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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第三章 闇照らす燈火
48/71

黎音の戦い

 かくして次の日の朝、再び三軍はぶつかり合った。

 前回の死者はせいぜい10人程度。だが今回は、大国軍が様子見かつヴェート軍が途中で撤退した前回とは大きく違ってくるだろう。

 

 これはあと1、2日で決着が着きますねと黎音は思った。


「黎音さん、本当に一人でバートルを止める気ですか!?」 

「私しかアレを止められないのですから、それしかないでしょう。放っておけば死者が大量に出るのは目に見えています」

「分かりました!俺は魔石田の直接の制圧に加わるので、ご武運を!」

「決して他の人を庇ったりして、死なないでくださいね!!」

「約束しかねます!」


 全く、相変わらずあの人はと内心心配しながら、しかしラルクが死ぬ可能性が低いのは分かっている。

 ラルクは強い。それに王国民なら、彼を相手にすれば刃が鈍るはずだ。王国軍のリーダーであるクラトスの妹との関係を考えれば、殺さずに捕虜にされる可能性の方が高い。


 問題はやはり、黎音の方であった。

 彼女は戦場を颯爽と駆けていく。水の上を、さながら陸上を走るように。


 標的との距離は約800m。黎音からすれば数秒の距離だった。

 

「氷爪」


 彼女は30㎝を超える、巨大な氷の爪を作り出す。

 そしてそのまま一息に、それに向かって襲い掛かった。


「やっぱり来たかぁ゛、『氷竜将』弥白黎音」

「ええ。昨日ぶりですね、『愚獣』バートル」

「その二つ名、もう少しどうにかなんねえか?」


 彼の軽口を無視して、黎音は爪を最短最速で彼に叩き込んだ。

 ギィンと、体の前の大剣で爪が受け止められる。


「はっ、テメェにはそれしかねえ」


 のか、と言おうとして、バートルの大剣がミシリと、嫌な音を立てた。

 

「ッツ!!?」


 彼は咄嗟の判断で大剣を放し、バックステップする。次の瞬間、大剣が二つに引き裂かれ、彼の居た空間は二つに切り裂かれていた。


「テメェ、」

「ええ、私にはこれしかありませんよ。()()()()()()()()()()()()()


 そう、


「速度と威力が十分であれば技はただ一つを除いていらない。先代龍神が、我らに示した道です」

「脳筋が。……だが、」


 彼は悪態を吐いた後、不敵な笑みを浮かべて……、

 直後、バートルの元から巨大であった筋肉がさらに隆起した。


「生憎と脳筋は、俺もなんでなぁ゛」


 武器を失ってなお、微塵も衰えない闘気。

 昨日の戦いと今日の戦いで、互いに互いを強敵であると認識した。

 本番はこれからですねと、黎音は思った。


 ……その時後ろから見つめてくる、謎の視線に彼女たちは気づいていなかった。これが弥白黎音にとっての最後の試練となることを、彼女はまだ知らない。





 一方ヴェートの中心部隊と共に、魔石田内部を目指すラルクたち。彼らの前にはマントを風にたなびかせ、赤い髪をかき上げた青年が立ちはだかっていた。


「……ラルク君、いや、ラルク。どういうことか、聞かせてもらえるかな?」 


 その瞳は怒りに燃えて。どのような怒りなのかは、複雑すぎてラルクには分からなかったが、とりあえず口を開いた。


「族長さんたち、先に行っていてください」

「ふん、言われずともそうするつもりだ」


 クラトス一人だったから全員で襲い掛かればすぐに終わったろうが、ヴェートの人間はそういう卑怯を好まないようだった。

 

