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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第一章 旅路の始まり
18/71

「私に降参しないのなら、ラルクという男を処刑する」


 残酷に冷酷に、彼女はそう宣言した。 

 アルマには分かる。彼女が本気であることが。


「……ラルクを、か」


 アルマは呟いた。そしてゆっくりと暁の空を見上げた後、言った。


「それは、厳しいなあ」


 彼は小剣を捨てると、両手を上げて降伏の意を示した。

 即座に騎士たちによって捕縛される。


「……意外だな。もう少し何かやってくると思っていたぞ。私たちを逆に脅したり、嘘を吐いたりとな」

「それは、それが通用する相手にやるものだ。お前は俺が、誰も殺せないことを知っている。それにそも、お前を殺すこと自体、損害が大きすぎるしな」

「そういえば貴君は昔、責任がなんだの語っていたな。……我が騎士たちよ、解散だ。ここは私一人でいい」


 アストラフィアは騎士たちを解散させると、手足を縛られて草原に寝ている彼の横に座った。

 彼女は朝日を顔に浴びながら、どこか懐かしむような顔をしていた。


「……どうした?俺を殺さないのか?」

「貴君は別に、特段第一王子と仲が良かったわけでもない。となれば貴君が私に復讐などをする理由はないから、必然殺す意味もない」


 それはひどく衝撃的な一言だった。それこそ、先ほどまでのやり取りの意味をすべて灰燼に帰すほどに。


「……なら、なぜ襲ってきた?」

 

 彼のその問いに、アストラフィアはこう答えた。


「貴君の本質を知りたかった」

「……?」

「無数の仮面に覆われた本当の表情。私はそれをただ、知りたかったのだ」


 理解が及ばなかった。一体どういうことなのかと聞こうとして、アストラフィアは彼を手で制した。

 そして徐にその、小さな口を開いて、

 

「今回ので分かった。貴君の本質は、善だ」

「……」

「人間への愛こそが、貴君の本質だ。貴君は決して、これより先多くの人間に利益をもたらすであろう私のことを傷つけない。ゆえに貴君は信用できる」


 そう言うと彼女は、騎士たちが全員この場を去ったことを確認した後で自らのドレスに手をやり、胸をさらけ出した。

 本当に何をしているとアルマが叫ぼうとして……、気づいた。



「醜いだろう?」


 薄い胸の真ん中に、赤黒く拍動する拳大の半球があった。

 思わず彼は凝視して、


「…………赤死病か」

「ご名答。余命2年と、いったところか?」


 赤死病。アルマはその病気を、よく知っていた。


 生まれつき胸に腫瘍として存在して、年を経るごとに肥大化していき、大体20の手前になったところで爆裂し命を奪う遺伝病。

 これは数少ない、彼より遥かに優れた錬金術師である彼の姉が治せなかった、病気の一つだ。


「……このことは、」

「誰にも言っていない。私が生まれた時にいたはずの者たちを除けば、今生きている者で知っている者はいないはずだ」

「……よくぞまあ、王位争奪戦に出られたな」

「生きていたかったからな。……それに、治療法は確立されている」


 アルマも、赤死病が決して不治の病などでないことは知っていた。



「……だが魔石やリッチの心臓はともかく、『青の輝水』はどうやって手に入れるんだ?」


 ただ、素材が問題なのだ。

 青の輝水。龍王国が赤閨山脈の最高峰、龍神山頂上でしか取れないとされているもの。無数の強大な魔物と海抜高度16000mの極限環境を乗り越えなければ、手に入れることのできない幻の素材。


 そんなもの、王国と言えど手に入れるのは至難の業だろうにと彼は思う。

 と、そこでアストラフィアが言った。


「貴君らに取ってきてもらおうと思っている。貴君と、ラルクにな」

「……正気か?」

「正気だとも。友人を悲惨な目に遭わせたくはあるまい?」


 ただこれはアルマにとっても、あまりに成功率の低い賭けのように思えた。

 魔物の方は、アルマならどうにかなるかもしれない。ただ低地に住む彼の体は超高高度に耐えられるように出来ていないし、彼に登山経験はない。


 幸い、縛られてはいるが、アストラフィア一人なら勝ち目はある。俺とラルクがどっちも死ぬくらいなら、ラルクを見捨てて逃げたほうがと彼は思って、



「そうそう。それと成功の暁には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!!」

「エリクシールの錬金に必要なのだろう?」


 突然にさりげなく言われた、特大の情報。

 アルマの頭が一瞬、真っ白になる。


「錬金ガマに魔石。詳しくは覚えてないが残るは確か、世界樹関係のなにかだけか」

「……」

「悪い条件ではないであろう?」


 彼女が快闊に笑う。アルマはゆっくりと、彼女の方を見上げて、


「……それは、本当か?」

「確かにあのサイズの魔石は稀有だが、かと言って有効活用の手段もない。今が最高の、そのカードを切るタイミングだろうよ」

「……」


 アルマは、言葉巧みに乗せられていることは理解していた。


 青銀の輝水を取って帰ってこられる可能性は、彼の計算では高く見積もっても10%ほど。

 脅されている状況が一転、欲しい物を手に入れるチャンスに変わったから、これを分の良い取引と一瞬勘違いしてしまったが、明らかにこれは見合っていない。


 ……だが、


「分かった。青の輝水を取ってきてやる」

「ほう。受けてくれるか!もう少し渋ると思ったが、いやはや意外の連続だな」


 それでも断るという選択肢は、彼にはなかった。なぜなら、


「姉さんの価値は、俺ら二人の比ではない」


「ここで俺が果たすべき責任は、お前と俺とラルクと姉を生かし、価値を最大化することだ」

「ふふ、責任、価値か」


 アストラフィアが愉快そうに笑う。

 と、そこで矢庭に彼女は振り向いて、


「ところで貴君は私の事実上の配下になったわけだが、今までの態度を通すつもりか?」

「……。……分かりました、アストラフィ」

「くくっ、やはり気味が悪いな!冗談だ、貴君は今まで通りでいい」

「……お前、」

「――期待しているぞ、仮面の錬金術師よ」


 自分の命が懸かっているという割には呑気で、むしろ愉快そうですらあった。 

 つくづく傑物だなと、アルマは思った。それと同時に呑気なのか短気なのか、分からん奴だとも。アストラフィアは王都の方へ鷹揚と、歩を進めていく。








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