■18 ニャン太焼き誕生
町内会長の伝手で頼んだ阿賀沢実業から、さっそく場内整理係が派遣されてきた。
女性スタッフたちはいずれもガッチリした体格で強面だったが、礼儀をわきまえており行儀も良かった。
公園には春香のキッチンカーより一足先に来ており、すでに何百人も来ている客たちを列に並ばせたり、混雑の中キッチンカーを誘導した。
女性スタッフたちはいずれも近隣の大きな祭りなどでの屋台の準備や場内整理経験があり、場慣れしている。
「ニャン太様、リオン様おはようございます!」
「ラフラカーン姐さん、レオナ姐さん、春香社長おはようございます!」
ニャン太たちがキッチンカーから降りてくると、いったん集まって挨拶してくれる。
「ニャハハハ~場内整理係の皆さん、今日もよろしくな」
初日にニャン太が声掛けしたことで、客たちの間にも場内整理係がサンドイッチ屋さんのスタッフであることが認識された。
「場内整理係」の腕章は付けていたものの、ある日突然現れた複数の強面が急に仕切り始めたので、客たちは従うべきかどうか迷ったのだ。
そもそも客たちはニャン太が声がけする前は、『反社会勢力がサンドイッチ屋さんのもうけを狙ってショバ代とか要求しているのかも?」と警戒していた。
だが場内整理係たちの尽力により、春香のキッチンカーの客同士のトラブルがなくなりスムースに流れるようになった。
特に助かったのは、在庫管理だ。
場内整理係たちはおよその売れた数を把握しているらしく、良いタイミングでキッチンカーに在庫確認に来てくれる。
そして「ここまででいったんお昼休憩に入ります。
整理券を配りますので、再開後にお並びください」
「申し訳ありませんが、ここまでで販売が終わりそうです。
ただ先頭から10名様はリオン様がお詫びの握手を無料でしてくれるかもしれません」
など、痒い所に手が届く感じで客を捌いてくれるのだ。
レオナは女性スタッフたちの有能ぶりに感心した。
実は当初、阿賀沢実業からやってきた女性スタッフたちはニャン太・リオンと比べてレオナを少し下に見ているような感じがあった。
だが寝ぼけているニャン太を背負ってキッチンカーから降りてきたラフラカーンを見て、態度を一変させた。
どうやら大和神国のヤクザ者から見ても、ラフラカーンの強者としての風格はズバ抜けていたらしい。
そしてそのラフラカーンが敬意を払うレオナに対して、ヤクザ者たちは序列を理解した。
そして物腰も丁寧にラフラカーン姐さん、レオナ姐さん、春香社長と呼ばれるようになった。
毎朝、阿賀沢実業の女性スタッフたちはキッチンカーが来る前に公園の清掃を終え、レオナたちが到着すれば1列に並んで挨拶をしてくれるのが恒例となった。
春香も販売量をふやしていた。
もともとサンドイッチとドリンクを各300用意するのがキッチンカーとしての搭載限界だった。
しかし今では午前に各300セットを売り、お昼休みを取ってキッチンカーで午後用のもう300食セット分サービスセンターに仕入れに行っている。
なおこの時、春香はリオンに同行してもらうことにした。キッチンカーの中で休んでもらうのだ。
ニャン太は午前に1時間ほど接客し、それからハンモックで昼寝に入る。
午後の300食が到着すると、また1時間ほど接客して再びハンモックでサンドイッチが売り切れるまで昼寝に入る。
なおニャン太とリオンの「ダブルお昼寝」は、リオンの気分次第だった。
図太いニャン太とは違い、やはりリオンはギラギラな眼をした女性30人に囲まれながらでは安眠できないらしい。
客は出たり入ったりはあるが、常時1000人ほどで推移している。
あまりに増えた場合は、阿賀沢実業のスタッフが前からいた客たちにいったん退場を願っているからだ。
ただその手法も手慣れていて、盛り上がっている雰囲気を壊さぬよう必要最低限の干渉と有無を言わさぬ迫力で、客たちをさばいている。
そんな「ハルカのサンドイッチ屋さん」は順調そうに見えたが、2つの問題があった。
1つは、1日600食がキッチンカーの販売限界であることが見えたこと。
1回300食を2回転して合計600食だ。
もうセット売りはしていないのと3回転目は時間的に無理でサンドイッチとドリンクの合計1200個の販売がキッチンカーの限界となる。
ツーショット撮影のチップやお昼寝見守り権は別として、キッチンカー1台ではこれ以上稼ぐことができない。
キッチンカーを増やすのも難しい。
個人事業主の業務契約扱いである春香には親しい同僚もいなければ、数少ない知り合いを新たにキッチンカービジネスに誘うことも躊躇われる。
このキッチンカーの本部会社はどう考えても希望者を借金漬けにして児童養育費を狙うブラック企業の可能性が高いからだ。
春香はリオンとニャン太のおかげでなんとか集客に成功できて借金返済の見通しも立った。
しかしこんな幸運がそう長く続くはずがない、というのも分かっている。
もう1つの問題点は、直接ニャン太たちには関係がなかったが、阿賀沢実業の士気に関わることだった。
キッチンカーの横で出店した屋台の売り上げが非常に悪いのだ。
屋台は3軒。ベビーカステラと、くじと射的だった。
いずれも武蔵国文寺公園には千人以上の女性客が集まっているにもかかわらず、売り上げは絶不調だった。
阿賀沢晴子が様子を見に来て、ため息をついた。
「こりゃ、ダメだね。
お客さんは全員、ニャン太様とリオン様に夢中だ。こっちの屋台になんて見向きもしない」
せっかくの集客だが、もう店を出すのをあきらめるか・・・と阿賀沢晴子が考えていた時に、ニャン太がニヤニヤ笑いながらやって来た。
「客が来なくて困っているようだな?
