■16 鬼倒師・白根史埜の受難
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陰陽局の鬼倒師・白根史埜は、その日の夜になってクタクタになって自室に戻った。
今朝、リオンに付与しようとした簡易結界の霊札が燃えてしまったのが納得できず、上司や知見者に相談したのだが。
「そんなことはあり得ない」「霊札の不良だったのではないか?」と相手にされず、資料室にこもって記録を調べても何も分からなかった。
「はー疲れちゃった。あたし何やってるんだろう?」
「おかえりー。遅かったな」
独り言をいいながら部屋の照明をつけると、1人暮らしの部屋から聞き慣れない返事があった。
だが聞き覚えがある声だ。
「えっ?」
見れば、いつも自分が使っているローテーブルの前に誰かが座っている。
Tシャツにハーフパンツのラフな格好で、なぜか頭には茶色の紙袋をかぶっていて顔は見えない。
紙袋には適当な穴があけられていて、そこから外を見ているようだ。
よく見ると黒い尻尾がたゆん、たゆんと退屈そうに揺れている。
「あのう、ニャン太様ですよね?どうしてこちらに?」
史埜がそういうと、その人物はテーブルの上にあった紙を丸めて天板を叩いた。
パンッ!と軽い音がして、史埜は思わずビクッとした。
どうやら相手はニャン太と看破されたのが気に入らないらしい。
「ニャン太などいない!オレは『謎のお札あきんど』だ」
「あ、え?そ、そうですか。何かお飲みになりますか?」
「甘くて冷たいのがいいな」
少々お待ちください、と応えて史埜は混乱しながらも冷蔵庫を開けて、ちょうど冷やしていた「濃厚桃の微炭酸ジュース」のボトルとガラスのコップをトレーに載せて戻って来た。
紙袋を被ったままだと飲みにくいかも?と思って、ストローも用意した。
「ニャハハハ~このジュース、すごく美味しいな!」
ニャン太と思われる不審者に、史埜の持て成しはどうやら気に入ってもらえたようだ
「それでこちらには何用で?」
「うん。お前、このお札をいくらなら買う?」
それはニャン太が夏輝が学校で使っている書道の道具と半紙でサササと描いた、霊札だった。
前に史埜に見せてもらった簡易結界の霊札が10万円と聞いて、「オレが書いたのなら、もっと高く売れそうだな!」と試しに描いて持ってきたのだ。
「ちょっと拝見します・・・うっ!?」
史埜は丸められた半紙を広げ(さっきテーブルを叩いたやつだった)、そこに黒々と描かれた数々の陣を見て、言葉を失った。
通常、霊札には霊力で回路を構成する「鬼沁回路」が書かれており、それは「陣」によって構成されている。
陣はそれぞれが最もシンプルな機能を表しており、例えば史埜がリオンに対して使った陰陽局標準の簡易結界の霊札だと、霊力貯蔵・魔力登録・発現・収束の4つの陣が書かれている。
だがニャン太が持ち込んだ霊札に記載されている陣は、パッと見ても30以上ある。
しかも独立した陣ではなく、ある陣の一部が外側の陣の一部として取り込まれていたり、4つの陣がまとまって1つの陣として表現されていたりする。
「ううううっ!」
史埜は唸った。ニャン太が持ってきた陣が、独創の塊だったからだ。
通常、陰陽局で使う陣はすべて手本が存在する。
攻撃用にしろ結界用にしろ、手本はすべて併安時代に開発・完成された霊札の模倣で、史埜も模倣ではないオリジナルの霊札など見たことがない。
噂では歴史のある陰陽の命家には秘伝の霊札があるとされているが、史埜は眉唾物だと思っている。
実は呪いにより、霊札開発の技術も停滞しているのだ。
なお霊札は通常、使われた紙や墨などの素材の優劣、陣の複雑さ、そして込められた霊力の多寡で性能が決まる。
いくら複雑な陣を手本にしても、札に使う紙の品位が足りなければ霊力が乗らず、また書き手の霊力が足りなければ最後まで書き切ることができない。
高性能の霊札は超一級品の材料を使って、書き手が何日も集中しながら命を削って作ることが多い。だから高いのだ。
史埜は改めてニャン太の持ってきた霊札を見てみる。
ハッキリ言って紙も墨も粗悪だ。だが超複雑な陣には、ビンビンに霊力が乗りきっている。
おそらく誰が使っても、問題なく起動できるだろう。
だが問題があった。史埜にはこれがどのような結界か分からないのだ。
「ニャン太様、これはどのような結界を張るのでしょうか?」
「ニャン太などいない!オレは『秘密のお札売り』だっ」
「ええっと、さっきは『謎のお札あきんど』と仰られていました」
「じゃあ、それで。なんだお前はお札の勉強していないのか?
