ラルクの戦い
「騎士ラルク、いざ参る」
窮地に訪れた橙髪の少年は元グローリー王国の騎士ラルク。
まごうことなきヴェートー龍王国連合の最高戦力の一人だ。
「……」
「……ラルク、」
死の淵から救われる形になったが、ハインは冷静を保てていた。
彼女の見立てでは、ラルクはレミィにはまだ劣る。
だから彼女は加勢をしようとして……、手で制された。
「俺一人で十分です」
「なっ、」
侮っていると取られてもおかしくはない発言。鷹揚なレミィがどんな反応をするのか少し気になって、彼女の方を見て……、
「ちっ」
彼女の焦ったような表情を、初めて目の当たりにした。
ラルクはすさまじい踏み込みでレミィの懐に潜り込む。
氷の壁が何枚か間にあったが、力ですべて貫通する。
「くっ、はやっ、」
「天剣流、曲刺殺」
神速の二連撃。避けられないと判断したレミィは胸に迫った斬撃に対して……、
あえて屈んで首を差し出した。
「なっ!?」
全身の筋肉を総動員して、何とか剣を途中で止める。
「甘いね。クラトス様から聞いてた通りだ。じゃあ死ね」
ラルクのその致命的なまでの隙を突いて、一撃二撃と氷の弾丸を叩き込む。
至近距離で食らった彼は、後ろに大きく下がった。
「っ、ラルクッ!!?」
目にも止まらぬ速度の弾丸がラルクを打ち抜いた。
一応味方だから、ハインが叫んで……、
「痛いな」
「……悔しいけれど、私とは役者が違うみたいだね~」
「馬鹿な、」
首をこきこきと鳴らしながら、何事もなかったかのように立ち上がるラルク。
ハインは目を見開いていた。
「貴様まさか、私たちと戦った時は、」
「ええまあ、本気でもなんでもなかったですね」
「……なぜだ」
ハインは呟いた。
「理屈では分かる」
ハインはそこまで愚かではない。
「王国のお前が頭では私たちは納得しなかっただろう。ゆえ貴様は黎音殿の付き人という形を取った」
消去法で、ラルクが味方であることを彼女は理解した。
「だがだ」
彼女は行き場のない思いのまま、ラルクを睨みつけて、
「だが、それで貴様は何を得た!」
「……」
「王国が気に入らなかったから私たちと組むことにしたというのが嘘なのはわかる。貴様は目的達成の為なら感情を殺せる人間だ。だがそうなると、痛みと苦しみと恥だけを得て、貴様は何がしたかったのだ!」
それは、心の底から出た疑問だった。ラルクという男の姿は彼女の知る王国民のそれと違い過ぎていた。
「何がしたかった、か……」
「……」
「えっと、それは、ですね、」
ラルクは言い淀んだ。
その時、レミィは彼の隙を見出した。
一発二発三発四発。
無数の氷の礫がラルクに襲い掛かる。
「……これでも効きませんか」
「言うのも下品な話だしな」
「まあ、今は戦闘に集中します」
ラルクは全身に力を込めた。
「なっ、」
地面を蹴って、レミィの懐に潜り込む。
「残念ながら、俺は貴女より圧倒的に強い」
「がはぁっ!!?」
ラルクの裏拳で、レミィの腹が波打つ。
「……キミ、一月前までクラトス様と同格だったんでしょー」
「一か月で、なにが、起きたの、さ、」
それだけ言って、レミィは地に伏す。
ただの一撃。それは的確に彼女の意識を闇へと落とした。
「……貴様、」
ハインが何かを言おうとする。
されどラルクはそれを遮った。
「だけれどこの戦場には一人、俺より強い人もいるようですね」
「にゃっにゃっにゃ~」
猫耳の少女が、気づけばそこに立っていた。
「久しぶりにゃね、ラルク」
「……李、红玥さん」
「ヘイトが向かわないよういい勝負をしていたけれど、それも限界にゃね~。うちの将軍も、中々こねにぇゃーし」
「それじゃ、殺し合うかにゃ。獣らしく、人間らしく」
近接戦を得意とする者同士、戦いはシンプルなものだった。
一撃二撃とラルクは剣を振るう。
それら全てを彼女は華麗な身のこなしで回避する。
「にゃっにゃっにゃ~」
華麗な身のこなしでそのままラルクの懐に潜り込む。
放たれる裏拳。