ニャン太は大儲けのネタを持ってるが、有料コンサルを受けるか?」
「・・・条件によるが、何とかできるならしてもらいたいね」
「よかろう。条件は売り上げの1割5分を渡すことだ。こちらの取り分は1割でいいから、5分は恵まれない子供への寄付に回せ」
ふむ、と阿賀沢晴子は考えた。
俗に経費4割、利益3割、税金3割と言われている。
阿賀沢実業の的屋は、経費2割、利益が5割、税金が3割と、利益が頭一つ抜けている。
もし本当に儲かるのであれば、経費が4割になってもなんとかなる。
売り上げを抜かれるだけというのはイヤだが、寄付だとしたら聞こえがいい。
それに阿賀沢晴子は目の前で自信ありげにニヤニヤ笑っている、猫耳の美少年の献策に乗ってみたくなってきた。
「いいだろう、売り上げの1割5分を支払うよ。
だがまずこのベビーカステラ屋からだ。実績上げて、信用を積みな」
ニャン太はその挑発には応えず、ベビーカステラ屋の中に入って、焼き型やタネとかをチェックしていった。
「うーん、やっぱりこれじゃ売れなくて当然だな。
ここで売る必要性がないからな。ちょっとこの焼き型をいじるぞ」
ニャン太が魔力を隆起させて術を紡ぐと、すぐに現象として現れた。
ベビーカステラの金属製の焼き型がグニャグニャと動き始めたのだ。まるで波打つ水のように柔らかく。
だが同時に認識阻害の魔法も発動しているので、晴子たちが見ているにもかかわらず誰も怪しまなかった。
次にニャン太はタネが並々と入ってるデカいポリバケツに指を入れて味見をした。
「うーん、これじゃあダメだな。テカリ用のみりんを減らして、牛乳をやや増やす。あと塩を少々入れてみよう」
ニャン太は自分でネタを少量作り直し、的屋のアネキから道具を奪うと焼き型に火を入れてタネを仕込み、手慣れた感じで焼き始めた。
ガラガラガラ、と音を立てて焼き型をひっくり返したかと思うと、ニャン太は次にベビーカステラを入れる紙袋に注目した。
「何の変哲もない白い紙袋か。これじゃあつまらんな」
ジュッと軽い音がして、紙を焦がすような煙が薄っすら上がったかと思うと、紙袋に焼き印っぽい模様が入っていた。
ニャン太は再び焼き型を回してパカリと開けた。
金串でちょんちょんと焼き型からベビーカステラを剥がし、手元の紙袋に入れてゆく。
「ほら元締め。これを売るんだ」
ニャン太から紙袋に入ったベビーカステラを渡され、阿賀沢晴子は戸惑った。
何が変わったというのだ?と。
だが受け取ったベビーカステラの袋を見てまず驚いた。
そこに猫耳キャラクターのデフォルメイラストが描かれていたからだ。単純で太い線ながら、ウインクして美味しそうにぺろりと舌を出した猫耳の可愛いキャラクターは、ニャン太以外の誰でもなかった。
『いい絵だ・・・この紙袋だけでも欲しいと思うな』
そう思いながら、袋にいくつか入っていたベビーカステラを1つ摘まんだ阿賀沢晴子は再度驚いた。
袋から出したそれは晴子の記憶にあった真ん丸なベビーカステラではなく、猫耳が生えていらからだ。
大和神国初の猫耳ベビーカステラが誕生していた。
しかもベビーカステラの真ん中に、袋に入っているイラストと同じ表情がキレイに焦げ目で付いている。
阿賀沢晴子は焼き終わったばかりで開いている焼き型を見た。
ここに持ってきたときは、何の変哲もないベビーカステラのまん丸い焼き型だった。
それがいつの間にか変わっている。猫耳が生えた、変形ベビーカステラの型に。
しかも片方の型の真ん中には、精緻な焼き印が生えている。
いきなりイラストが入った紙袋と合わせて冷静に考えると極めて異常だが、ニャン太が認識阻害魔法を使ったので阿賀沢晴子は「そういうものか」くらいの認識しかなかった。
「真ん中の焼き印には周囲より熱が伝わりやすい金属を使っている。
普通にこんがり焼くと、ニャン太イラストの焼き印が自動的に入るカラクリだ。
名付けてニャン太焼き。これは売れるぞ?」
確かに売れそうだ、と阿賀沢晴子は思った。
そもそも的屋がキャラクターを使った場合の版権料は定価の1割が普通だ。
おそらくはライバルの的屋が死に物狂いで欲しがる「ニャン太版権」が売り上げの15%で確実に手に入るならトータルで安い。
そう晴子は判断した。