これは自動結界の強化版だ。
魔力を登録すると、ここの部分でごく薄い結界を常時張り、この部分で閾値を決める」
「ちょ、ちょっとお待ちください。今の説明を録画してもよろしいですか?」
「録画?ああ、映像に残して後で見直すってことだな。別にいいぞ。
じゃあもう一度最初から説明するぞ。
うすーい結界で設定した閾値を超える反応があったら、こっちの部分で本格的な結界を自動で張る。
この部分とこの部分が結界用の魔力・・・お前は霊力と呼んでいたか、その貯蔵部分だ。
この部分で圧縮して、たっぷり溜め込んでいる。
攻撃を受けずに仮起動のままで3年間は使えるし、攻撃されて連続起動しても3日は持つはずだ。
あと使わないまま持ってると、貯蔵した霊力が起動に足りなくなった時点で自分で燃えてなくなる親切設計だ」
「ど、どんな攻撃を防げますか?」
「呪い、火・水・風・土・雷、それに腐食と毒だな。
あとは単純な物理攻撃か。ほぼ全部防げるぞ。
ここが呪いの設定。この輪っかになっているのが順番に火・水・風・土・雷だ。
どうせ防御の基本は同じだからな。
中心の3重円で防御を共通で設定して、周りの8重円で防御すべき個々の属性を決めている。
腐食と毒は記載が少し複雑だが、この3つずつの陣でそれぞれ表現している。
対物理の攻撃は、単純に結界の強度を部分的に上げている。ほら、この部分だ。
強度を衝撃を受けた部分に集中させるから、同時に36方向から攻撃を受けても防げるぞ。
あとこのお札のウリは使う相手をまったく選ばないことだ。
お前が持っていた結界の陣は使う相手をかなり選ぶだろう?」
「は、はいその通りです。5人に1人くらいしか使えません」
「それは登録できる魔力、いや沁統力の正規化を行っていないからだ。
オレの札では、こことここを使って魔力波長の個人差異を略号し、最終的には4パターンに落とし込んでいるので、たぶん誰でも使える」
史埜は絶句した。
ニャン太の説明通りだとしたら、まさに革命的な性能の霊札である。
値段? もしニャン太の説明通りの性能であれば、10億はくだらないだろう。
仮に1/10の性能でも安く見積もっても1億円はする。
「あ、あのういったん預からせていただいてもよろしいでしょうか?
