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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
25/71

饗応

 龍王郷に着いたその日の夜に、ラルクたちは竜王との食事の席を設けてもらっていた。 

 座布団の前に膳が幾つか置かれている。おそらく目の前の、最も豪華な食事の席が竜王のものだろう。 

 ラルクとアルマは座って、竜王が来るのを待っていた。


「しっかし、意外だな」

「何がだ?」

「いや、俺らの為にわざわざ会食の席まで用意してくれるだなんて」 

「……一応俺たちは国賓だぞ?」

「わっ、そうか!」


 竜の彫刻や螺鈿細工といった意匠を凝らされた、いかにも高価そうな食器に、どこか輝いて見える食材の数々。

 慣れなさにそわそわしながら、ラルクは廊下の奥を見つめ続けた。



 そうして待つこと数分。衣と床のすれるような音が向こうの廊下から聞こえてきた。

 

 来たかと思って、ラルクたちが顔を上げると、


「申し訳ない。待たせてしまったね」


 不思議と室内に響く、ハスキーな声。


 真紅の鋭い瞳に紫紺の艶髪。巨大な黒の片翼と漆黒の角。

 花の色をした着物に、蓮花をあしらった髪飾りを。


 神の如き美しさを湛えた笑みが、否が応でも畏怖を覚えさせる少女だった。


 ラルクは緊張に、息を呑んで、


「遠路はるばるようこそ。ボクはこの国の王、風見天華(かざみてんか)さ」

「よろしくね」

「ああ、えっと、はい?俺はラルクです。よろしくお願いします」

「……私はアルマと申します。竜王様、こちらこそよろしくお願い申し上げます」

「そんなに固くならないでいいさ。ルーズに行こう」


 存外にフランクな天華の態度に、ラルクは目をパチクリさせる。竜王というくらいだから、もっと尊大な人物であろうと想像していたのだ。

 すると、彼女はひょいと身を乗り出してきた。


「お、意外そうだね?仮面の、アルマと言ったっけか、はそうでないみたいだけど」

「まあ、はい。なんかその、アストラフィア様みたいなのを想像していました」

「あれはあの子がちょっと変なだけさ。二人称貴君だなんて今日日聞かないよ」

「確かに」


 軽快で飄々とした少女だった。


 彼女は、冷めてしまうからご飯を食べようと言って、少し崩れた白見魚の煮物に箸を伸ばした。

 ラルクたちもそれに続いて、一礼してから食事を開始する。


「ん、おいしいです!」


 普段まともな食事をとっていない彼にとって、これらのご馳走はどれほどのものなのだろうか。

 次々に箸を進めていく。


「君の食べっぷりは見てて心地良いね」

「あはは、そうですかね?」

「ああ。時に黎音、あの子が君たちの護衛をすることになっただろう?」


 そこで天華は、箸を彼らに向けて、そんなことを言いだした。


「ええ、そうですけど、」

「国境地帯の紛争解決に残りの二竜将を向けてしまっていてね、黎音しか聖絶に対応できそうなのが残っていなかったんだ」

「なるほど?」

「でもあの子には少々、龍王国との禍根があってね。生活がある以上下手なことはしないだろうけれど、機嫌を損ねたら何をするか分からないから気を付けて欲しい」

「禍根」


 ラルクが呟く。

 それに、ああ。と天華は答えて、そして何も言わなかった。

 彼女が詳しく話そうとしない理由は分かる。余人の踏み入るべき問題ではないのだろう。少し気にかかるが、彼も何も聞かずに羹を口に入れた。


「熱っ!!ふー、ふー。……そういえば、龍神山についてあまり詳しくないのですが、登る際に留意しておくべきことなどはありますか?」

「アストラフィア辺りから何か聞いていたりは?」

「い、いえ、」

「だろうね。神域ゆえ、ボクらもあの山には明るくない」

「……竜王様も?」

「龍神と竜王では、全く違うんだよ。少なくとも、他の竜人たちはボクがあの山に入るのを良しとしないだろうね」


 ラルクは意外そうな顔をしながら、膾をふーふーと吹いてから口に入れる。


「……あざといな君」

「じゃああの山については、本当に何も情報はないということですかね?」

「ああ。強いて言うなら異邦から来たヴァスクという男が、山頂で青の輝水を取ったという伝説があるのみだ」


 ここでアルマが、怪訝そうに天華の方を見た。


「伝説?今、伝説と仰せられましたか?」


 それは、ある不審に基づく質問だった。つまり、


「なら青の輝水は、」

「ああ待ちたまえ。おそらく輝水は本当にある」


 天華は地図(ただし、そう正確なものではないだろう)を開いて、龍神山を指さす。


「龍神山はここから、真東にある」

「……?」

「そしてちょうど東の方角、ここからでも感知できるほどの異常な濃度のマナ」

「……まさか、」

「ああ。これは遥か彼方の輝水の放つ波動さ」

「!!」

 

 これにはラルクばかりでなく、アルマも驚愕していた。 

 それこそ王国の百年分の暖房と冷房と照明が賄えるほどのエネルギー。このマナが全て、龍神の残滓だとでも言うのか。


「偉大だろう?」

「え、ええ」

「ボクもそれなりに頑張ってはいるんだけれど、どうも遠くてね」

 