 そうして金髪の剣士と、橙髪の元騎士が向かい合った。


「俺ら龍王国は、ヴェートとの連合を組むことにしました」

「……正気かい?」

「ええ。天華様が龍神を名乗ったこと、その意味が分からないクラトス様でもないでしょう?」


 言っていて、心が痛まないわけではなかった。ラルクは王国で今までの人生を過ごしてきた。すっぱり裏切るには重かったが、さりとて他の方法もなかった。


「……君は故郷に、大切な人がいるんじゃないのか?」

「それがどうしましたか?」

「王女様は裏切り者には容赦ないよ。君の家族は惨憺たる拷問を受けた後に、殺されることになるだろう」

「大丈夫ですよ、ヨシュア先生に頼んでおきましたから」

「……魔法通信機かい?」

「いえ。来る前に、何かあったら妹たちを頼むと言っておいたんで」

「……やはり、正気じゃないね。何かあったらと言っても君が裏切った場合は話が別だろうし、何より一介の教師にそこまでの権限も能力もないよ」


 そう言われても、ラルクは正気であった。彼はヨシュアが『任せなさい』と言った以上、ヨシュアは妹たちを守るであろうし、アストラフィアが妹たちに手を出すことは出来ないと知っている。


「……まあ、俺のことを心配しているのなら、それはお門違いですよ」

「ッツ、僕は心配なんかしていない!これはあくまで、最後通牒をしているだけで、」

「なら、キッパリ断っておきましょう。俺は王国を倒す」


 ラルクは、自分が他人からの感情を図りあぐねることはないと理解していた。ただその上で、無視をする。

 

「……本気、なんだね」

「ええ」


 クラトスはラルクを睨みつけた。びくりと思わずラルクは震えて、しかし剣を抜いた。レイシアに貰ったものとは少しデザインの違う、そのミスリルの剣を。


「そうか」


 彼は何かを悟ったように呟いた。


「そうか……」


 次の瞬間、クラトスは地を蹴ってラルクに突進した。


「天剣流、二の太刀要らず!」


 それは世界で最も攻撃的な剣術である、天剣流。その中でもあらゆる防御と次への可能性を捨て、相手を一太刀で切り伏せることだけを目的とした、超攻撃的奥義。

 ラルクは目を見開く。彼は、無敵流の剣士だったはずだ。二の太刀要らずに大した技術は必要ないから使えてもおかしくはないが、それにしても、


「プライドなんて捨てたさ」


「この世界は美しく在るには少し歪み過ぎている」


 クラトスには分かっていた。自分とラルクでは力の差があることを。

 普段の異常な鍛錬が身を結んだからか、あるいは龍王国で何かを乗り越えたからかは分からないが、ともかく彼は格段に強くなっていた。


 ならば徐々に削られるのは絶対に避けなくてはならない。勝機は最初の一太刀目のみ。

 雄たけびを上げて、彼はラルクに切りかかった。


「天剣流、」


「二の太刀要らず」


 対するラルクも、同じ技を選んだ。剣を振り下ろすタイミングは同時、剣が交差し、鍔迫り合いとなる。


「……ぐっ、」


「ぐっ、うう、」


「ウオオオオォッ!!」


 クラトスは咆哮を上げるが、こうなった時点で既に彼の勝ちはなかった。走った勢いを乗せて、初撃でラルクの剣を弾き飛ばしかなかったのだ。

 徐々に、クラトスの剣が押されていく。ただただシンプルな、筋力の差。


「……すみません、クラトス様」

 

