ。いずれはばれるにして

も、出来るだけ遅らせたかった。

 彼は戻ると片っ端から資料を暖炉で燃やした。彼にその方面の知識はなかっ

たろうから、とにかく目につくものを手当たり次第に燃やしたんだろう」

「でも、肖像画が残っていたわ」

「魔導人が、ボーンの妻や娘を模して作ったものだということさえわからなけ

れば、肖像画を残すことに何の問題もない。むしろ、彼の愛妻ぶりが知られて

いれば、それらがないのは却って不自然だ。もっとも、彼がそこまで考えてい

たかはわからないがな。

 そして、資料を燃やしている時にボーンが意識を取り戻したんだ。

 死んだと思っていたのが動き出して、驚いたこともあったろう。セシル達が

逃げるためには、ボーンは最大の障害だと思ってもいただろう。とにかく、彼

は動き出したボーンに襲いかかり、殺したんだ。

 だから、彼がここに来て最後に言った言葉。

『……を殺した』というのは。本当は

『俺がボーンを殺した。お前らと一緒には行けない。お前はセシルさんを連れ

て逃げろ』

 ということだったんだろうな」

 ルーラは何も言えなかった。ただ、愕然とクレイソンの墓を見つめるだけ

だった。

「私がこのことを言わなかったのは、これはマスカドルさんたちにとって精神

的な重荷にしかならないと思ったからだ。自分たちのために、ここまで罪を

負った親友……彼らにとっては辛すぎる」

「でも、どうして彼はそこまで二人のために。自分が破滅するようなことを」

 正直、ルーラにとってそれが謎だった。いくら彼がマスカドルに危ないとこ

ろを救われたからといっても、これだけのことをするにはそれだけではないよ

うに思える。

「これまた私の勝手な推測だが」

 ベルダネウスが自信なさげに口を開いた。

「彼もまた、セシルを愛していたんじゃないか。だが、彼女の愛は自分にでは

なく、命の恩人でもある親友に向けられていた。二人が幸せになることが、自

分を慰める方法、彼女への思いを諦められる方法だったのさ。

 彼にとって、ずっと二人を守り続ける。いや、彼女の幸せを守り続けること

こそが、彼女に対する愛の表現だったのさ」

「だとしたら、悲しいわね。ずっと陰で居続けるなんて」

「そういう愛を選ぶ奴もいるのさ」

 ベルダネウスがじっとクレイソンの墓を見つめる。

「ボーンもそうだったんだろう」

「え?」

「彼にとってセシルは魔導人である以上に妻であり、娘だった。成長する姿を

見るにつれ、妻の影は薄れ、娘に近くなっていただろう」

「何のこと?」

「セシルさんやマスカドルさんに対する彼の態度さ。魔導人に対する研究者と

言うより、娘を男に奪われる父親のように見えてな。私が娼館で働いていた

頃、娘を嫁にくれという男が現れたと酔って暴れる奴が何人かいてな。喜んだ

かと思ったらあいつは許さんと怒ったり、娘をやるにふさわしいだのふさわし

くないだの。挙げ句の果ては娘を任せられる相手かどうか確かめてやると言い

だしてな。

 そして嫁に出した後はもう俺の娘じゃない。俺に家には戻ってくるなと言い

出したり」

 何を言っているのかとルーラはきょとんとしている。

「ボーンがセシルさんを嫁に出す父親としての心があったなら、不安だったろ

うな。マスカドルさんが、彼女が魔導人と知っても愛し続けてくれるかどう

か」

「あ! それじゃあ、ボーンはわざとあんな言い方を?」