 天華も天華で超級の実力者であることは間違いないだろう。

 彼女の居振る舞いには隙しかない。しかし不意を突いて襲い掛かったとして、寸毫たりとも勝てる未来が見えない。


 ただ、龍神は次元が違った。

 竜王のどこか闇を孕んだ眼差し。アルマはどう返事しようかと少し悩んで、


「でもきっと、頑張っていればいつかはたどり着けますよ」


 ラルクがそんなことを言った。


「……ふうん?」


 アルマは場の空気が一気に冷たくなるのを感じた。

 温度のない、真紅の瞳がラルクを静かに睨みつける。


「随分簡単に言うね」


 既に先ほどまでの親しみやすさはなく、ただ純粋に、上位者としての天華がそこにいた。

 とは言っても別にこれは、彼女が豹変したわけではない。閾値が低いだけなのだ。


 例えば大抵の人はゴキブリや蜘蛛を家の中で発見すれば、不快だからというだけの理由で容赦なくそれらを殺傷するだろう。


 とても低い、越えてはいけないラインを越えた時点で人も同様に殺される。

 それに気が付いたアルマはどうにか彼女を説得しようと頭を全速力で回転させて、


「君は出ていたまえ」

「……っ、」

「君がいたところで何も変わらんさ」

「……分かりました」

 

 聞かないのも拙いなと考え、彼は仕方なく部屋の外に出る。

 出る少し前、ちらりとラルクの方を見るが、彼は変わらず呑気な表情のままだった。アルマは窮地にあると気づいていないのかとも思ったが、

 

「簡単には言っていませんよ」


 ラルクは気にせずそう言い切った。へえ、と天華が腹立たし気に相槌を打つ。


「ならよくぞまあ、深く考えることもなく即答できるものだ」

「深く考える必要なんてありませんから」

「……癇に障るな。阿諛でも励ましでもなさそうだし、ボクを苛立たせるだけに言ってるのだとしても信じられ」

「だって、龍神を超える、()()()()()叶えられない夢だとするならば、俺の夢はどうなるんですか」


 は?と天華が聞き返した。怒りでもいら立ちでもなく、本当に理解できないといった風に。


「君は知恵遅れか何かで、龍神の偉大さを理解できないのかい?それですら?子供でも、アレがどれほど外れているかは理解できるだろうに」

「ははっ。まあ確かに龍神は遠いかもしれません。――でも、」


「全ての人を救えるようになりたい。二度と悲劇の起こらないようにしたい。それに比べれば、簡単ですよ」


 当たり前のようにそんなふざけたことを言う少年。天華は再び、は、と聞きなおして、


「いや、すべての人を救うというのは目標というより、理想だろう。あくまで人を見捨てないためにそんな夢を標榜するのであって、文字通りそんなことを思っている奴は……、」


「思っている奴は……、」


「…………!!」


 その激しく燃え盛るような瞳を見て、天華は理解させられた。

 ラルクという少年が文字通り、本当にすべての悲しみを無くそうとしているのだと。


「……正気かい?」

「正気かは分かりませんが、本気です」


 実際に彼は、狂人なのだろう。常軌を逸した人間という意味での狂人。


「……具体的なビジョンは?」

「より強く、より善くなれば、いつかはたどり着けるはずです」

「それは、何も考えてないと同義では……、いや、違うな。指針だけはあるのか」

「ええ。俺の夢は、俺の道の延長線上にあるはずだから」


 堂々と言うラルクを前に、天華はしばし沈黙した。沈黙して、


「君は責任というものが、どこにあると思う?」

 

 そんなことを聞いた。それにラルクは、間髪入れずに答えた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 場がシーンとした。

 部屋の外でひそかに待機していたアルマはその意外さに、目を見開いていた。


「……ボクらのより正しく生きようとする心に責任は宿る。ああ、だとしたら、」


「それはなんて美しく、優しく、そして厳しいのだろう。ボクにすら、背負えないほどに」


 天華は厳しいなどと言う言葉で済ませたが、アルマはそれがいっそ残酷ですらあると理解していた。

 彼の発言は裏を返せば、すべての責任は正当なものであるということを示唆している。もっと言ってしまえば、どこまでも背負いたい分は背負えと言っているのだ。


 彼女は、竜の王らしくもなく頭を下げた。


「……すまなかった。ボクは君の覚悟を侮っていたようだ」

「いえいえ、気にしないでください」

「君は本当に、気にしていないのだろうね。」


 ゆっくり頭を上げて、盃を取る。その表情はどこか、小さな子を思う親のようで。


「君にとって、王とはなんだ?」

「……?体が大きい個体ですかね」

「あんなの《おもキング》を王扱いするな。……ともかくボクはさ、王となって、少々柵にとらわれ過ぎた」

「……えっと、?」

「大切な家族だろうと友人だろうと、国の為なら切り捨てる。それを疑わず、国を繁栄させ生かすためだけの装置として生きてきた。蓋しボクは、王としての責任以外を負ったことがないのさ」


 彼女が何を言いたいのか、彼には理解できなかった。


「うん、そうだな。そうだ」


「よろしく頼むよ、ラルク」


 ただ何を言いたいのかは分からなくとも、好意的なことだけは分かった。


「ええ」


「こちらこそ、色々よろしくお願いします」

「ははっ、色々ってなにさ」


 にこやかに二人は盃を交わす。 

 二人だけだから騒がしくはなく、しかしどこか和やかで幸せな時間が流れた。



 ……ただし、ラルクの考えなしの代償は後に顕れることとなる。

 この時天華の言ったことの意味をよく考えていれば、後の惨劇は起こらなかったのかもしれない。


 しかしそれも詮なきことだろう。

 実際は彼が何をどうしようが、決定的な破綻は起きるのだろうから。


 昨日も明日も人は死ぬ。




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