 キィンと音を立て、彼の剣が弾かれた。それは回転しながら彼の後方へと飛んでいく。

 クラトスは目を細める。想定以上に、勝負になっていない。


「だが、」


「それが負けていい理由にはならない」


 クラトスは理解していた。ラルクの剣は、自分を切り裂く前に止まるということを。

 彼はラルクをよく知っているわけではない。ただそれでも、彼が人を殺さないことくらいは分かる。


 実際それは、クラトスの頭の上でぴたりと止まった。その瞬間、クラトスが彼に掴みかかる。


「ウオオオオオオオッツ!!」


 普通に絞め落とそうとしても、ラルクの僧帽筋が発達した太い首に効くかは分からない。

 かと言って、当然通常の打撃は決定打にならない。


 ならば目的は、目の前の岩に頭から叩きつけること。当たり所が悪ければ彼は死ぬかもしれないが、そうなるなら仕方がないと、クラトスは強く歯を軋ませた。


「終わりだ、ラルクッ!!」


 強烈な投げが、ラルクを襲う。

 すべては侯爵家当主としての、あるべき責務で。レイシアの騎士でありながら、すべてを捨てて龍王国に寝返った裏切り者を倒すため。


 ……本当なら、こんなことしたくはなかった。望んでいた未来はもっと牧歌的で、二人が手を取り合っているものだったはずだ。

 『選別』のテーゼンシア。あれさえいなければ。彼は強く、そう思って、



「…………あ、れ?」


 その時彼の顔が、青くなった。

 ……投げられようとしているラルクが、微塵も動かない。この時クラトスは、巨木を引き抜こうとしているかのような錯覚を受けた。


「まあうすうす、こうなる気はしていました」

「ばかな……、」


 クラトスは事ここに至って、ようやく気が付いた。

 違う。

 これは違う。てっきり龍王国までの険しい旅路に、度重なる敵との戦いを経て強くなったのかと思っていたが、これは明らかにそんな通常の成長ではない。


「君は、いったい、」

「俺にも、分かりません。俺に何が起きているのかは」


 ただ、とラルクは言って、


「俺は俺の正義を、失ってはいませんよ」

「……王国を裏切っておいてかい?」

「ええ、レイシア様との約束は、守りましたから。……それに、」

「それに?」

「……俺の守るべきものの中に、王国は入っていますから」

「……」

 

 クラトスはますます怪訝そうな顔をした。


「守るべきものの中に、王国が入っている?」

「ああ、ええ」

「守るべきものとは?」

「全人類」

「……」


 クラトスはそれを聞いて、珍しく何かを考えるように俯いた。

 そして少しして、顔を上げて言った。


「ああも小さかった君がなぜ、七冠聖絶に選ばれたのか分かった気がしたよ」

「まあそれでも腑には落ちませんけどね。格落ちがすぎます」

「……そういうことか。試練とは、きっと、」

「?」

「とにかくだ」


 彼は紺碧の瞳をラルクに向けた。

 真っすぐなまなざしに、思わず彼も見つめ返してしまう。


 熱い日差しが、二人を灼く。そんな中おもむろにクラトスは口を開く。


「一つだけ聞かせて欲しい」

「……なんでしょう?」

「君はレイシアに、顔向けできるような道を歩んできたかい?」

「はい」


 即答だった。燃えるような瞳に、一切の邪念も嘘もなく。

 本当に正しく生きてきたのだろうと、理解させるだけの美しさが彼にはあった。


「そうか」


「そうか……」


 クラトスは瞳から、一筋の涙を流していた。ラルクには杳として知れぬ、涙の意味。


「行くといい」

「……クラトス様」

「王国自体はまだ戦うが、僕はリタイアとさせてもらう。レイシアを思うと、君の道を妨げたくはなくてね」

「クラトス様!」

「さあ行け、もたもたしているとすべてが手遅れになるぞ!」

「はいっ!」


 ラルクは駆けて行った。もはや自分では決して追いつけない速度で前に進むラルクを、眩しそうに彼は見送る。


「……君以上にまっすぐな人間なんて、どこにもいない。妹の仇を褒める気はないけれど、聖絶は見る目だけはあるようだね」


「……ああ、でも不思議だ」

 

「聖絶が、名のある強者に試練を持ちかけるのは分かる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ヴェートの戦士たちは、魔石田の中央に向かっていた。

 この戦の勝利条件は魔石田を制圧すること。

 ならば三勢力がここに集結するのは当然と言えば当然だった。


 王国より『死老』シャグランに『大魔術師』レミィ。

 獣王国より『蠱猫』李 红玥(リ ホンユェ)

 ヴェートより『全族長』ハイン。


 戦力で言えば、王国が突出していてヴェートが特に不足しているだろうか。

 

 波打つ水面。向き合う精鋭たち。

 魔石田を取り囲むように一堂に大戦力が面していた。

 