「っと、!」
「七冠聖絶は化け物だったにゃ。いや、化け物なんて軽く超越した何かだったにゃ」
ラルクに腕で防がれるも、意に介さず红玥は腕を振り抜く。
華奢な彼女の一撃だというのに、ラルクの体が宙を舞った。
「っ!」
「そんな七冠聖絶の試練に選ばれる人間もまた化け物にゃ。大英雄セルジブデ、竜王やしろなんちゃら、勇者アマリリス」
「だがお前は弱い」
そう言って红玥は再び近接戦を選択した。
ラルクもそれに呼応するように駆け出す。
ラルクが何度も何度も嵐のように剣を振るう。红玥はそれを的確に躱し、受け、弾く。
風切り音と硬い音が幾重にも重なる。
「……ぐっ、」
ハインとタンは加勢しようとしたが、二人の攻防に割って入れずにいた。
あの中に入れば二人は一瞬で死ぬ。
「弱いにゃね」
そしてそんなラルクさえも、红玥はあっさりとそう言ってのける。
「お前が聖絶に選ばれた理由が分からんにゃ。聖絶を倒す権利、それは獣王サマにこそ相応しかったというのに」
彼女は彼女なりに、聖絶に対して思うことがあるのだろう。
いや、あるいは獣人の大英雄セルジブデを倒された獣人族すべてがそうなのかもしれない。
「聖絶に選ばれた理由、そんなのは俺も分からないさ」
ラルクは彼女の顔めがけて刺突を放った。
彼女は頬を薄く切らせるだけでそれを躱す。
「そしてそんなのはどうでもいい!ここで誰かを守れるなら、それでいい!」
瞬間、ラルクの剣が軌道を変えた。彼女の頬を切り裂くように、
「天剣流流麗。基本的な技くらい躱せるにゃ」
しかし红玥はそれを予知していたかのように首を傾けた。
結果、髪を切るのみで素手の彼女の接近を許してしまう。
「くっ、」
ラルクは来る一撃に備えて体を固める。
红玥の一撃の威力は並大抵ではない。
下手をすれば、ここで勝負が決まる。
「にゃっ」
彼女の顔が眼前に迫っていた。
噛みつきかと考えて、さっと首を守る。
しかし、
「にゃ~、ちゅっ」
唇にあたる柔らかい感触。
顎を掴まれて、唇に接吻をされていた。
「なっ!!?」
彼は腕を振るい彼女を振り払うが、理解が及ばなかった。
何のためにこんなことを、
「……マズイ、」
ハインが背後でそう呟く。
「確か红玥のギフトは、」
「にゃっにゃっにゃっ、そうにゃ」
红玥は恥ずかしそうに唇をごしごしと吹いた。
「あたしのギフトは自分に好意を持たせる能力。そしてそれは、何らかの身体的接触をした際に効果が高まる」
红玥は勝ち誇ったように、
「あたしとキスをしたお前は、焦がれるような情愛に胸を焼かれているはずにゃ。それこそ、どんなに頭が敵だと理解していても、戦争で情けを掛けるのが致命的だと知っていても、殺せないくらい」
事実として、ラルクは彼女に愛おしさを感じていた。こんなに愛おしい人間を、殺せるわけがない。
「ただ向かい合うだけでも剣を持つ手が震え、剣戟の度に恐怖が奔る」
そして红玥はこの機を逃さんとばかりに疾走する。それは今までより遥かに速く。
「人間は、理性の生物じゃないんにゃよ」
红玥は本気で腕を振った。
それはラルクの剣が振るわれるより先に彼を砕かんとする。
「ぐっ、」
ラルクはそれを腕で受けるが、ミシリと嫌な音がなる。
骨から痛みが迸る。
「だがっ、片手で受ければ、反撃は可能だッ!」
ラルクは剣をカウンターで振るった。
そしてそれは、
「にゃっ!!」
守った彼女の腕を、貫いた。
「当たった!?」
攻撃を放ったラルクが驚愕する。
痛みで一瞬反撃が遅れた。にもかかわらず红玥という傑物の腕を貫けた。
即座に红玥は下がるが、血がだくだくと流れる。
「っ、」
「にゃ~、痛いにゃ~」
しかし红玥の腕は機能不全になってはいなかった。
前腕の骨と骨の間をすり抜けるように切らせたのだ。
「痛くて痛くてたまらないにゃ。なんでこんなことをするんかにゃ~」
「……そうか」
この場にいた全員が理解した。红玥の目的は、すなわち、
「傷を負うことでラルクの動きを鈍らせるつもりか!」