「サービスで店の看板も描き替えてやろう。ほら、こんな感じでどうだ?」
ニャン太がゴニョゴニョと手を動かすと、雨よけに下がっていた「ベビーカステラ」とだけ書かれていたシンプルな看板が「ニャン太焼き」と描き直された。
しかもシンプルながらも美麗なイラストでニャン太が美味しそうに食べている似顔絵が描かれている。
「おおおおっ!」
元世界では「文化殲滅爆弾」「芸術家殺し」「評論家いらず」と呼ばれた芸術全般の超天才であるニャン太。
客が何を欲しがるか、何に金を払うか知り尽くしたニャン太にとって、商品のアイデア出しや宣伝用のイラストなど朝飯前だ。
なおこの屋台のビニールテントに描かれたニャン太直筆の看板は、のちに重要文化財に指定されている。
「・・なんと素晴らしい」
ショックを受けている阿賀沢晴子を尻目に、ニャン太は近くで様子を見ていた女性--木ノ下百合に声をかける。
「おい、ニャン太焼きの味見をしてみないか?8個で1000円だが、今ならタダだぞ?」
なんてボッタクリだ!と阿賀沢晴子は頭を振った。
阿賀沢商店の的屋でさえ、地元である国文寺市界隈の祭りでは子供たちが買えるように値段を抑え、ベビーカステラは10個500円で売っている。
この近辺で一番集客が見込める、大和魂神社の暗黒祭りのときでさえ、10個で750円だ。
これは昨今の厄鬼不況の影響を考えた値付けだ。
8個1000円は高すぎる・・・。
だが木ノ下百合の反応は劇的だった。
「え、え?ニャン太焼き?・・・か、可愛いぃぃ~!!」
ニャン太から受け取った紙袋を、まるで宝物のように愛でている。
「おら、ニャン太焼きを摘まんで手に持て。ツーショット画像を撮ってやろう。ダダでいいぞ」
そういってニャン太は木ノ下百合が摘まんだニャン太焼きを一緒につまみ、さらにお互いの指がハートマークを作るようにして木ノ下百合から取り上げたスマホで写真を撮った。
ニャン太はもちろん3本指ピースでカメラ目線だ。
「おお、いい写真が撮れたな。じゃあこれネットに投稿してニャン太焼きの宣伝よろしく。明日からここで売り出すからな」
木ノ下百合はコクコクと頷き、ニャン太焼きの紙袋を宝物のように胸に大事に抱えて走り去っていった。
翌日からのベビーカステラ改め、ニャン太焼きによる売り上げの改善は劇的だった。
屋台の開店前から、500人以上の客が列を作ったのだ。
その客たちの多くが昨夜の木ノ下百合によるマウントの投稿を見た女たちで、静かに殺気立っていた。
昨夜、木ノ下百合は「NYT様のハ・ジ・メ・テ食べちゃいました!NYT焼きです」と題して、二人でニャン太焼きを摘まんで指でハートマークを作ったツーショット画像を早速アップしたのだ。
案の定、マウントの公開トークは嫉妬に狂った女たちの絶叫が飛び交い、「NYT焼きはどこで買えるの!?」という血を吐くような叫びが嵐となった。
「ニャン太、今日だけはこっちの店を手伝うよ」
そういってニャン太もニャン太焼きの屋台を手伝ってくれた。
ツーショットサービスこそなかったが、的屋のネエちゃんが死に物狂いで焼き続けるニャン太焼きを客に手渡し、それどころか袋の中の1個を「あ~ん」で客の口に放り込むサービスまでチップなしでやってのけた。
なおニャン太焼きに並んだ客たちの間では、「歯で噛むなんてとんでもない。じっくり口の中で溶かして飲みこむのが、ニャン太様への愛」という困った妄想が蔓延していた。
ニャン太のイラストが入った紙袋も信仰の対象で、客たちは大事そうに空になった紙袋のしわを伸ばし、クリアファイルに挟んで持ち歩いた。
結果としてニャン太のテコ入れ前は1日数千円だったベビーカステラの売り上げは、いきなり40万円を超えた。
そしてこの結果に気を良くした阿賀沢晴子が思い切って店員を3名追加したところ、1日の売り上げが100万円を超えた。
春香のキッチンカーがすべて売り切って去った後も、名残惜しんで居残る客たちを相手に営業を続けたからだ。
筆者は異世界転生モノも大好物ですが、その中でも「転生者がビジネスで成功して大金を稼ぐ」というエピソードが好きです。
今回のニャン太焼きは異世界発祥のビジネスネタではないのですが、金もうけが大好きなニャン太が色々展開するビジネスエピソードを入れていきたいと思います。