「……ふむ、魔石田から出てきたということは、要塞化はまったく進んでいないようですな」


 白髭を生やした初老の男、シャグランがそんなことを呟く。


 赤髪の可愛らしい猫獣人红玥は、舌打ちして、


「にゃー、訳の分からん連中がきたせいにゃ!本来だったらあたしたちは、もうお前らに勝っていたはずにゃ!!」

「ほっほっほっ、若いですのお。……戦場では不測の事態が起こるのではない。不測の事態しか起きないというのに」

「なめんにゃ。何が起ころうと、バートル将軍がいる以上こっちの勝利はゆるがにゃい」


 ハインは思う。自分ら以外は、戦慣れしていると。

 軽口をたたき合うシャグランと红玥。その姿に一切の焦りや緊張は見られず、当たり前だが、今まで大国に従うばかりで戦ってこなかったハインたちとはまるで違う。

 

 血に不慣れな戦士。死に震える戦士。あるいは相手を殺すことにためらいを持った戦士。

 ただでさえ実力で劣るのに、気でも劣ってどうすると舌打ちする。


「ところでにゃー、強がってはみたものの、これ王国が一人勝ちしそうにゃねー。あの馬鹿(バートル将軍)はどこにいったんにゃか」

「……おや、いきなり降参ですかな?」

「いいや。――そこのお前ら、一時組むとしないかにゃ?」

「……私たちか?」

「そうにゃ」


 红玥は蠱惑的に笑う。幼さの中に、ぞっとするほどの色気を宿して。


「王国には私クラスが二人。対してこっちもお前らも戦力不足にゃ」

「……」

「だからここは一旦敵同士手を取り合って、――


 刹那、红玥は神速のバックステップで火球を躱した。

 彼女のいた空間が熱で歪み、水面が業火で包まれる。


「ほっほっほっ、避けますか」

「……ちっ、まあ待ってはくれないにゃよね」


 红玥は舌打ちをして、


「まあでも、やっぱりお前は将軍に遠く及ばんにゃ。あの馬鹿ならみすみす交渉なんてさせなかった」


 红玥の瞳が妖しく光る。

 ……彼女の能力は既に、効力を発揮していた。










 戦場に、硬質な音が響き渡る。

 ぶつかっていたのは爪と爪だったのだが、それらは鋼鉄のそれよりも遥かに硬く鋭い音を発した。

 

 まず間違いなく、この戦場で最大の衝突。『氷竜将』弥白黎音vs『愚獣』バートル。

 空気が激震する。

 彼女たちが地面を踏み抜くたびに津波が巻き起こった。


 より強く、より速く攻撃を叩き込むために、震脚し、咆哮し、勢いの限り襲い掛かる。

 技量はどちらも高かった。ただその上で、この戦いは技量も策略も関係ない、単なる力のぶつかり合いとなっていた。


「くっくっくっ、つええなぁ゛!!これが龍王国第三位の力か!!」


 バートルは愉快そうに大声で叫んでいた。体にはいくつもの裂傷が出来ていたというのに、動きが悪くなる様子は一切なくむしろ加速している。

 戦闘狂が、と黎音は舌打ちした。


「肉は俺の爪を通さず、体幹と足はこの不安定な地面でも体を支えさせ、背筋はミスリルの大剣をも破壊する強烈なインパクトを可能とする!これほどまでの相手は8年ぶりだっ」

「ならとっとと、諦めたらどうですかね」

「だが、俺様ほどじゃねえ」


 バートルの振るう拳を、体の前で両腕を交差することで防御して……、体が何十メートルも、宙を浮く。


「ぐっ、」

「効くだろ、俺様の一撃は。そもそも俺とお前じゃ体躯が違え。蹴りもパンチもリーチが違う。どちらかが武器を持っているのならともかく、両方爪が武器の状態じゃ、この差は致命的だ!」


 厄介ですね、と黎音は心の底から思った。バートルがおおよそ人間相当の知能を持たない白痴であることは論を待たない。ただその上で彼は脳筋ではない。

 彼には無数の戦場での経験があり、こと戦うことに於いて知能の低さは一切弱点となっていなかった。



「……」


 彼は一貫して彼の爪がギリギリ届き、彼女の爪が届かない位置を取ろうとしてきている。


「……」


 この水が膝上まで来るフィールドは、少しとはいえ確かに彼女の機動力を削いでいた。この水がある限り、リーチの長いバートルの優位は絶対的なものになる。

 

