これからのこと
レイシア・ブライトハートの葬式。降りやまぬ雨の中、橙髪の少年と金髪の男が、並んで棺桶の前に立っていた。
「……本当に、申しわけありま」
「それ以上は言わないでくれ。ラルク君」
ざぁざぁと、雨の騒音が寂しく響く。重苦しい雰囲気だった。
「たぶん、君は悪くない。この結末は、妹が望んだものだ」
「……」
「いや、それも違うな。誰も死ぬことなど望んではいない」
生まれた時から彼女と共に歩んで来たであろうクラトスは、しかし気丈にふるまっていた。雨なのも都合がいい。
「……ラルク君。君はこれからもあれら、七冠聖絶と言ったか、に追われ続けることとなるだろう」
「……」
「そして試練とやらで、大勢の人が傷つけられるかもしれない。君はどうする?」
君はどうする?短いが、とても重い質問だった。
ラルクは死に化粧の施されたレイシアの冷たい手を握った後、答えた。
「抗いますよ」
「……ふむ」
「あの口ぶり、彼女らは英雄とやらを欲しがっていた。どうせ俺がいなくなったら、次の試練の対象者が選ばれるだけでしょう」
「だから俺は、彼女らを打倒します。試練とやらで他の人が傷つかないのならともかく、そうでないのなら、試練を下す者ごと打ち倒して見せます」
あの怪物たちに勝利する。それは荒唐無稽な発言であったが、クラトスは頷いた。
「まあ君の夢を鑑みれば、そのくらいは言ってくれると思っていたよ」
「……」
「ラルク君?」
クラトスはラルクに無視されたことに一瞬驚く。
するといつの間にか、ラルクは跪いていた。騎士の礼。
「レイシア様、貴女の選択は決して間違っていなかったと証明して見せます」
「俺は今から友人を助けに行きたいと思います。そして王女も救い、いずれはこの死と悲しみに満ちた世界をも、救って見せます」
「だからどうか、俺のことを天国で見守っていてください」
ここでクラトスはラルクが自分にだけでなく彼女にも、いやむしろ、彼女にこそ話していたことに気が付いた。天国が何なのかはよく分からなかったが、ともかく彼は誓いを果たすつもりなのだろう。
レイシアの人生が幸福だったなどとは、口が裂けても言えない。わずか17歳で、命を落としてしまったのだから。
まだ人生の春も初め、あまりにも早すぎた。
ただそれでも彼女は、こんな心優しい少年に愛されていたのだなと、クラトスはそう思った。
「……よかったな、レイシア」
雨は嗚咽までは、隠してくれなかった。
仮面の男は嘔吐していた。
「かふっ、おえっ、なんで、なんで姉さんだけでなく、アイツまで、」
びちゃびちゃと水を吐きだしながらも、錬金はやめない。やめられない。
「試練。それをラルクが乗り越えられる可能性は、ゼロだ」
「なぜこうも、世界は、運命は、」
ひどく歪な姿だった。体は震え、仮面の下からは吐しゃ物が溢れ、声は酷く上ずっているのにも関わらず、錬金をするのは止めない。
不気味にすら見えるほど、惨めな姿だった。
「……駄目だ、これじゃあ錬金が滞る。責任を果たせない」
彼はそう言うと、棚から緑色の小さな玉を取り出した。そしてそれを一息に飲み込む。
「……くはっ、がっ、」
それは、水もなしに飲み込むことを前提とされていない。苦さのあまり、また嘔吐感がせり上がってくる。だがすぐに体の震えが止まった。
「……よし。頭が冴えてきた。吐き気も収まった」
「それではまた、錬金を再開しよう。少しでも腕は、磨いておかなければ」
……と、ドアがノックされた。
「入れ」
「ひどい有様だな。アルマ・ヴェゼガ」
青髪の少女、アストラフィア・グローリーソード。
アルマはそちらを向くこともなく、錬金を続ける。
「私は王になる者だ。自分を厳しく律そうとはしているが、それでも貴君のようにはなれんな」
「……好きでやっていることだ」
「好きでやっている?違うな、貴君はかくあることを望んでいない」
「……」
「誰も苦しみを望んではいない。ただ、厳しい現実に、貧しい世界に、選択権がないだけなのだ」
彼女の言うことは、正鵠を射ていた。アルマはため息を吐く。
「なぜなのだろうな」
それは純粋な疑問。
「なぜ人は、死ななければいけないのだろうな」
この世界のすべての黒きものの淵源。それは死だとアルマは思った。
