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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
38/71

黎音と永遠

あれから時間が少し経った。

 ラルクは、王国へ戻る道を着々と進んでいた。その途中、立ち寄った村で彼らは一泊することとなる。


 いつか見た夜。さびれた村の、広場の真ん中。

 黎音とラルクは手をつないで、どこまでも絢爛な歓楽街の、けれどもその暗がりで一人眠る少女のように寂しく光る天の大海を眺めていた。


「死した魂は天に昇り、そして星になるそうです」


 黎音がそんなことを言う。


「あの中に坐す龍神様は、母は、父は、それぞれの娘の成長をどう思っているのでしょうね」

「……」


 ラルクには杳として知れなかった。彼はその三人を実際に見ていないのだ、仕方がないだろう。嬉しかったんじゃないかとは、想像できたが。


「……ラルク。一つだけ伝えたいことがあるのですが、いいでしょうか」

「何でしょう、藪から棒に」


 そうは言っても、ラルクは黎音が何を言おうとしているのかは分かっていた。

 秋の夜の涼しさに、しかしなぜだか暖かい。繋いだ手から暖かさが伝わって、熱は胸に宿り、それからまた昇って頭をぽーっとさせる。

 ふと隣を見ると、普段は表情の薄い黎音がはにかむように微笑んでいた。


「ラルク」

「はい」

「好きです。お前のことが」


 それはあまりにも当然のように、流れるように言われた。

 予想出来ていたのに頭の中で反芻して、意味を理解して顔を赤くするまでに時間がかかってしまうほどに。


「……黎音さん」

「はい」

「ごめんなさい」


 ただラルクは、申し訳なさそうにそんなことを告げた。黎音が微笑みながらも、少し悲しそうにする。


「参考までに、なぜでしょう?」

「俺には、未来を約束した主君がいました。だから、ごめんなさい」

「……ふふっ、難儀なモノですね」


 ()()()()。つまりもう、その少女は生きていないのだろうと黎音は推測する。

 ただそれでも、ラルクは彼女を裏切りはしないのだろう。それは信念や道義からではなく、ひとえに、この少年が優しい思いやりを持った人間だから。

 少し、ラルクの手を握る力が強くなった。


「私の母が、父を無理矢理に犯したということを話したでしょう?」

「……藪から棒に、何を」

「実は、父が龍神様の番でさえなければ何の問題もなかったのです。竜人族は、弱肉強食、というより力こそを範としていますから」

「……」


 今この状況で黎音が無理矢理に彼を犯そうとすれば、彼にはどうしようもないだろう。今回の旅を通して多少は成長したが、まだ黎音との間にはいかんともしがたい力の差があるのだから。

 場所もまずかった。助けを呼ぼうにも、彼女に対抗できる戦力があるはずがない。


 ただラルクは彼女の、星に照らされ青白く染まった表情を見つめた。

 少し憂いを帯びた、可愛らしい顔。


「……黎音さん」

「はい?」

「貴女はそんなこと、しませんよ」

「なぜそう言い切れるのですか?言っておきますが、私はどんな手を使ってでもお前と番になりたいと、心の底から思っていますよ」

「でも、思っていても貴女はそんなことをしません。なぜなら、」

 

「貴女は優しい人ですから」


 優しい。それは自分には到底似合わない言葉だと黎音は感じた。とばっちりのような形で仮面の男の腕を切り落とし、ラルクを瀕死に追いやった自分には。


「私は優しくなどありませんよ。外道で、非道で、そして残酷な竜です」


 なんとか言い逃れをしようとそんなおべっかを使われたのかと思い、黎音が少し拗ねたようにそんなことを言う。

 けれど、ラルクは変わらず穏やかな笑みを浮かべた。


「貴女は俺を、聖絶から命をかけて守ってくれようとしたじゃないですか」

「……」

「もう貴女は、大切な物を踏みにじるようなことはしませんよ」

 

