VSバートル
二人の強者が魔石田の上で相まみえていた。
「場所を移そう」
「あ゛あ?なんでだ?」
「ここにはヴェートの人も、獣王国の人もたくさん倒れている」
「まァ確かに、仲間を殺すこたぁねえな」
バートルは素直にラルクの言葉に従った。
「ハインさん、タンさん、」
「……なんだ?」
「この倒れている人たちの手当てを優先してください。死にかけている人も多数いる。こういってしまうとなんですが、どうせ貴女達ではあまり戦力になりませんし」
「……分かった」
タンは連日の戦いで弱り切っていて、ハインも止血はしたとはいえ右腕および魔力の殆どを失っている。
彼女たちの戦力は既に、一般兵にも劣っていた。
そうして歩くこと数分、彼らは魔石田の中心にやってきていた。
「……さて、ここでいいか?」
「ああ」
「なら、終わらせるぞ」
風が吹く。されど水面は凪いでいる。
この小さな世界はただ、二人だけを見つめている。
「……なんとなく、こうなる気はしていたんだ」
「あ゛あ?」
「魔石田の制圧が何だの言っても、結局最後は一対一だ」
ヴェートの戦いなのに王国人の自分が決着を着けるのは少し違う気もしたが、そうは言っても仕方がないだろう。
「あ゛ー、まあシンプルで良いな」
おそらくこの戦争について何らの見識も理解も有していないであろう白痴然とした大男は頷いた。
「戦争ってのは結局どこまでいっても個人のぶつかり合いだ」
「と言うと?」
「戦術だの、情報だの、数だの、兵站だの。そんな下らねえモンが第一義になることはねえ。一番つええ奴が勝つんだよ」
「……かもしれない」
非常に頭の悪い考えだが、奇しくも彼の言ったことは正鵠を射ていた。
この戦争に、風見天華やグルディオクラッチといった絶対的強者が加わっていたらどうだっただろうか。
……そんなのは決まっている。端から争いなど、起きはしなかった。
力だ。この最も原始的で残酷な論理が幅を利かせる場では、暴力こそがすべてなのだ
ラルクは思う。自分が強ければ、誰も死にはしなかったと。
力が欲しい。それはいつだって変わらず。
貴族から家族を守りたかった。テーゼンシアからレイシアを守りたかった。
そして今は、バートルに勝ちたい。
勝って、ヴェートの人々を救ってみせる。
いや、勝っても救われはしないだろう。貧困というモノはもっと根深く、そして長い問題だ。
魔石田を得たとして、彼らは金の活かし方を良く知らない。
どうすれば先進的な社会を回すことができるのかを知らない。
教育水準はきっと10年や20年では改善されない。遺伝的な魔法の素養も低いままだ。
貧困。それは単に、食事や住居、衣服や医療がないということではない。
それは言ってしまえば、人間世界の宿痾の全てなのだ。
だが、魔石田があればいつかは追いつくことができる。
何十年後かは分からないが、ヴェートの技術力は高まり、知識は高じ、文化は爛熟し、いずれは大国と変わりない水準まで経済が発達するだろう。
少なくとも、一月後には魔石の灯は灯るはずだ。
そうしてその明かりで彼らは夜を克服する。
起きられる時間が長くなり、生産性も飛躍的に向上する。
その結果、教育をするゆとりが生まれる。
よどみが、停滞が、破られる。
この国でいい方向に向かって行こうとする力が、胎動し始める。
故にこの戦いは、ヴェートにとって命を懸ける価値のあるものだった。
「ハインさんもタンも、そして黎音さんも全身全霊で戦った」
「次は俺の番だ」
ラルクのその言葉の後に、勝負ははじまった。
疾走するバートルに疾走するラルク。
ばちゃばちゃと水の跳ねる音が嫌に大きく響き渡る。
ラルクが剣を振るう。それをバートルが大剣で受ける。
ギィイン!!