「……なら、」


 黎音の美しい翼がバサリと開かれた。ああ゛?とバートルが眼を丸くして、


「吹き飛ぶがいい」

「ああ、何だァ゛ッ!!?」


 瞬間、凄まじい暴風が巻き起こった。ゴオオオオオと、耳を劈くような風の音が戦場を覆いつくす。

 吹き飛ばされないように、バートルは地面を踏み抜いた。


「……オイ、嘘だろ?」


 そしてバートルは気が付いた。一時的とはいえ、周囲に水がなくなったことに。


「氷結」


 パキンと、砂の地面が凍り付く。そして彼女は神速でバートルの間合いに潜り込む。


「……ちっ、」


 バートルは振り向こうとして、……滑ってほんの少しだけ反応が遅れた。

 

「しくったか」


 刹那、強烈な一撃がバートルの腹を貫いた。


「ぐうっ、おおっ!!」

「もう一撃、」

「させるか、よっ!」


 背中から何本もの爪が飛び出たバートル。追い打ちをかけるように黎音は爪を引き抜いて、また突き刺そうとしたが、何とか彼は後ろに飛びのいた。

 

「はぁ゛、」

「致命傷は逃れましたか。臓器も、なんとか体を捻って躱したようですね」

「ああよ」

「ですがその状態では、もう勝負はあったのではないでしょうか」

「……はっ、抜かせ。まだまだ元気いっぱいだよ」


 彼は強がるものの、怪我は決して軽いものではなかった。大量の出血に加え、腹筋の損傷。腹筋は殴るときにも走るときにも、どんな動きをするときにも要となる、体の中心であった。

 この状況に持ち込んだ時点で、黎音の勝ちは固かった。

 焦らず削っていけば、確実に勝てると彼女は判断して、


「とはいえまあ、こうなったら仕方がねえ」

「……?」

「出し惜しみできる状況じゃねえな。使うか、奥義を」

「……」


 奥義。ただ一つの技を必殺まで練り上げる竜人にはない概念だったが、彼にとっての奥義がどのようなものであるかは想像できた。

 おそらく、高い威力と精度を以て相手を殺すことを目的とした技。


「っと、その前にだ」


 と、そこでバートルは動きを止めた。


「その前に、一つ聞かせてもらってもいいかァ?」

「……何をでしょうか?」

「いやなに、大したことじゃねえ。ただその上で、お前が奥義を出すに足りる女なんか知りたくてな」

「……?」

「テメェの理想はなんだ?」


 黎音は怪訝そうな表情を浮かべる。一体何を言おうとしているのかと思って、


「俺は獣王サマに忠誠を捧げている。それはもう、絶対的な忠誠だ。アイツはバカだから碌な計画を立てねえが、それでも死ねと言われたら死ぬ覚悟がある」

「……馬鹿にしてませんか?」

「してねえ。俺にとってアイツの頭の出来はどうでもいい」


 バートルは笑うでもなく、冷静であるわけでもなく、その瞳に確かな理想を宿して言った。


「ただ俺にとって重要なのは、獣王サマが正義を持っているということだけだ。燦然と輝きこの乱世を照らす、正義をな」

「……ヴェートから散々毟り取っておいて、正義?」

「ああ、それに関しちゃ俺がどうにか丸め込んだ。魔石田があったらヴェートの連中は、鉱脈のせいで働かなくなって、数十年前に破綻したナツウの連中のようになるって言ってな」

「……」


 正義、それとバートルの行動は矛盾しているように思えた。知性の欠如のせいで気づいていないのかとも彼女は考えたが、理想に向かう人間は、理想に対してあらゆる思考を惜しまないということを彼女は知っている。

 

「……何だその眼は?」

「……いや、冷静に考えてみないでも、正義を掲げるのなら、ヴェートの人々への対応はおかしいのでは?」

「冷静になって考えてみろ」


 バートルはため息を吐いて、


「ヴェートの魔石田を獣王国が利用すれば、より多くの人間が救われることになる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仕方がなかったってやつだよ」