そうだと分かっていても、ラルクの心は深く傷ついた。
愛する人間を傷つけて、平気でいられるはずがない。
強靭な肉体と蠱惑のギフト、それこそが红玥の力を支えていた。
「にゃっにゃっにゃっにゃっ~」
ラルクは俯いて震えている。
ぽつりと何か言葉を漏らしている。
「分かっていても、どうしようもないんにゃよね~。まああたしも、妹を怪我させたらあたふたするに決まってるからにゃね」
そう言って红玥は容赦なく、傷心のラルクに最速の一撃を放った。
単純な打撃。
それを限りなく早く、限りなく重く、
軌道はまっすぐだった。絡め手はない。
ただ、愛する人を傷つけたことに苦悶するラルクには、最強の一撃を放てばそれでよいはずで、
「ようやく隙ができたね」
「にゃっ?」
次の瞬間、拳は空を切っていた。
ラルクは返す刃で、伸ばされた红玥の右手首を切断した。
「……はっ?」
「があっ、あっ、私の手が、!!?」
「君の策を、逆手に取らせてもらったよ」
「なっ、どういう、お前っ、」
彼女は痛み以上に狼狽する。
滝のように血を腕から流しながら、彼女が叫ぶ。
「苦しんでいたのは演技だったのかにゃ!?いや、それ以前に、なんでお前、平気でいられるんかにゃ!?」
それは当然の疑問だった。
「例えるなら、愛し子に大けがを負わせて!恋人を不具にしかけて!それでなんで、平気でいられる!!?」
常人だったら正気でいられない。彼女のギフトは生易しいものではなく、実感に魂の奥底にあるいは脳に働きかける。
しかしラルクはいつもの表情で、
「そりゃまあ辛いですよ」
「でも俺は慣れている。大切な人を傷つける痛みには」
「いったい、何を、」
と、そこで红玥は気が付いた。
ラルクの瞳は、最初红玥に会った時と変わらない光を彼女に向けていた。
「っ、」
そのとき、红玥の頭にとんでもない、道理のまるで通ってもいなければ理解もできない考えが浮かんできた。
それはありえないだろと内心思って、しかしそれが口をつく。
「まさかお前、すべての人を愛してるんかにゃ?家族のように、親友のように」
「ええ」
ありえない、と彼女は思った。
狂人、という言葉では生ぬるい。聖者と言ってもなお足りぬ。
その姿はあまりに人間からも化け物からも乖離していて、
「七冠、聖絶、」
红玥の口から、その言葉が漏れ出ていた。
七冠聖絶。
红玥はラルクをここで、たとえ自分が命を落とそうとも確実に死に至らしめなければいけないと考えた。
この場で彼を打たねば、獣王国の覇権は永遠に訪れない。
「……」
一方ハインはそこで、さきほどラルクになぜ汚名を被ろうとするのか尋ねたところ、彼が言い淀んだことを思いだしていた。
「……よもや、」
彼女の中で、一つ的確に彼の今までの行動を説明できる行動原理が思い浮かんでいた。
しかしそれは彼女の中の王国民の姿とは大きく異なり、またそのために今まで考えることもなかった行動原理だ。
ただ、消去法で考えると、ラルクが彼らを助ける理由はそれしかない。
そしてひとたびそう仮定したなら、今までの全てに辻褄が合う。
ラルクはヴェートの人々を、救いたかったのだ。
「……そう、か」
「お前はここで殺すにゃ、ラルクッ!!」
「鏖華咲咲」
红玥の手に握られるは、血のようにドス黒い色をした一輪の薔薇。
ハインはそれを隣国故に知っていた。
「鏖華咲咲、獣王国の国宝か」
「そうにゃ」
神器に魔力が宿っていく。
「それは膨大な魔力と、そして使役者の『代償』を以て発動される」
ハインが呟く。
「威力はまあ、魔力相応。速度も並み。それだけ聞けば通常の魔道具だが、」
「その一撃は、命中まで止まらない」
「なっ!!?」
ラルクがそれを聞き焦る。
「知ってても無駄にゃよ。この場ではあたしが一番速い。発動を止めることなどできない」
「ぐっ、!?」
「これは代償部位と同じ部位を確実に持っていく」
ラルクが追いかけるが、彼女は凄まじい速度のバックステップで距離を詰めさせない。
