第1回 劉曄、少年時代
人物の呼称をわかりやすくするため、本作では「字」は原則使用をしておりません。
その点、ご了承ください。
(例)諸葛亮孔明→諸葛亮
劉普と脩という夫婦が、揚州淮南郡成徳県に住んでいた。
後漢の光武帝の子、阜陵王である劉延の後裔に当たる。この辺りでは名の通った有力な豪族である。
この夫婦の間には二人の子供がいた。
長男が劉渙、次男を劉曄という。
劉渙が九歳、劉曄が七歳の時に、母である脩が病に倒れ、その命は尽きようとしていた。そして、脩はこの二人の子供に遺言を残した。
「父上の側近は、非常に性質が悪い人間です。必ず、この家に厄災をもたらすでしょう。今すぐでなくともよい。二人が大きくなったら、父上の側近を殺しなさい。そのことを約してくれれば、母は思い残すことはありません。」
とても、九歳と七歳の我が子に残す言葉とは思えない凄まじいものであった。この言葉を聞いた時、劉渙はおどおどした態度になったが、劉曄は母の目を真っすぐ見つめ、その手を強く握り大きく頷いた。
―六年後―
劉渙は一五歳、劉曄は一三歳になった。劉曄が劉渙に言う。
「兄上、亡き母上のお言葉、覚えていらっしゃいますか。我々も、もう幼子ではありません。今が、母上との約束を果たす好機かと思います。」
この日、父である劉普は所用で外出して、数日間戻らないことになっていた。側近の者が、留守を預かっている。
劉渙は言う。
「劉曄よ、あの時の母上はどうかしていたのだ。母親たる者が、我が子に人を殺せ、など言う訳がないではないか。」
「・・・。兄上は、母上の気がおかしくなっていた、と申しているのでしょうか。」
「そうではない。そうではないが・・・。」
「・・・。わかりました。私一人でやります。」
そう言うと、劉曄は側近のいる奥の部屋へと刀を持って入っていた。すぐに、男の悲鳴が聞こえてきた。すると、劉曄は返り血を浴びた状態で劉渙の所に来て言った。
「母上との約束、果たして参りました。早速、母上の墓前に報告して参ります。」
男の悲鳴を聞きつけた家人たちが、集まり始めた。
震えている劉渙に事情を聴いても要領を得ず、家人の一人が側近の部屋に入り、刀で斬られて絶命しているのを発見した。
家人は、劉普にすぐに戻る様に使者を出した。
劉普は使者から事情を聞き、大急ぎで自邸に戻った。
そして、劉渙と劉曄にことのあらましを質した。劉曄が答える。
「あの側近は、必ず父上の害になる、お前たちが大きくなったら必ず殺すように、と母上からお言葉を頂いておりました。それを、私が実行致しました。父上に何のご相談もしなかったことを深くお詫びするとともに、如何様な罰でもお受け致します。」
一三歳の少年とは思えないほど、父の劉普の問いに対して、堂々と返した。
劉普は長男の劉渙よりも、次男の劉曄に見込みがある、と随分前から思っていたことから、今回の事件は内々のものとして劉普が処理をしたことで、劉曄は咎められることはなかったのである。