「魔導人と知ってもマスカドルさんがセシルさんを愛し続けてくれるかどう

か。セシルさんに自分の命が縮まる行為だとしても、彼の下に行きたがるどう

か。ボーンなりに試したのかも知れないな。魔力移送の件だって、もしかして

自分の所を出て行く前に、できる限りセシルさんの魔力を補充しておきたいと

いう親心だったのかも知れない」

「そんな……。じゃあ、ボーンは殺される事なんてなかった」

 肩を落とすルーラの背をベルダネウスは軽く叩き

「そういう解釈も出来るという話さ」

 セシルに殴られた時、果たしてボーンは魔導師だったのだろうか。父親だっ

たのだろうか。

 ルーラに答えを出すことは出来なかった。


 半壊した詰所の前に、二台の馬車が並ぶ。ベルダネウスのものと、かつての

エクドールの馬車だ。

 荷物のほとんどは移し終え、ベルダネウスが最後のチェックをしている。一

行はベルダネウスの使用人とその護衛という形で国境を越えるのだ。

 マスカドル夫妻はベルダネウスの使用人として。すでに二人は衛視の制服姿

ではなく質素な私服となっている。

 アーシュラは護衛の魔導師として。ソーギレンスはそのままバールドの神官

として、行く方向が同じだからと便乗している設定だ。

「面白くないわね。どうして私があんたの雇われ人なのよ」

「国境を越えて町を二つ三つ進むまでです。それに、マスカドルさんを連れて

行く当てはあるんですか?」

「私だってそこそこの蓄えはあるわよ。それに、アークド銀を売れば結構な金

になるわ」

 最初はアークド銀を売った金をベルダネウスへの支払にあてようという意見

も出たが、それでは今後の生活や研究に差し障りが出るということでとりあえ

ず保留となったのだ。

「言っておきますか、それらに目通しが立ってまだ余裕があるようでしたら、

私への支払に充ててもらいますよ。なにしろ七百万ディルですから」

「わかってるわよ。ったく、あんたには未来への投資っていう発送は無い

の?」

 むくれる彼女とそれをさらっとかわすベルダネウスの姿に、マスカドルとセ

シルが笑顔を見合わせた。

 馬車に離れて、ヴァンクの親子が寄り添っている。

「お別れですね」

 頭を下げるルーラに、ヴァンクは頷く。親子はこれからヴァーレ山に帰るの

だ。

「あたしの力が足りないために、よけいな傷を負わせてしまいました。お許し

ください」

 自然と言葉遣いがかしこまる。精霊使いの性である。

「もしお許しいただけるのならば、これからも精霊たちの友でいられるようお

計らいください」

 幼獣がルーラの前にやってきた。長い尾を伸ばして彼女の頭をちょんちょん

と叩く。どうやら、彼女はこれからも精霊使いでいられるらしい。

 寄ってきたベルダネウスも同じように左腕で彼女の頭を叩く。それを見た

ヴァンクの成獣が先ほどの幼獣と同じように尻尾を伸ばし、ベルダネウスの右

腕と右足を数回撫でた。

「私にお礼は……」

 言いかけて尻尾を払うように右腕を動かしたベルダネウスがあれっとなっ

た。

「どうしたの?」

「手足が」

 右腕と右足を軽く動かしてみる。だいぶ治ってはいたものの、動かす度に軽

い痛みや違和感があったのだが、今はそれが完全に消えている。

「治ってる……」

 添え木を外して手足を動かすが、やはり痛みも違和感も無い。

「何それ!」

 アーシュラが声を上げた。

「治癒魔導の立場ないじゃない。人の仕事横取りするなんて良くないわよ! 