私個人ではとても買えない金額になりそうなので、上司に見せて決裁を仰ぎたいと思います」
「いいぞ。ここには4枚あるからお前には手間賃として2枚やる。
残りの2枚をできるだけ高く売ってくれ。
絶対に安売りはするなよ?ひどいことになるぞ。
あとこのジュースは美味いな。別の味はないのか?」
「ブドウ味もありますが、召し上がりますか?」
「くれ。土産に持って帰る」
「それでニャン太様とはどのように連絡を取ればよいですか?」
「ニャン太などいない!オレは『正体不明のお札作家』だっ」
「さっきは『秘密のお札売り』と仰ってました」
「・・・もうニャン太でいいよ。それで連絡はこっちからする。
あとオレの正体は秘密な」
「はい、承りました。ご連絡をお待ちしております。
あとニャン太様は攻撃用の霊札はお作りになられないのですか?」
「ほう、攻撃用もあるのか?どんなのだ?」
「こちらが一般的な攻撃用の霊札です」
史埜は懐から別の霊札を出してきた。
陰陽局で支給されている一般的な攻撃型霊札である。厄鬼に反応すると霊炎を出して燃やし尽くすタイプだ。
一般的に厄鬼の暴種は実体があるが、呪種は実体がない。このため結界型霊札で動きを阻害してから攻撃型霊札で「空間ごと焼く」のが一般的な討伐方法だった。
なお暴種にも結界型・攻撃型霊札とも通用するが、丙型以上になると高位の霊札を必要とするため通常は鬼倒師ではなく衛士が複数で担当する。
ニャン太は攻撃用の霊札を一瞥したが、すぐに興味を失った。
「この程度か。まあ防御用が高く売れるとわかったら、攻撃用も作ってみるよ」
ニャン太がそう言い終わると、急に室内の照明が切れ、真っ暗になった。
慌てた史埜がスマホの明かりを頼りに部屋の照明スイッチを入れたが、そこにはもうニャン太の姿はなかった。
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ここからは後日譚。
翌日、史埜はニャン太作の霊札を上司に見せて相談したが、上司は一笑。
相手にされなかったので、自分のルートで討伐省研究開発局鬼力研究所に送り、解析を依頼した。
だが鬼力研究所はその頃、ニャン太がもたらした緑の死鬼核の研究で多忙を極めており、史埜が持ち込んだ霊札はしばらく捨て置かれることになる。
応答がなかったため、「やっぱり偽物なのかなあ?私が見た感じだと、凄そうなんだけどなー」と悩みつつ、自分用としてもう1枚あった霊札を懇意にしている軍閥令嬢に進呈した。
しばらく預かってもらって、効果があれば後からお金を貰えばいい、というおおざっぱな判断だった。
その娘は軍閥の関係者だったが、4女で病弱。
しかも厄鬼の呪いの影響を強く受ける体質で、史埜が呪いを退ける結界を定期的に張っているうちに個人的に親しくなったのだ。
令嬢は史埜からのプレゼントに素直に喜び、細かく畳んでお守り袋に入れて首から下げることにした。
そして数日後に温海の療養先で厄鬼・暴種乙型の襲撃を受けることになる。
療養先の施設は山間部にあり最寄りの駐屯地からも遠く、また不幸にも別の市街地で暴種乙型が顕現したため、衛士の対応が後回しになった。
令嬢の生存は絶望視されたが、ここにきてニャン太謹製の結界型霊札が自動発動。
なんと施設職員や他の患者50数名を結界内に入れたまま建物ごと守り抜き、厄鬼が口から吐く火炎と恐ろしい爪の攻撃に1昼夜耐え抜いたのだ。
厄鬼は2日目にようやく到着した衛士に討伐され、令嬢を含めた患者や施設職員の無事が確認できた。
だがもうひと悶着あった。ニャン太の自動結界が強力すぎて、解除できないのだ。
衛士が結界内に入ろうとすると弾き飛ばされる。
暴種乙型の物理攻撃に耐えきった結界は、衛士の鬼倒剣や鬼倒槍をことごとく跳ね返す。
悩んだ令嬢がスマホで白根史埜に相談し、断腸の思いで霊札を燃やすことでようやく結界が解除できた。
驚いたのが討伐省幹部である。
霊札単体で展開できる対物理結界が実戦で確認されたのは史上初。
極めて貴重な神器の中に対物理の結界を張れるものがあることは知られていたが、50名を収容できるほどではない。
また同時に数千度に達する厄鬼の火炎攻撃にも、考えられないような長時間を耐え切ったという。
しかも結界を張るのに鬼倒師を必要としない自動起動。
この霊札は誰が造ったのか?どうやって造ったのか?