ラルクは言っていた。自分は善人も悪人も救いたいと。それはつまり、誰にも死んでほしくないということなんじゃないのだろうか。
そんな彼の切実な吐露。
しかしアストラフィアは、下らなそうに彼を睥睨して、
「……その答えは、貴君にとって必要か?」
「……」
「無益な考えだ。精神が物質を凌駕するほど、まだこの国は豊かではない」
それは王らしい考えだった。
アルマも失言だったなと反省して、錬金をすぐに再開する。
「ところで錬金をしたがっているところ申し訳ないが、世間話は終わりだ」
「……?」
「これからの話をしよう。貴君には『青の輝水』を取りに行ってもらう」
「『青の輝水』、ね」
アルマはそれを手に入れないと、ラルクごと処刑すると脅されていた。彼は彼女に向き直る。
「龍王国に入るための手続きは?」
「その辺りは私がすべてやっておく」
「出発は?」
「明日でも明後日でもなんでもいいが、なるべく早くしろ。貴君が失敗した場合のリカバリーもせねばならんからな」
捨て駒か、とアルマは思った。まあ予想通りと言えば予想通りであったから、すんなりと受け入れられたが。
「ラルクには話は付けてある。今日でいいだろう」
「……今日はレイシア・ブライトハート嬢の葬式だったはずだが」
「関係ない」
仮面の奥からも、熱が伝わった。重く冷たい炎熱が。
「立ち止まることは許されていない。それは俺と、そして何よりアイツが身をもって知ったことだ」
人間ではないな、とアストラフィアは思った。
だがあるいは悲願とは、人間を遥かに超越した者でないと成し遂げられないのかもしれない。
伝説の霊薬を作らんとする彼と、聖絶を越え英雄にならんとする彼は特に。
「……だがそれでも、主君を失った騎士にそれは余りにも苦だ。せめて永訣の日くらい、」
一緒に居させてやってもよいのではないか、と血も涙もないアストラフィアでも言おうとした。
言おうとして、向こうの雨の中からやってきた、橙髪を濡らした少年を見た。
「行くぞ、アルマ」
「ああ」
その双眸は、決意に燃えて。
「王女様。俺の基準で言うと、たぶん貴女は悪だ」
「……何を急に、」
「でも関係ない。俺はすべてを救うのだから」
それだけ言うと、彼は龍王国に向けて足を踏み出した。
アストラフィアの知る、そしてアルマの知る少年はもういなかった。雨の中で炎が、立ち昇っている。
途中、ラルクはとある人間の手を借りられないか、ある場所を訪ねていた。
明かりも付いていない、暗い教室の中。変わらず彼女は羊皮紙の本を片手に、教卓に座っていた。
「あら、早かったじゃない」
それは彼が来るのを前提とした言葉。おそらくアストラフィアから担任の彼女に連絡が行っていたのだろう
「ええ。決心がついたので」
「私は行かないわ」
「……どうせ暇でしょう」
「教職舐めるんじゃないわよ」
ラルクは意外そうにした。少なくともラルクの知る限りでは、ヨシュアという女性は自分の職業について何の誇りも未練も持っていなければ、休むことへの忌避感情も持っていなかったはずだが。
「まあとはいえ、行かないって言ってる人を連れていくわけにはいかないか。危険だし。――それでは行ってきます」
「ああ、待ちなさい」
「……なんでしょうか?」
「龍神山を登るルートは、風の影響で南からにしたほうが良いわ」
「了解です」
「それじゃ、幸運を祈るわ」
「ありがとうございます。ところで止めないんですね」
「ええ、アンタの決意は揺るがないでしょうから」
それだけ、端的に言葉を交わすと、ラルクは教室を出ていった。
「これで、よかったのよね」
彼女は最後に、小さな声でそう呟いた。
この数か月の間に身体能力が上がったラルクには、なんとか聞き取れた。
「……ええ」
「貴女にどれだけ止められても、俺は進んでいきますから」
彼はヨシュアにすら聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。
この旅で、あるいは彼は死ぬのかもしれない。
けれども彼の足取りは、力強かった。
彼は龍神山のみならず、聖絶の試練も越えねばならない。だから彼はありったけの力を込めて、地を踏みしめた。
少年は少しずつ、大人になっていく。
第一章、理想に至る旅路の始まり編、――完――