後で謝礼金をふっかけようと思ってたのに」

 声を張り上げ抗議するが、ヴァンク親子は全く相手にする様子はなかった。


 準備は整った。

 ベルダネウスの馬車には、彼とルーラ、ソーギレンスが乗り、エクドールが

残した馬車にはマスカドルとセシル、アーシュラが乗り込んでいる。

「お願いします」

 ルーラに言われて、ヴァンクが前に出る。

 精霊達が集まってくるのがルーラにはわかる。

 足を踏ん張り、翼を大きく広げてヴァンクが鳴いた。それは、空気や雪をす

べるように広がっていく。声が辺りをなで回していく。

 声が止み、辺りが静まった。

 何も起こらない。誰もがそう思った途端、詰所を包む雪が歓喜に踊った。

 雪が波うち、風が笑う。

「な、何よ?!」

 皆が驚き首を回す。どちらを見ても、雪の狂乱が広がるだけだ。

 雪の舞いは、やがて霧のように霞みはじめ、やがては何もなくなった。

「……」

 ルーラをのぞいて、声もなくただ固まっていた。

 詰所を覆い尽くしていた雪は、ひとつの結晶を残すことなく消え去ってい

た。まるで、ここ数日の雪など最初から存在しなかったように。

「すごいな。これがヴァンクの力なのか?」

「それもあるわ。けど、雪自身、季節外れのこの時期に、ここにいることが苦

痛だったのよ」

 空を見ると、青空の中に大きな白い雲が浮かんでいた。

「もうしばらくして、雪が似合う季節になれば、雪の精霊達は、またここに来

るわ。今度はもっと穏やかに」

「それは楽しみだ。と言いたいが、当分、ワコブには来られないな」

 ヴァンクが皆の方を向いた。

 目の前の人間達を一人ずつ見つめ回す。

 ルーラには、ヴァンクが笑っているように見えた。

 ヴァンクが全身を伸ばして高く嘶く。勢いよく開いた羽根の数本が抜けて宙

を舞う。

 それらは、意思があるかのように舞い、流れるようにマスカドルの、セシル

の、アーシュラの、ソーギレンスの胸元に突き刺さった。それぞれ二本ずつ。

「え?」

 マスカドルが自分の服に刺さった羽根を抜いた。精霊の力を秘めた羽根は、

七色の光沢を放ち、虹のように美しい。

 ヴァンクは、何事もなかったかのように道を外れ、山の中へと入っていく。

幼獣もその後を付いていく。

「これって、どういう事なんですか?」

 セシルが困ったようにルーラを見た。

 ルーラも最初は首を傾げたが、すぐに答えは出た。

「それ。きっとみなさんへの贈り物です。遠慮なくもらっていいと思います」

「ヴァンクがわざと飛ばしたっていうの。自分の羽根が人間達にとってどうい

うものなのかを知った上で」

 アーシュラの言葉に、ルーラが頷く。

「私はヴァンクに施しをされる覚えはないわ」

「だったら、勝手に抜けた羽根がたまたま服に刺さったんです。抜けた羽根で

すから、どうしようと勝手です」

「私の所には飛んでこなかったな」

 ベルダネウスが苦笑いを浮かべる。

「精霊使いをこき使っているから、嫌われたかな」

 突き刺さった羽根を面白くなさげに見つめていたアーシュラは、大きく頷く

「これ、もらうわよ」

 と、マスカドルとセシルに刺さった羽根をむしり取るように奪った。

 そしてベルダネウスの所に駆け寄ると、彼の目の前に六本の羽根を置く。

「ヴァンクの羽根が六本、売れば七百万ディルにはなるわ。それを超えたら、

手数料として取っておきなさい」

 睨み付けるようにベルダネウスを見据える。

「力玉の代金をヴァンクの羽根で払払おうというんですか」

「文句ある?」

 ベルダネウスはマスカドルとセシルを見る。

 二人はそれで良いとに頷いた。

「わかりました。残金の七百万ディル、確かに受け取りました。受け取りを書

きましょうか?」

「いらないわ。どうせ公に出来ない買い物なんだから」

 ベルダネウスは、六本の羽根を拾い上げると、丁寧に束ねる。

「これを金にするのにまた一苦労だ」

「いいじゃない。買い手の心当たりはあるんでしょう」

「まあな」

 それを聞いて、ソーギレンスがにじり寄った。

「ならば、私の羽根もお願いする。もちろん、手数料として幾ばくか貴殿が

取ってもかまわない」

 さらに二本羽根が増えた。

「わかりました」

 ふと、ベルダネウスは思いついたように

「そうだ。お願いがあります。例の死んだ精霊使い、ラクセルの妹は確か病気

で高い薬が必要なはずです。薬のことがわかったら連絡をください。手数料は

その薬代ということでいかがですか」

 この提案をソーギレンスは承知した。それだけではない。薬代を差し引いた

残りの五分をベルダネウスの手数料、五分をソーギレンスが受け取る。二割は

バールド教会への寄付とし、残りはエクドールに雇われ、ヴァンクと戦って死

んだものたちの遺族への見舞金にすることになった。

 ソーギレンスは自分の取り分はいらないと言ったが、教会とは別に自分の金

をいくらか持っているのは悪いことではないとベルダネウスが説得、承知させ

た。

「ありがとうございます」

 八本の羽根を手に、ベルダネウスの目が生き生きしてきた。

「さて、買う方は八本もいらないだろうが、なんとか高く売らないとな」

「ザンの腕の見せ所ね」

 ルーラが笑う。

「口の言い所だな」

 ベルダネウスが天を仰ぐ。

「売値によってはかなりの儲けが出る。ボーンの屋敷を逃げ出した時は大赤字

と覚悟をしたが……ルーラには特別金を出さないといかんな」

「じゃあ、お金はいらないから儲け十万ディルごとにキス一回」

 期待するように自分の唇を指さす彼女にベルダネウスはたじろぎ

「やってられないわ。さっさと出発するわよ!」

 アーシュラが肩を怒らせマスカドルたちの馬車に乗り込む。

 馬に小さくいななき、二台の馬車が走り出す。アクティブへと向けて。

 ルーラは馬車の屋根へと上がった。いつもの彼女の指定席だ。

 ヴァンクの声が聞こえたような気がしたが、その姿はどこにも見えなかっ

た。


(魔導人の心臓/終わり)


最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

ベルダネウスとルーラは、もしかしたらまた別の作品で登場するかも知れません。

その際は、またよろしくおつきあいをお願いいたします。


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