そしてなぜこの令嬢にもたらされたのか?
令嬢に聴取すると、すぐに白根史埜の名が挙がった。
早速白根を連行して査問にかけたが、本人はとっくの昔に上司にも相談済みで、該当の霊札を解析依頼を鬼力研究所に出した!と逆切れされた。
調べてみると確かにその通りだった。
七邊桜摩とアメリゴ合州国のフランシア・ベイカー、フォンセ共和国のリフォンヌ・ピスカルのいわゆる「鬼力呪力研究界の3大奇人」が3人で足を引っ張り合いながら緑の死鬼核の研究に研究所全体を巻き込んだ騒ぎを起こしており、実質的にこの2週間ほどは業務麻痺を引き起こしていたのだ。
そして白根が提出した霊札が、鬼力研究所の書類入れに無造作に突っ込まれていたことも確認できた。
緑の死鬼核研究で競り負けたリフォンヌ・ピスカルがこの霊札の解析を担当することになったが、リフォンヌはこの独創の塊である霊札にたちまち夢中になる。
リフォンヌは一時、『今ならこの霊札技術を独り占めできるのではないか?』という誘惑に駆られた。
だがこの技術はとてつもなく洗練された霊札技術の一端に過ぎないこともすぐに分かった。
おそらくこの霊札の作者は、リフォンヌが驚愕した技術など公開するのに何の痛痒も感じない程度のモノなのだろう。
その隔絶した技術差を骨身に染みて理解したリフォンヌが取ったのは、泥棒ではなく伝道者になる道だった。
そして白根が提供したニャン太の説明映像を元に約半年かかって最終的に52の新しい特許技術を「発掘」した。特許は保護の名目上、大和神国討伐省陰陽局とニャン太商会の共同申請となったが、特許料使用料はニャン太商会が受け取った。
霊札は大和神国に限らず数百年前から呪いにより新規開発が停滞しており、霊力の圧縮や多重構造の陣は各国の霊札職人や魔法陣研究者に計り知れない衝撃を与えることになる。
一方、娘を助けてもらった軍閥関係者も霊札の性能に驚いた。
50数名の救出費として9ケタの謝礼を白根史埜に提示するも、白根は「自分の霊札ではない。あれは令嬢に進呈したものだ」と受け取りを拒否。
今度は、「では同じ霊札をもう数枚、融通してもらえないでしょうか?」と軍閥関係者から頼まれる。
面倒になった白根は「じゃあ1枚2億で」と難題代わりに吹っ掛けたつもりだったが、「では10億払いますので、5枚お願いします!」と逆にホクホク顔で頼まれる始末。
軍閥関係者の判断では、50人も救える自動展開結界が1枚2億というのは破格中の破格だったのだ。
そして完全防御の霊札の噂を聞き付けた他の軍閥・大名家からも同じような購入相談がひっきりなしに舞い込むに至り、困り果てた白根はようやくニャン太に相談。
ニャン太は政治的な剛腕を発揮して白根を陰陽局から引き抜き、その後にニャン太商会の霊札部門を任せることにした。
そして白根とリフォンヌは世界中から殺到するオーダーをこなすため、来る日も来る日もひたすら霊札を描き続けることになる。
今回は鬼倒師が使う霊札の技術革新ネタです。
ニャン太は転移した世界でも問題なく魔法が使えるため、そもそも霊札は必要としません。
逆に魔法を使えない人間が疑似的な魔法を霊札で実現していることに驚きました。
霊札の技術革新については、ニャン太は「儲かりそうだからやった」くらいの気持ちでした。
しかし数百年前からの厄鬼の呪いのせいで体内で魔力詰まりを起こし、沁統力を眼で見ることが出来なった人たちは本質が分からないまま過去の手本を模倣することしかできませんでした。
ニャン太の技術(発想)と、沁統脈閉塞症が完治した鬼倒師によってこの世界でも霊札の技術革新が始まることになります。