「食らえ、ラルク」
「――鏖華咲咲」
それは彼女の最終手段だった。
彼女の右腕が薔薇の中に吸い込まれていく。
刹那、薔薇が心臓のように拍動した。
黒い巨大な骸骨が、口を開ける。
呪い。魔法というよりそれは呪いそのものだった。
「ぐっ、だが、腕ならなくても死にはしないだろ!」
その神器は、代償部位と同じものを持っていく。
この場合は右腕だ。
右腕を奪うまでそれは決して止まらない。確実に右腕は奪われる。
だが、それがどうした。
「うおおおおおおッッ!!!」
ラルクは襲い掛かる。黒き災禍の運び手を越え、獣人へと襲い掛からんとする。
「右腕なんて、くれてやるっ!!」
そうしてラルクは歯を食いしばって、力の限り地面を踏みしめて、
「いや、それはダメだ」
気付くとハインが、ラルクを突き飛ばしていた。
なっ、と彼は驚愕して、
「ラルク。貴様のことは好かんが……、」
「行くが良い。それでもお前は、この国を勝利に導くのだろうから」
その瞳は力強く、燃える希望に満ちていた。
だからラルクは地面を強く踏みしめてバランスを取り戻すと、駆け出した。
骸骨に呑まれるハインを振り返らずに、一直線に红玥に向かって。
「ばかにゃっ、ヴェートの奴が、王国を助けるにゃと!!?」
「思っていたよりも、どうやら世界は綺麗だったようだね」
「ぐっ、」
ラルクが剣を振るう。
至近距離、もはや彼女に勝機はない。
苦し紛れに红玥が左腕を振り上げて……、
そしてそれは、ラルクの剣を横から弾いた。
「んにゃっ?」
彼の一閃を防げると思っていなかったのか、彼女が頓狂な声を上げる。
尤も、彼女の敗北は既に決まっていたことだった。
「天剣流、双刃」
剣の腹が、彼女の頭を打ち抜いた。
彼女は糸が切れた人形のように、地に伏せった……。
ようやく、シャグランもレミィも红玥も倒された。
ハインは膝をついて息を切らしている。
「ハインさん」
「心配は不要だ。私には回復魔法がある」
それで治る怪我には見えないけど、まあ応急処置としては十分かとラルクは思う。
と、そこに足を引きずってタンがやってきた。
「ラルク、」
彼は眉根を曲げて、今にも泣きだしそうな表情をしていた。それは痛みのためではないだろう。
「ラルク、俺はお前に、」
「……謝罪も感謝も後にしてください」
この場に残っている戦力はヴェート連合のラルクのみ。
残りは、向こう次第だった。
「戦いはまだ、ある意味本番に入ってすらいません」
「……?それはどういう、」
彼はそのとき耳を澄まして……、足音を聞いた。
「王国人さん、」
「……」
そこにいたのは虎獣人の少女。
「私のせいで黎音さんが、黎音さんが、」
彼はすべてを理解した。そして……、
ゆっくりと、柔らかな微笑みを浮かべた。
「えっ……?」
「そうか、黎音さんもようやく、なりたいものになれたんだ」
「いったい、何を、」
「君が罪悪感に苦しむことはない」
彼は彼女の頭を優しく撫でて言った。
「俺には理解できない考えだけど、人には命よりも、優先しなければならないことはある」
「っ、」
「……それに、」
ラルクは虎獣人の少女を後ろにやる。
「あの人はとても強い人だ。何百年も耐え続けてきた人だ。そう簡単に死ぬはずがない」
そう言ってラルクは、アルマから貰った魔法薬を彼女に渡した。
「生きてさえいれば、これで命は繋げるはずだ」
「っ、王国騎士さん、」
「さあ、行ってこい」
「俺はここで、まだ少しやらなければいけないことがあるから」
それを聞いた少女は、だっと駆け出して行った。
治療は早ければ早いほどいい。
「……よし、」
そしてラルクは彼女が去ったのを認めた後に、剣と共に立ち上がった。
「それじゃあ、やろうか」
「ああ゛、そうだなァ」
目の前には大剣を携えたバートルが。
彼の周りには、10を超える獣王国兵が。
ひゅおおと清浄な風が吹く。
あるいはこの地平も、風も、失われてしまうのだろうか。
……彼は強く、剣を握った。