 どこまでも暖かい人間だった。ふっと、黎音の手の力が緩んだ。


「……ふふ、お前に手を出す気はそもそもありませんでしたよ」


「ていうか、私が女子割礼を受けているのを忘れてませんか?」

「あっ、」


 忘れていたわけではなかったが、意識に昇っていなかった。

 慌てるラルクに、黎音はくすりと笑う。


「黎音さん、」

「勘違いしないでください、私は私の不能を厭っていません。こうでなければお前を襲っていたかもしれないと考えると、感謝の念すら湧いてくる」


 黎音の表情には本当に、一抹の陰りもなかった。


「私は思うのです。罪も、苦しい過去も、肉体の瑕疵も、何もかもが、今ここでお前と共に星空を見上げるためにあったんじゃないかって」

「……でも、貴女の二百年は」

「確かに私の二百年は損なわれました。お前は人間、共に生きられてあと60年。短ければ明日にも離別の日は来るでしょう」


 少しだけ寂しそうに、そんなことを呟いて、


「でも、幸せだからこれでいいのでしょうね」


 虫の声一つしない静かな夜。明かりのない小さな村で、起きているのは二人だけだ。

 長い晩夏の夜。


「ときに、竜人族の死因は、半分近くが自殺だそうです」


 唐突に黎音がそんなことを言った。ラルクはびっくりして、何を言おうとしているのかと勘ぐって、


「かつての私のように、生きる希望を見いだせていない人は稀です。多くは大切な人を亡くし、それによって自死を選ぶそうで」

「……黎音さん」

「竜人は永遠に近い時を生きるのですからね。寿命で言えば、私のような上級の竜人は二千年はくだらないでしょう」

「二千、ねん」


 二千年。それは途方もないほど、長い時だと思った。グローリー王国だってそこまで長くはない。それはもう、幾つもの人生を体験し、そして全てを体験しきるに十分な時間なのだろう。


「勘違いしないでください。飽きてこの世を去るのではありません」

「……では、なぜ死ぬというのですか?大切な人が死のうとも、まだいくらでも、幸福になれるでしょうに」

「大切な人が死んで、()()()()()()()()()()()()()()()


 満足。飽きるのではなく、満ち足りて。

 そういえば彼とエリクシルについて話したのは、この村だった気がする。

 終わらない蘇生のループ。終わらない寿命。


「私はお前が死んだあと、後を追うかも知れません」

「そんな、」

「でも……、…………きっと、お姉ちゃんに会いたくなって、ふらっと何千年も生き続けるでしょう。それに、」


「お前との子供がいたら、きっとその子の死までは生き続けますよ。竜人と人のハーフが、何年何十年何百年生きるのかは知りませんが」


 ラルクは気づいた。替わったと思った話が、一切切り替わっていなかったことに。


「ごめんなさい。どうやら私は、卑怯な人間のようです」


 ただラルクはそれに、卑怯なものや悪辣なものは感じなかった。

 なぜなら、『でも』の後の空隙。それは本来は脅しで子供の話をしようとしていたところに、良心で別の話を入れこんだのだろうから。


 多分必死なだけなのだろう。今まで夢見ることすら叶わなかったモノを目前に、足掻いているだけなのだろう。ならそれを、否定することはできなかった。


「黎音さん」

「なんでしょう……、っつ!!?」


 ラルクは黎音の手の甲に、そっと口づけをしていた。掌に伝わる湿った暖かい感触に、黎音が顔を真っ赤にする。


「な、何をっ、するのですか!?」

「手の甲へのキスは、親愛を表すそうです」


 ラルクは黎音の手を握りながら言った。


「そして親愛は俺が思うに、最も暖かい愛です。恋の愛と違ってそれはただ、隣にいるだけでいい。よって定めし、永遠なのだから」


 相も変わらず純粋な瞳だった。

 彼は精一杯、黎音が大切な人間であることを伝えようとしているのだろう。


 彼のその考えはロマンチックではないが、それ以上に美しかった。

 すぐに落ち着きを取り戻した黎音は嬉しそうに、しかし少しだけ苛立ったように言った。


「慣れた手つきですね。よくやるのですか?」

「騎士ですから」


 すまし顔でラルクはそんなことを言う。黎音はむっと気色ばむ。


 ただ彼も、実は顔を赤くして胸はドキドキしていた。初めてのキス。あるいはこれは、レイシアへの不忠に当たるかもしれない。

 でも、これでよかったんですよねレイシア様と、彼は心の内で思う。


 夜空に一等明るく輝く金の星。それがなんだか、キラリと輝いた気がした。










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