 それを聞いて、黎音は目をパチクリさせた。そしてすぐに、自分がどれほどラルクに影響されていたのかに気が付いた。

 思わず彼女は、吹き出してしまっていた。


「ふふっ、あははっ、」

「……何だ、いきなり笑って気持ちわりい」

「いえ、……それで私の理想が、何であったかでしたね」

「あ、ああ?」


 黎音は自らが悪であると理解している。だから彼女は、胸を張って言った。


「優しい人間に、なることです」 

「…………………?」


 バートルは、怪訝な表情を浮かべた。


「優しい人間になんざ、なりたいと思った時点でなれんじゃねえのか?理想というには、あまりにも低い目標じゃあ、」

「現実はいつだって、醜く捻じれ曲がっています」


 黎音は炎を宿した、その黒眼で力強く前を見つめて、


「人を助ければ、定めし自分は損をするのでしょうが」


「――そんな世界でも正しく在れるような、自分に誇れるような、そんな人間に私はなりたい」


 バートルは、一瞬無言になった。

 世界が一瞬静寂に包まれた。

 そして、二人の周りの波紋が止まった頃、徐に口を開いた。


「……テメェが何を言ってんのかは分からねえ」

「でしょうね」

「だが、テメェが薄っぺらな奴じゃねえのは分かった」


 次の瞬間、バートルは自分の胸に手を当てた。

 漆黒の光を放つ、おどろおどろしい見た目をした剣が引き抜かれる。


「それは、」

心黒紹剣(ソウルエンド)、獣王国の国宝の一つだ」

「……身もふたもないですね。奥義がまさか、ただただ強い武器を出すことだとは」

「だが、分からねえテメェじゃあねえだろ?」


 バートルは相変わらず、知性のかけらすらも感じさせない獰猛な笑みを浮かべて、


「徒手と武器じゃあ、武器の方が強い。そして弱い武器と強い武器じゃあ、強い武器を持っている方が当然強い!」

「本当に、品がない」

「品?そんなんじゃ誰も殺せねェぞ!究極奥技、暴殺轟雷(アビススパーク)


 黒い剣に、膨大な魔力が集まっていく。

 バートルは魔法こそ使えないものの、魔力量では黎音に何ら劣らない。

 次に来るであろう一撃を受ければ、即死は免れ得ないだろう。


 黎音は全力で思考を巡らせる。

 彼の攻撃を弾くか?……いや、私の氷爪は剣をも穿つ鋭さの代償として耐久性を失っている。


 なら選択肢は一つ、避けるしかない。


 彼が放つは名前から察するに雷系統の攻撃。

 大気中は電気が通りにくく、稲妻は偶然通れる道が見つかるまで都度都度止まるため、マナをあまり含まない自然界の雷でも速度は精々秒速200㎞弱。マナフリクションを考慮すれば、バートルの技の速度は概算で秒速七~十㎞程度。


 つまり光が発せられた0.001秒後に攻撃が私に届くことになる。

 避けられますかね?


 ……私なら、やれる。



 ラルクやアルマは先読みで攻撃を回避する。クラトスはどんな攻撃が来ても対応できるように構えておく。

 そして黎音は……、後から動き、先を奪い取る。それは原始的で一見洗練されていないようにも思える戦い方だったが、圧倒的な力に任せた戦術が最強であることは風見天華が証明していた。


「……」


 バートルの剣に魔力が溜まっていく。今にも暴発するんじゃないかと思えるほど、魔力が高まる。

 ひとたび放たれれば、天を轟かせ大地を抉る極大魔法。されど黎音の頭にはそれを避ける方法だけでなく、避けた後反撃するまでの絵図までも描かれていた。


 沈黙が流れる。バートルという男は一流だ。想定外のタイミングで技を放ってくるだろう。

 