「ちっ、なんつー力だ!」
「……貴方もね」
互いの力は拮抗していた。
ラルクは必死に歯を食いしばる。少しでも力を抜けば押されるし、逆に少しでも上回れれば押すことができる。
と、その時一条の矢がラルクの顔めがけて飛来した。
「っつ、!!?」
「まあタイマンなわけがねェわな。お堅い王国の元騎士サマにゃあ分からんかもしれんが」
彼は必至に首を反らして避けるが、結果として力勝負の天秤がバートルに傾く。
一閃。
ラルクは奇跡的に後ろに飛びのいて避けたが、胸から浅く血がにじんでいた。
「あと3㎝、それで決着はついたのになァ」
「くっ、」
「多勢に無勢。ヴェート側を選んだということは、そういうこった」
雨のように注ぐ矢と魔法。
それだけなら大した脅威ではなかったが、生憎とラルクの相手をしている男は獣王国最強の一角バートル。
さらに相手をよく‘‘見る‘‘ことで次の行動の予測をするラルクにとって、注意を散らされるのは致命的であった。
右斜め後方と左から魔法が、前方からバートルが。
彼は多少の被弾は覚悟で、バートルだけを迎撃することにする。袈裟切り。
「先に倒せば、なんてことは、」
「魔法使いの弱点は、魔力切れと近距離戦の脆さだ」
しかしバートルは、ラルクが剣を振るう瞬間に地面を踏みつけて立ち止まった。
「なっ、」
「翻って剣士の弱点は剣を振るうことしかできないがゆえの、対応力の低さと射程の短さだ」
剣が空を切る。次の瞬間には、割り切っていた二発の魔法が彼の肉体に炸裂する。
「ぐううううっ!!」
「テメェが魔法使いなら周りの連中なんざ一瞬だろうよ。だがテメエは剣士だ。なら俺はテメエが力尽きるまで釘付けにすればいい」
背中が焼けるように痛い。いや、本当に焼けているのだろうか。
右腕が痺れる。何の魔法を喰らったのだろうか?
ともかくも厄介だった。彼が、ラルクがダメージを受けた隙に襲い掛かってきたのならチャンスはあったのだが、距離をとって決して近づこうとして来ない。
あれほど強いバートルが、しかし一切のリスクを冒さず、真綿で首を絞めるように立ち回っている。
無論一般兵の魔法や矢など痛いだけでそこまでダメージはないが、打開策がなければいずれ倒されることは明白だった。
「……卑怯な」
「いくらでも言え。負ければそこで死ぬんだ。卑怯云々言っている場合じゃねえだろ」
バートルは飄々としている。
とりあえず言ってはみたものの、まあ意味はないかとラルクは切り替える。
首を回して周りの戦力を確認する。
魔法使いと思しき男が二人に、弓を持った女が一人。
魔力量から察するに、3人ともおそらくはそれなりの実力者。
「周りばかり見て、隙だらけだなァ」
「……来ないんですか」
「俺は当然攻めねえよ。必要がないんでな」
「ちっ、」
ラルクは彼らしくもなく舌打ちをする。彼は今、明確に焦っていた。
テーゼンシアやグルディオクラッチが相手だった時と違い、100%何が起きても絶対に勝てない力の差はない。
だからこそ彼は本気で考え、本気で焦っていた。そしてそれは当然体力の消耗に繋がる。
「戦ってのは相手を倒すモンじゃねえ。敗北条件を満たさずに、勝利条件を満たすことが肝要なんだ」
「……」
戦いに関して、バートルに一日の長があった。
一か八か、周りの兵たちを先に倒すかと彼は考える。
無論リスクはある、というか負けに行くようなものだ。魔法は近ければ近いほど火力が上がるし、何より背を向けた状態でバートルに襲われることを許容することになる。
それは流石に無理だ。
「……人間である以上、間違える時はある」
「ああよ。何百回に一回かは知らんがな」
「そして余裕がなくなれば失敗率は格段に上がる!!」
ラルクは剣を取って、再びバートルに襲い掛かった。
突き、蹴り、投げ、逆袈裟、
「戦場での最大の目標は、まずは生き残ることだ」
されどバートルは、それの全てを捌いていく。突きは大剣の側面で弾き、蹴りは下がって躱し、投げは重心操作で耐え、逆袈裟は再び大剣を盾のようにして防ぐ。
「二十年間戦い続けた俺様を、お前如きが崩せると思うなよ?」
顔や野卑な口調からてっきり攻撃的なタイプだとラルクは勘違いしていたが、明らかに彼は、攻めより守りを得手としていた。
反撃してこないが、ゆえに鉄壁を崩せる気がしない。そうしているうちに、矢が頬に刺さる。
「うぐうっ!!」
「そして耐えてさえいれば、自然とダメージは蓄積していく」
「この程度、何発喰らっても、」
「何発当てても倒せはしねえだろうが、動きは鈍るだろうな。少しずつ少しずつ、勝負の天秤は傾いてんだよ」
「う、ぐ……、」
万事休す、というか手詰まりだった。増援の見込みはない。数少ない味方と言えるヴェートの兵たちはみな地に伏し、黎音も倒れた。
敗北の二文字が彼の脳裏をよぎる。
どうしようもない。
あるいは黎音が敗れた時点で勝敗は決していたのかもしれない。
「……ただ、それでも」
「諦めるわけにはいかない。この希望の燈火を、絶やしはしない」
ラルクはかつて三度諦めた。
一度目は妹が貴族を傷つけた時。二度目はテーゼンシアの試練を受けた時。そして三度目は黎音に敗れた時。
諦めれば大切なモノを失うと知った。
だから彼は戦う。命が失われる、最後の時まで。
「立派なこった」
「ならば精々、足掻いて散れ」
刹那、バートルの大剣が降り下ろされた。大振り、隙、
一筋の光明にラルクは剣を振るう。先に一撃を叩き込む。狙いは脇腹。
カァン。
弓矢に剣が弾かれる。ラルクの剣が弾かれる。
大剣が、無防備な彼に降り注ぐ。
……敗因は何だったのだろう。
バートルの方が上手だったことか?それとも根本的に戦力が足りていなかったことか?