 と、そこで、二人にとっての想定外が起きた。

 気づくと一人の少女が、黎音の数十メートル後方に立っていた。


「お姉ちゃん、頑張って!!」


 応援するために、ずっとついてきていたのだろう。ただその位置は、明らかに攻撃の範囲内だ。ヴェートの弱者しか知らない少女からすれば安全圏なのかもしれないが、バートルと黎音の領域内だった。

 

 そして声と同時に、光が奔った。  

 

 想定通り、想定外のタイミング。

 黎音の体は、シミュレーション通りに右斜め前に跳躍しようとしていた。


 バートルは、攻撃を放とうとした直前に現れた少女に、意識を一瞬だけだが取られている。

 そしてその一瞬はあまりにも重かった。


 殺せると、黎音は確信して。


 そして同時に気づいてもいた。


 ここで黎音が回避すれば、少女は魔法の直撃を受けて確実に即死すると。眼前に迫りくる雷光。

 

 死の二者択一。


 されども黎音は正解を知っている。

 ここで自分が死ねば、どうせ少女も殺される。ヴェートは敗北し、ラルクも死ぬ。だから黎音は虎獣人の少女を見捨てるのが正解だと知っていた。

 

 ……欺瞞だ。黎音は自分が、死にたくない。死ねばそれで全てが終わると知っていた。あれだけ今まで苦しみ続けてきたのに、せっかく苦しみから解放されたのに、昏い奈落の淵に舞い戻るなんて嫌だった。


 正義とはかくも遥けき理想だった。

 結局黎音は、正義ではいられなかった。


 ならせめて、勝利だけは献上しよう。


 死した少女の為にも。

 それがせめてもの、(はなむけ)だと信じて――


『黎音お姉ちゃんは、誰にも負けないもんね?』


 ごおおおぉんと重く鋭い音と共に、辺りが閃光に包まれる。

 稲光、それは一瞬間だけ太陽の光を凌駕して、


 次の瞬間、彼女の前には倒れていた。



「……おねえ、ちゃん?」



 彼女の前には、黎音が倒れていた。


「あ゛あ?」


 絶望したような声と、間の抜けた声が静寂の空間に響く。

 もくもくと、水の中で赤が広がる。顔が水面下にあるというのに、ぴくりとも反応しない。


「うそ、だよね、」


 ゆっくりと、ゆっくりと少女が黎音の元に近づいて行った。


「おねえちゃんは無敵なんだよね。誰にも負けないって、そういってたよね」


 ふらふらとした足取りで、歩みを進める。

 いつしか黎音の元につき、彼女を抱き起こす。


「起きてよ、あんなかんたんに、お姉ちゃんがやられるはずが、」


 そしてそこまでいって、彼女は気がついた。

 焼けた着物。皮がめくれているのか、肉が露出しているのかも分からないほどに、どす黒く赤く変色した胸。


 香ばしい匂いが辺りに広がる。食欲をそそる、良い香りが。


「ああ、」 


「ごめんなさい、黎音さん、ごめんなさい、ごめんなさい、」


 滂沱する少女。ことここに至って気づいたのだろう。

 自分のせいで黎音は敗北したのかもしれないと。


「うわぁああああん!!」

「……」


 バートルは何を思ってか、黎音と泣きじゃくる少女を見下しては空を見上げてを繰り返す。


「……あ゛ー、テメェのせいとも限らねえ゛よ」

「だって、」

「俺様ならあの攻撃はまあ躱せねえ。そしてあの女は俺様より弱い。テメェがいようといなかろうと、結果は同じだった」

「っ!!」


 少女は何かを言おうとして、とどまって、やはり何かを言おうとして、されど言葉を飲み込む。


「せいぜい敗者は傷をなめ合ってろ」


 それだけ言って、バートルは魔石田中央部の方角へと消えていった。

 助かったことに不覚にも安堵を覚えながら、少女は黎音を背中におぶる。

 

「……おねえちゃん、」


 心拍は弱弱しいが、止まってはいなかった。死戦期呼吸(心停止直後の、喘ぐような呼吸)でもなく、正常な呼吸をしている。問題は出血だけだ。


「……いかないと」


 少女もまた、魔石田の中央に向かった。回復魔法を使える、全族長に会うために。















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