いいや違う。この戦いの敗因は、おそらく黎音がバートルに敗れたことだった。
この戦場において、まず間違いなく最強はバートルと黎音の二人。
黎音が獣人の少女を庇ったことが、直接の敗因なのだ。
「善意によって人が死ぬ。優しさがヴェートの永遠の闇を誘う。そんな悲惨なことが、あっていいのだろうか」
「まだ、終わってはいない」
「これはもとより、我らの戦いだ」
「我らはまだ、生きているぞ!!」
ひゅおおおと音を立てて、空を裂く矢がバートルの大剣の軌道を逸らした。
「ヴェート全族長ファム・ハイン、ここに参る!」
戦場の丘に立つは、紺髪の狼少女。そしてヴェートの勇ましき戦士たち。
「なっ、来るなって言っただろ!そもそも、死にかけている人の治療は、」
そこまで言ってラルクは気が付いた。
血だらけの人。手や足を失った人。内臓がまろび出ていて、なぜ生きているのかも不思議な人。
来たのはハインとタンの二人だけではない。
なるほど、ハインの治療など必要ないはずだ。
来たのは先ほどまで倒れていたはずの、そして今も戦えるはずもない、ヴェートの全ての戦士たちだった。
「……」
一方、満身創痍の彼らを見てバートルは呟いた。
「犬死だ。俺様らが万全な以上、テメェらにできることはねエ」
「……そうかもしれんな」
右腕の消滅。魔力の枯渇。唇は青く、血が足りていないのだろう。
「だがそれでも、立ち上がらねばならぬ時もある。黎音殿とラルクは、我らなどの為に命を懸けた」
「ならばどうして、心の臓がまだ動いているのに引き下がれようか!」
ラルクは理解した。
バートルは舌打ちした。
ヴェートの戦士たちは、死を覚悟しているのではない。彼らは死ぬと知っていてにこの戦場に舞い戻ってきたのだ。
この二つは似ているようで大きく違った。
「……アァ、」
彼はゆっくりと首を振る。
――そして赤の瞳でラルクを睥睨した。
「アァ、根性だけは認めるよ。……だがな、所詮は弱小国家。ザコの集まりだ」
「それら全てを踏みつぶしてきたから、俺らは五大国なンだよ」
とどのつまり、ラルクがバートルに敗北したらすべては水の泡だ。依然として、窮地を脱してはいないのかもしれない。
「テメエの傷は決して浅くない。体力の消耗もある。対して俺様はほぼ万全だ」
「それはどうかな」
「あ゛あ?」
されどラルクは、凄絶な笑みを浮かべた。
「確かにアンタの方が、まだまだ優勢なのかもしれない」
「でもならどうして、そんなに怯えているんだ?」
「あ゛あ?」
バートルは顔を顰めて……、そして自分の体が、小刻みに震えていることに気がついた。
「あ゛あ……?」
「ヴェートなんてのは、アンタにとって端から眼中にもなかったんだろう。俺や黎音さんのことを恐れても、それだけだと思っていたんだろう」
「だけど、アンタはヴェートに負けるんだ。他でもない、ヴェートの理想を求める魂によってね」
刹那、バートルの脳裏によぎるイレギュラーの数数。七冠聖絶、黎音とラルク、そして……、どれだけ打ちのめされようとも、立ち上がってきた戦士たち。
「ハッ……、」
冷たい汗が、額を流れる。
「俺様が、怯えている?ヴェート風情に……?」
思い当たる節はあったのかもしれない。
「ふざけてんじゃねェぞ」
されどバートルは恐怖以上に強い憤怒を湛えて、小さな剣を握った。
「心黒紹剣」
「暴殺轟雷」
一瞬で膨大な魔力が剣に宿る。
黎音をただの一撃で打倒した究極の魔法。……いよいよ戦いは、終局を迎えようとしている。




